ミッション13—7 カミは言っている、頼むから地獄に落ちろと

 ティニーの用意したレーダー撹乱装置。

 これを載せた上で低空飛行をすれば、軍からの追跡を振り切ることは可能。

 ファルたちはヘリの機内で、疲れた体を休ませていた。


 椅子に深く座るヤサカは、ポニーテールを解きながら言う。


「さすがに、地獄ダンジョンから続けて戦うのは疲れたよ」


「ああ。せっかくのバカンスで疲れが増すって、なんかおかしいよな」


「こんなことになる予定じゃなかったからね」


「わたしは楽しかったですよ! 疲れが吹き飛ぶくらい楽しかったです!」


「背後霊、地獄観光楽しんでた」


「そういうバカンスの過ごし方もあるんだ……想像もつかなかったよ」


「ヤサちゃんたちの水着姿ァ、もうちょっと見ていたかったよォ。残念だなァ」


「クーノの言う通りだ。僕もクーノに同意だ」


「さすがクーノ、意見が俺たちの側」


「……予定が狂って正解だった、かも」


 ファルとレオパルト、クーノの言葉と変態的な視線に、疲れが上乗せされるヤサカ。

 ティニーとラムダは楽しそうに、遠く離れていく葦原の爆煙を眺めていた。


 そんなファルたちに対し、サルベーション隊員たちは目を合わせない。

 敵愾心はなく、どこか申し訳なさそうに、目を合わせないのだ。

 彼らはしばらく沈黙し、そして1人の隊員が口を開く。


「なあガキども……今日は助かった……」


 この隊員の言葉がトリガーになったらしい。

 隊員たちは次々と、ファルたちに感謝の言葉を述べはじめる。


「散々なこと言って悪かったよ。お前たち、やればできるんだな。驚いたよ」


「見直した――というか俺たちに見る目がなかったのかもしれない」


「お前たちがいなけりゃ、俺たちは全滅してただろうな」


 今までの敵愾心むき出しだった態度とは正反対の隊員たちの言葉。

 これにはファルも戸惑い、返す言葉が見つからない。

 少なくとも、サルベーション隊員たちからの厳しい視線が消えたことは、喜ばしいことだ。


 よく言えばファルたちを認めた、悪く言えば手のひら返しをした隊員たち。

 ところが、あの男だけは変わらない。


「認めない認めない! 絶対に認めない! ファルは俺たちの手柄を横取りしたんだ! てめえがいなくたって俺様たちは任務を成し遂げられたはずだ!」


 怒りに満ちたデスグローの叫び。

 この叫びを聞いて、ファルはむしろ安心していた。


「認めてくれなくて結構。お前に認められるってことは、お前と同じバカの一員になるってことだからな」


「ああん!? それは俺様がバカだって言いたいのか!?」


「そっか、すまん! バカには直接言わなきゃ分からないよな。スグロー、お前はバカだ」


「ムカつく野郎だ……! ぶっ飛ばすぞ!」


「そんなに怒るなって。俺より強いんだろ? もう少し余裕持てよ」


「殺す! ヘリから突き落とす!」


 デスグローの怒りが頂点になったところで、ティニーがデスグローの頭に弾丸を撃ち込み、デスグローは痛みに悶えた。

 いつもベストタイミングでデスグローを撃ってくれるティニーには感謝だ。

 しかしなぜだろう、ヤサカは呆れた視線をファルに向けている。

 

