ミッション12—8 <ボス戦>エンマの怒り I

 地獄を貫く1本の道に、おびただしい数の鬼の死体が転がっていた。

 どの死体も、撃たれたか吹き飛ばされたか、あるいは轢き殺されたかというもの。

 なんとも地獄らしくない地獄絵図である。


 地獄絵図を作り出したファルたちは、黒い雲に覆われた地獄にそびえ立つ、巨大な山の前に到着。

 山の麓には、中華風の作りをした宮殿が構え、ファルたちを待ち構えていた。


「ボスはここだな。間違いなくここだな」


「うん。間違いなく、ここだろうね」


「強大な霊力、感じる」


 宮殿の入り口は、まさしく城門。

 この門を超えた先に、地獄ダンジョンのボスが待ち構えているはず。

 ファルは唾を飲み込み、ヤサカは銃を構え直した。


 門の前にいるのはラムダが乗る戦車だ。

 戦車の主砲はすでに門に向けられていた。


《やっちゃっていいですか!? 門を吹き飛ばしていいですか!?》


 無線から聞こえてくるラムダの声は、もう我慢ができないとファルたちに伝えている。

 門の先にボスがいるのなら、もう少し覚悟が必要な気もするが、勢いも大事。

 ファルとキョウゴはラムダの問いかけに答えた。


《攻撃を許可する》


「やっちまえ。ボスごと撃っちまえ」


《ニヒヒ、撃っちゃいますね! 攻撃しちゃいますね!》


 ラムダの嬉しそうな言葉と同時に、戦車の主砲が火を吹いた。

 戦車の攻撃に門は吹き飛び、ついさっきまでは門であった木の破片が宙を舞う。


《おお!? 誰かいます! 宮殿の前に誰かいます!》


《どんな人物だ? 鈴鹿ラムダ君、詳しく伝えてくれ》


《赤い服に赤い顔をした、怖いおじさんです! 変な帽子を被ってます!》


《そ、そうか……》


 ふわっとした説明に困るキョウゴ。

 一方で、ラムダが怖いおじさんと説明したその人物は、プレイヤーたちの到着を歓迎・・した。


「よくぞ来た、生者どもよ。我はエンマ。ここ冥府の主である。生者どもよ、冥府に迷いしうぬらに告ぐ。うぬらはここにいてはならぬ存在。これを正すには、うぬらは死なねば――」


