第11章 外はゾンビだらけですし

ミッション11—1 ゾンビ出現

 東海岸のニューカークから遠く離れたメリア西海岸の小さな町デールトン。

 住宅街とショッピングモール、最低限の公共施設と小さな教会しか存在しないこの町で、ファルたちはクーノの到着を待っていた。


 時間は18時過ぎ、太陽が西の地平線に沈もうとしている頃。

 ヤサカは夕食の食材を調達しにショッピングモールへと出かけている。

 ファルとティニー、ラムダ、ミードンは、宿泊地でダラダラと過ごすだけだ。


 ソファに寝っ転がり、スマホを眺めながら、無為な時間を楽しむファル。

 そんな彼に、ラムダが近寄り大声をあげた。


「この町、やることがないです! つまらないです!」


「…………」


「無視しないでください!」


「うるさいな。テレビ見るか、スマホでもいじるか、ゲームでもしてろよ」


「テレビは面白い番組がないんです! スマホは飽きちゃったんです! ゲームはやっている最中です!」


「だったらティニーかミードンと遊んでろ。俺はお前に構ってやるつもりはない」


「ミードンはお昼寝中です! 起こせませんよ!」


「そのわりには大声出してるよな、さっきから」


「ティニーもSMARLスマールの手入れで忙しそうなんです! ほら!」


「SMARL……エヘヘ」


「ニヤニヤしながらロケランの手入れって……サイコパスかよ……」


「ファルさんよ、暇そうなのはファルさんしかいないんですよ!」


「おい、俺は今ダラダラするのに忙しいんだぞ」


 つい昨日まで、ベレル警察と軍に追われ、挙げ句の果てに巨大空中戦艦から攻撃されていたとは思えぬ呑気さ。

 このタイミングで、いつもの陰陽師姿のティニーが良い報せを口にした。


「あ、手配度、0になった」


「おお! これでわたしたち、ようやく自由です!」


「思ったより早いな。なんか、レオーネ・ファミリーとメリア警察の癒着を感じる」


「自由の国メリアですよ! 自由を楽しみましょう! まずはヴェノムでゼロヨンレースをやって――」


「SMARLの試し撃ちしてくる」


「手配度0になった直後に手配度上がるようなことやろうとするな! わざとなのか!? それともお前ら本当のバカなのか!?」


「にゃ~神様うるさい~。このミードンの眠りが妨げられたのだ~」


「ミードン、文句ならティニーとラムダに言ってくれ。ったく……ヤサカは外出中だし、ここにはホーネットはいないんだぞ。面倒事を起こすな」


 ファルは大きなため息をつき、ティニーとラムダを止める。

 これに素直に従ったティニーとラムダ。

 しかしラムダは、ファルに無為な時間を与えようとはしない。


「はい! 質問です!」


「今じゃなきゃダメか?」


「ホーネットさんはどうなったんですか?」


「質問の許可は出してないんだが……。さっきヤサカにホーネットから連絡があったみたいだ。ガロウズとは引き分け、ホーネットは無事にエレンベルクに帰ったらしい」


「わお! すごいです! ホーネットさん強いです! 1対1の対決で、ガロウズと引き分けだなんて!」


「プロゲーマーの中でもなかなかの腕だよな、あいつ」


 ホーネットに感謝しつつ、ファルはすぐさまスマホに興じ、ダラダラしはじめる。

 だがなおも、ラムダはファルのダラダラタイムを邪魔し続けた。


「ファルさんよ、さっきから気になることがあるんです!」


「…………」


「外にいる人たちの様子が変なんですよ! みんなフラフラ歩いてて、う~う~唸ってるんです!」


「…………」


「すごく気になるので、何があったのか確認してきます!」


「いってらっしゃい。しばらく帰ってこなくて良いぞ」


 勝手に外に出て行くラムダ。

 ファルがそんな彼女を止めるはずがない。

 これでようやく、ファルは望み通りのダラダラタイムを楽しめるのだ。


 イミリアでは本来、スマホやパソコンを通して現実世界と同じインターネットに接続することができた。

 某動画サイトや某掲示板を、イミリアにログインしながら楽しめたのである。

 しかしその機能は事件発生とともに消滅、今ではイミリア世界のインターネットに接続することしかできない。


 とはいえ、第2の現実を名乗るイミリアのネット空間は、非常に完成度が高い。

 NPCが作ったサイトや動画、SNSなど、あらゆるコンテンツが揃っているのだ。