 さて、ファルたちが持つ携帯電話の画面がひとりでに起動したのは、そんな時であった。

 モニター類が勝手に起動したということは、誰が登場するのか自ずと分かる。


《地上に住まう人の子らよ、我の言葉を聞け》


 カミだ。

 どちらかというと邪神のような人物の登場に、ファルたちの表情は強張る。


《神に逆らいし罪人よ。我は汝らを逃しはしない。我はいつでも、この世界のすべてを見通す目で汝らを見ているぞ。我が必ず、汝らを地獄に叩き落としてやろう》


 まだカミからは逃げきれぬというのか。

 これから何が襲ってくるのだろうか。

 いよいよ空中戦艦が出現するのだろうか。


 最悪の想定が頭の中を巡り、緊張感に包まれるファルたち。

 そんな中、突如としてサダイジンが吹き出し大笑い、そのままカミに話しかけた。


瀬良カミ兄は変なこと言うんだぞ。無理に神様気取る必要ないんだぞ」


《黙れ堕天使。愚か者どもよ、その堕天使の言葉を――》


「我はいつでも汝らを見てるなんて、嘘なんだぞ」


「嘘? どういうことだ?」


《うるさいぞ! それ以上は神への冒涜――》


瀬良カミ兄はカミを名乗ってるだけの、厨二病オタクなだけだぞ。それはゲーム世界でも変わらないんだぞ。この世界のすべてを見通す目、なんてのはあるわけないんだぞ」


《やめろ! 愚か者たちよ、騙されるでない! 我は見ている! 汝らが見えている! 信じてくれ! このカミの言うことを信じてくれ!》


 なぜかファルたちに懇願しはじめるカミ。

 サダイジンは容赦しない。


「だぞ? じゃあ瀬良カミ兄、私たちがどこにいるのか知ってるのかだぞ?」


《……し、しし、知っているに決まっている。ええと……海! 海の上だ!》


「具体的にはどこだぞ? どこの海だぞ?」


《……八洲の東の海だ》


「どの島からどのくらいの距離なんだぞ?」


《中戸島から数キロぐらいのどっか》


「どっかってどこだぞ?」


《……もう良いだろ! うるさい! 黙れ! 我は汝らが見えている! そういうことで良いだろ!》


「諦めたんだぞ」


「なんだ、嘘だったのか。すべてを見通す目とか、痛いヤツだな」


「神様気分が楽しかったんだろうね」


《やめろおお!》


 心の底から吐き出されたカミの叫び。 

 彼はいよいよ、本音を垂れ流した。


《この新たな現実世界で、人々がどのように生きていくのか。それを見守るカミこそが我なのだ! だが、お前らは、なんなんだ!? なぜ我の思うように生きていかない!? なぜ我の思う通りの世界で、我の思う通りの現実生活を送らない!?》


「そりゃまあ、現実じゃなくてゲームだから」


《ゲームじゃない! NPC――じゃなくて、人々は1度死ねば2度と蘇らない! 建物は1度壊されたら、1から作る以上の苦労をしなければならない! ログアウトも存在しない。だからここは現実だ!》


「いや、ログアウトできなくしたのお前だし。その時点で現実じゃないし。というか、ゲーム世界に現実を持ち込むのやめてくれ。俺たちはゲームをするためにイミリアに来たんだ」


「ファルさんは良いこと言うんだぞ! その通りなんだぞ!」


《ええい! 話にならん!》


「それはこっちのセリフなんだが」


《サダイジン! 良いから地獄に戻れ! 頼むから地獄に戻れ! この世界をゲーム世界にしないでくれ! ホント、お願い!》


「イヤだぞ」


《あああ!! あああああ!!! ……分かった。我は神なので、余裕がある。今日のところはこのくらいにしておいてやる。それじゃ》


 突然、カミはモニターから消えた。

 やはり、わけが分からない。


「サダイジン、ひとつ質問がある」


「なんだぞ?」


「カミはどうやって、俺たちのモニターをハッキングしてるんだ?」


「簡単な話だぞ。話し相手がいそうな場所に、テキトーに電波送ってるだけだぞ」


「ってことは今の会話って、メリア海軍とかのNPCも聞いてたのか?」


「そうだぞ」


「……なんか、カミも苦労してそうだな」


瀬良カミ兄は昔からああなんだぞ。心配する必要ないんだぞ」


「ああ、そう」


 なぜ39歳と15歳の少女が一緒にゲームを作っていたのか。

 サダイジンとカミの関係は不明な点が多い。

 ただひとつ言えるのは、サダイジンの方がしっかりしているということだけだ。


 カミの叫びは消え、静けさに包まれたヘリの機内。

 ラムダやティニーは、疲れからかいつの間に眠ってしまっている。

 

「こいつら自由だな」


「ねえファルくん」


「なんだ?」


「バカンスは明日も続くから、明日はみんなでゆっくりしようね」


「だな。ロッジでゆったりとカードゲームでもするか」


「楽しそうだね。あ、そうだ、サダイジンちゃんも一緒に遊ぼうよ」


「だぞ? 良いのかだぞ?」


「もちろんだよ」


「やったんだぞ! みんなに会えて嬉しいんだぞ!」


 無邪気に喜ぶサダイジンの姿は、やはり15歳である。

 地獄ダンジョンを攻略し、海戦を生き延びたファルたちは、プレイヤー救出作戦の強力な助っ人になるであろうサダイジンと出会えたのだ。

 疲れはしたが、それだけでも悪くない1日だったと、ファルは思う。

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