《ドーン! です!》


 元気いっぱいのドーンと、戦車が放つ本気のドーンが同時に鳴り響く。

 そして、おそらくこのダンジョンのボスであろうエンマの、仰々しいセリフが途切れた。

 ファルたちは胆を冷やす。


「あれ? なに今の、ドーンって音」


「もしかしてラム……エンマにドーンしたのかな……?」


「……おいラムダ! なんだ今のドーンは!? 何をドーンした!? 答えろ!?」


《決まってるじゃないですか! エンマとか名乗るボスをドーンしたんです!》


「気が早すぎんだろ! まだエンマ喋ってる途中だっただろ!」


《わたし、基本的にムービーは飛ばす派なんです! ムービーもドーンです!》


「おい! エンマの台詞の中に、ボス撃破のヒントとか隠されてたらどうする気だ!?」


《ファルさんよ、さっきボスごと撃っちまえって言ったじゃないですか! わたしはファルさんの言った通りにしただけです!》


「確かに言ったけど、なんか違う! こういう意味で言ってない!」


 頭を抱え無線に向かって叫ぶファル。

 どうしてラムダはロクでもないことしかやらないのか。


「ファルくん! 戦いははじまっちゃったんだよ! 戦う準備をしないと!」


「そうだ、ボス戦のはじまりだ。エンマとの戦いのはじまりだ」


「閻魔大王、退治する」


「ったく……分かった! とりあえず車から降りて、エンマの動きを見極めよう!」


「それじゃァ、クーノは宮殿の外で待ってるねェ」


「うん、見張りはお願いするよ」


「任せてェ」


《やっぱり疫病神じゃねえか……》


《ガキどもは本当に邪魔しかしない……》


《お前ら、文句は後にしろ。サルベーション本隊、戦闘態勢!》


《《《了解!》》》


 大焦りで装甲車を降り、武器を構え、エンマがいるであろう場所に向かうファルたちとサルベーション本隊。

 宮殿では、ラムダの戦車により破壊された箇所から煙が上がっている。

 エンマがいるのは、あの煙の中だろうか。


 念のため、戦車の主砲、ストライカーの重機関銃、ティニーのSMARLスマールは煙の中に向けたままだ。

 ファルとヤサカ、レオパルト、キョウゴ、サルベーション隊員6人の計10人は、デスグローを盾に銃を構えて煙の側まで近づく。


 煙の中には、特にこれといった動きはない。

 キョウゴはエンマがいるであろう場所を凝視し、指示を下した。


「待て。人影を発見。鈴鹿ラムダ君の報告通り、赤い顔をした男だ」


「あれがエンマか。まあ、それっぽい格好はしてるな」


「動く気配がないね。もしかしたら、ラムの攻撃で倒しちゃった、かな?」


「ボス撃破の表示はないぞ」


「HP表示はゼロだ。エンマの動きもゼロだ」


 木片の中に埋もれた、微動だにしない赤い顔のおじさん。

 頭の上に表示されている、ボス特有のHPバーに色はなかった。

 まさか、ヤサカの言う通りラムダの1発で倒してしまったのだろうか。

 

「これだけか?」


「なんだ、ダンジョン攻略なんてこんなもんか」


「拍子抜けもいいところだ」


 サルベーション本隊も気が抜けたようである。

 地獄ダンジョンのボスが戦車砲1発で倒せてしまえば、気が抜けるのは当然だろう。


 だが、ファルは安心できなかった。

 ゲーム的展開を考えれば、ボスが1形態・・・で倒せるとは限らないのだ。

 そして、そんなファルの不安は的中するのである。


「生者どもよ、凄まじい力だ。このエンマをここまで追い詰めるとは」


 辺りに響き渡るエンマの低い声。

 それとともに、木片に囲まれ倒れていたエンマの体が、波打ちながら巨大化していく。

 

「冥府の主として、生者であるうぬらの力を許容することはできぬ。うぬらが地獄にある限り、うぬらは死から逃れられぬ。このエンマが、うぬらの生存を許しはせぬ。このエンマの真の力の前に、命を置いていけ!」


 エンマの声が、地獄全体に轟いた。

 巨大化し宮殿の天井を突き破ったエンマの体からは、大樹のように太い腕が8本伸びている。

 さらに、エンマはしゃくを使い蜘蛛の糸を操りはじめた。


 地獄ダンジョンのボス、エンマの第2形態だ。

 第1形態は戦車の主砲1発で撃破できたのか、などと思っている場合ではない。


「全員、構えろ!」


 とっさに叫ぶキョウゴ。

 ファルたちは気を引き締め、少しでも落ち着こうと深呼吸をする。


 エンマはファルたちを見下し、一本の腕を払いながら言った。

 

「ここは生者のいるべき場所ではない。うぬらの隣に死を」


 エンマがそう言うと、払われた一本の腕から紫色の煙が出現。

 紫色の煙はファルたちを包み込み、彼らの体内に染み込んでいく。

 煙が体内に入った途端、ファルたちの体がしびれはじめた。


「なんだ……気持ち悪いな……」


「呪いの一種かな? 見て、私たちのHPが少しずつ削られてるよ」


「本当だ。制限時間は呪いで死ぬまで、ってことか。面倒くさい……」


 いわゆる死の呪いを仕掛けられてしまったファルたち。

 幸いなのは、ファルたちのHPが全員チート級であることと、体のしびれが戦闘に影響を及ぼすほどではないということだ。

 ただ、こういった呪いは精神的な実害を及ぼすため、厄介なことに変わりはない。


 呪いによるダメージの減り方を見る限り、レオパルトのスキル『体力回復』を使っても、制限時間は15分程度といったところか。

 なるべく早くエンマを倒すためにも、キョウゴは指示を下した。


鈴鹿ラムダ君! 戦車砲を撃て!」


《何発だって撃ちますよ! エンマ大王、覚悟です!》


 ラムダの乗る戦車の主砲から砲弾が放たれ、発砲音がファルたちの耳をつんざき、衝撃が腹の底まで伝わる。

 砲弾はエンマの腕の一本に命中、腕は肉片となり吹き飛んだ。


「倒せる! 戦車なら倒せる!」


「おいガキ! どんどん撃ちまくれ!」


 戦車砲の威力を前にして、手のひら返し状態のサルベーション隊員たち。

 ところが彼らの喜びは、すぐに絶望へと変換されるのだ。


 突如、4つの白い光がエンマの吹き飛んだ腕に当てられる。

 白い光に当てられたエンマの腕からは、新たな腕が植物のように生えてきた。

 数秒後には、HPも含めエンマは完全回復してしまう。


「無駄だ、生者どもよ。死者が存在する限り、このエンマは不死身である」


 シナリオ通りの展開だったか、自分の設定を語りだしたエンマ。

 ファルたちの表情は強張るばかり。


「これは……倒すのに苦労しそうだ……」


 冥府の主であるエンマは、鬼のような雑魚とは違うのである。

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