 正直、イミリアのネットを漁るだけで数時間は過ごせる。


 しばらく、ファルはスマホを眺め、ティニーはSMARLに抱きつき、ミードンはお昼寝を続けた。

 このダラダラタイムが終わってしまうのは、ラムダが外出してから数分後である。


「きゃあぁぁぁぁあああ!!」


 突如外から聞こえてきた悲鳴。

 声を聞く限りでは、ラムダの悲鳴に間違いなさそうだ。


「ラムダの悲鳴、聞こえた」


「どうせロクでもないこと仕出かしたんだろ。ほっとけ」


「私の霊感、反応してる」


 そう言うティニーは、おもむろに立ち上がり窓から外を眺める。

 ファルたちが宿泊する宿の部屋は1階。

 景色は閑静な住宅街という、つまらないものだ。


「ラムダの言う通り。みんな変」


 ティニーの窓の外を眺めた感想。

 さすがのファルも気になり、ティニーと一緒に外を眺めた。


 窓の外を見ると、住宅街の道を歩く人々――NPCの様子が確かにおかしい。

 皆一様に、フラフラと歩きながら唸っているのだ。

 それはまるでゾンビのような――。


「ガァァァアア!」


「うわっ! なんだこいつ!」


 突然、窓に飛びついてきた1人のNPC。

 NPCの肌は黒っぽく変色し、腐っているかのよう。

 口の周りは血塗られており、瞳孔は完全に開ききり、ファルたちを狙ってバタバタと窓を叩いている。


 間違いない。

 これはゾンビだ。


「なんでこんな場所にゾンビが!? どういうことだ!?」


「町の人、みんなゾンビ」


「はあ!? イミリアってゾンビゲームだったっけ!?」


 まさかの事態に狼狽するファル。

 この間にも、窓に群がるゾンビの数は増えていった。

 宿に隠れているのは無理そうだ。


「もうゾンビまみれだぞ……何が起きたんだよ……」


「ラムダ、どこ?」


「分からん。あいつが無事なことを祈ろう。俺たちはまず、ここから逃げないと」


「どこに逃げる?」


「ヤサカのいるショッピングモールだ。ゾンビといったらモールだろ」


「分かった。SMARLの準備できてる」


「よし。おい! ミードン起きろ! 緊急事態だ!」


「にゃ~またお昼寝を邪魔された……にゃ!? ゾンビ!?」


「ミードン、肩に乗って」


「助けて! にゃ!」


「モールまでは1キロもない。慎重に行くぞ。ゾンビに捕まるなよ!」


 マグナム銃を手にしたファルと、肩にミードンを乗せSMARLを担ぐティニー。

 2人と1匹は、部屋の出入り口にゾンビがいないのを確認すると、勢い良く部屋を飛び出した。


「廊下、ゾンビいない」


「みたいだな。まあ、ラムダも外には出られたんだ。宿の中にはゾンビはいないはず」


 宿の廊下を進み、ロビーへと進むファルたち。

 どうやらゾンビは宿の中まで侵入してきたようだ。

 ロビーでは、受付のNPCがゾンビに襲われ、首元を噛まれている。


 首元を噛まれていた受付NPCは、肌が黒く変色していた。

 その光景を見て、ファルは気分が悪くなりながらも、ゾンビに噛まれるとゾンビ化してしまうのだと理解する。


「ゾンビ、倒す」


「待てティニー! こんな狭い場所でSMARLを撃つな!」


「でも、ゾンビ倒さないと」


「俺がやるから、お前はまだ大人しくしてろ」


「うん」


 受付NPCに噛み付くゾンビの頭に、ファルはマグナム弾を撃ち込んだ。

 だいたいのゾンビは、頭を撃ち抜けば撃破できるものである。

 そのルールは、イミリアでも例外ではなかったようだ。


 頭を撃たれたゾンビは床に倒れ、動かなくなった。

 続いて、ファルは受付NPCの頭にもマグナム弾を撃ち込む。


「どうして受付まで撃ったのだ!? 神様は鬼畜なのか?」


「ミードンまで俺のことを鬼畜呼ばわりかよ……。仕方ないだろ。受付はもう死んでる。ゾンビ化される前に処理しないと」


「ゾンビもののセオリー」


「神様とティニー女神様がそう言うなら……納得なのだ! にゃ!」


「あっさり納得するんだな。ともかく、ゾンビの倒し方は分かった。先を急ごう」


 唐突にゾンビが跋扈する町へと成り果てたデールトン。

 この訳の分からない事態を切り抜けるためには、ヤサカと合流するのが最優先だ。

 ファルとティニー、ミードンは、ゾンビが徘徊する町を進んで行く。

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