ミッション14—2 イミリアの聖人
イミリアの国際関係は、わずか1週間でキナ臭いものになった。
八洲の総理大臣である秋川は、なぜか異様に高い支持率を背景にメリアとの軍事同盟を破棄。
メリア政府の抗議も聞かず、八洲軍はメリア近海に訓練と称しミサイルを撃ち込んだ。
当然、八洲とメリアの関係は険悪なものになる。
ここでレオーネ・ファミリーが、メリアの強硬な政治家NPCたちを操り八洲との戦争を煽り立てた。
メリアではプレイヤーに良い感情を抱かないNPCも多く、プレイヤーが総理大臣となった八洲への批判は日に日に激しくなっていく。
急速に緊張する国際情勢に、ベレルも巻き込まれた。
プレイヤーを擁護するか排除するかで、ベレル国民が分裂してしまったのだ。
加えて、レジスタンスやサルベーションの工作により、世間には大量の心霊写真が出回り、怪しいオカルト話と陰謀論が蔓延している。
NPCたちの恐怖ステータスは上がり続け、戦争を受け入れる下地が完成した。
今や誰もが、大戦争の到来を予感している。
現実であれば、こんな簡単に戦争前夜になることはあり得ない。
イミリアがゲーム世界であるからこその現象だ。
ではプレイヤーたちは何をしているのか?
ほとんどのプレイヤーはいつも通り。
だが一部のプレイヤーは、戦争阻止に向けて立ち上がった。
「みなさん、戦いで得られるものなど何もありません。隣人を愛し、みなさんが手を取り合う。それでこそ、人間は人生の幸福を得られるのです」
「そうだそうだ!」
「ああああ様の言う通りだ!」
「戦争反対!」
「私たちにできることは少ないかもしれません。しかし、私たちが立ち上がらなければ、戦争ははじまってしまいます! 今こそ、愛を胸に立ち上がり、平和を守るべき時です!」
「そうだそうだ!」
「ああああ様の言う通りだ!」
「戦争反対!」
江京の街角で集会を開き、戦争反対を訴えるああああ。
集会に参加するNPCやプレイヤーは300人程度と、決して少なくはない。
実のところ、プレイヤーたちには2年前の戦争のトラウマがある。
そして、ああああは名の知れた有名プレイヤーだ。
『イミリアの聖人』が訴える戦争反対という言葉に、プレイヤーたちは心を動かされていた。
「秋川もバカだよな。戦争なんかしたって、良いことなんかないのに」
「まったく、真面目に生きてる俺たちを巻き込むなって話だよ」
「せっかく安定してきたのに、戦争なんてごめんだ」
ログアウトを諦めイミリアを現実だと認識したプレイヤーたちからすれば、戦争など迷惑以外の何ものでもない。
一方で、集会に紛れ込んだファルとレオパルトにとっては、そんなプレイヤーたちが滑稽に見えた。
「ゲームで戦争否定か。戦争ゲームが涙目になりそうだな」
「イミリアは戦争ゲームじゃない。戦闘がメインのゲームじゃない」
「まあな。イミリアは日常を楽しむゲームだから、プレイヤーが戦争を忌避するのは分かる。分かるんだけどさ、ログアウトできない異常事態なんだぞ、今は」
「現実では戦争は絶対悪だ。だからあのプレイヤーたちにとって、戦争は絶対悪だ」
「現実ではだろ? ゲームに現実の価値観を持ち込むなよ。現実から離れた世界だから、ゲームは楽しいんだろ? ゲーム感覚どこいった?」
「ファルの言いたいことは分かるが、僕に言わないでくれ」
「……悪い。ついな」
なぜこの2人は、文句を言いながらああああの集会に参加しているのか。
答えは、八洲政府がああああの暗殺を企てているからだ。
そしてその暗殺計画を利用し、とあるクエストを募集したからだ。
クエストの内容は『ああああを守る』である。
集会に集まった200人のプレイヤーのうち、50人はこのクエストで集まった、ゲーム感覚を取り戻しているプレイヤーたち。
戦争反対の集会ですら、ファルたちは救出作戦に利用するのだ。
《ファルさんよ、レオパルトさんよ、怪しい集団が近くのビルに集まってます! きっと暗殺集団です!》
少し離れたところから集会を監視するラムダの、無線を通した報告。
ファルは辺りを見渡し、聞き返した。
「近くのビルってどこだ?」
《近くのビルは近くのビルです!》
「すまん、俺の言い方が悪かったな。近くのビルがどのビルなのか、詳しく教えてくれ」
《詳しくですね、分かりました! 近くのビルは、ちょっと古めの雑居ビルです! ラーメン屋さんがあるビルの4階あたりです!》
「ええと……あれか」
ファルから見て右側の雑居ビル。
その4階に目を向けると、そこには確かに怪しい人影があった。
しかも、ライフルを構えている人影が。
どうやらああああ暗殺は秒読み状態らしい。
救出作戦を行うため、ファルは大声で叫んだ。
「あそこに暗殺者がいるぞ! クエスト開始!」
雑居ビルを指差し、クエスト開始の合図を出したファル。
ああああや何も知らぬプレイヤーたちは、何が起きたのか理解できていない。
対してクエスト参加者たちは、ティニーから支給された武器を手にした。
「待ってました!」
「クエスト報酬は俺のもんだ!」
「撃て!」
クエスト参加者たちは、嬉々として銃を乱射する。
大雑把に放たれた銃弾は雑居ビルに殺到、窓ガラスを粉砕しライフルを構えた人影を貫いた。
「倒したぞ! 経験値だ!」
運良く自分の放った銃弾で敵を倒したことに喜ぶプレイヤーの1人。
だが彼は、次の瞬間には胸を撃たれ、地面に倒れ死亡エフェクトに包まれる。
ビルにいるのは、八洲警察特殊
1人を倒したからといって、それで暗殺者がいなくなったわけではない。
ここからは銃撃戦の時間だ。
「敵は1人じゃない! 油断するな!」
「ハッハ! 経験値稼ぐなら、敵は多いほうが良い!」
逃げ惑う人々の中、銃を持ったプレイヤーたちはテンションを上げていた。
戦争反対の聖人を国家の魔の手から救うため銃撃戦を繰り広げるなど、アクションゲームであれば理想的なシチュエーション。
テンションが上がるのも当然だろう。
ファルとレオパルトは、近場の車の陰に隠れ銃撃戦を見守る。
凄まじい発砲音に鼓膜を震わせられながら、ファルはレオパルトに聞いた。
「プレイヤーと警察、どっちが優勢だ!?」
「今、プレイヤーが1人やられた。あ、もう1人やられた。またやられた」
「警察が有利か。ま、ああああが殺されて、リスポーン後に怒りに任せて戦争推進派に転向してくれれば好都合だ」
「酷い言い方だな。悪人っぽいセリフだな」
「じゃあお前は、警察が負けてああああが生き残った方が良いのか?」
「冗談はやめてくれ。それだと僕たちでああああを説得して悪人に堕とさないといけない。さすがにそれは面倒くさい」
「お前も十分に悪人っぽいセリフ吐いてるぞ」
「真面目な話、ああああが生き残ったらどうする? どっちがああああを説得する?」
「俺は嫌だぞ。聖人を悪人に転向させるなんて、そんな面倒なこと」
「僕もごめんだ。理由はファルと同じ、面倒だからだ」
「じゃあ――ラムダにやらせるか?」
「それが良い」
意見が一致したファルとレオパルト。
困った時ほど、意外とラムダが役に立つのである。
とはいえ、プレイヤーたちは明らかに苦戦中だ。
警察の特殊部隊に対し、プレイヤーたちは全く歯が立たず、次々と死亡しログアウトされていく。
これならファルたちがああああを殺害する必要はないだろう。
《大変です! 緊急事態です!》
「ラムダ? どうした?」
《ガトリング持ったマッチョマンが乱入してきました! 確かあの人は――あああいさんです!》
「あああい!? ウソだろ!? 皆殺しあああいか!?」
《そうです! 腕もぎあああいです!》
まさかの報告。
直後、警察の特殊部隊がいた雑居ビルに、ガトリングの弾丸が襲いかかった。
雑居ビルの壁は粉砕され、特殊部隊NPCたちの体はちぎれる。
「ヒャッハーー!! ミンチだぜ!!!」
アドレナリンだだ漏れのあああい。
プレイヤーたちはそんな彼を見て、さらにテンションを上げた。
「あああいだ! あああいが味方になったぞ!」
「これでNPCにも確実に勝てる!」
「ああん!? 誰がてめえらの味方になったってえ!?」
喜ぶのも束の間、プレイヤーたちまでもがあああいの餌食となり、銃弾に食い散らかされてしまった。
完全に見境なし。
あああいは動くもの全てを殺す気のようだ。
残念ながら、あああいに殺されたプレイヤーはログアウト対象にはならない。
これではせっかくの救出作戦が台無し。
「最高に興奮するぜ! おいイミリアの聖人! 俺ともっと興奮しねえか? ヒャッハーー!!」
あああいの次の標的は、ああああ。
イミリアの聖人と暴れん坊が、ついにご対面である。
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