ミッション10—4 鉄の空

 2段ベット2つにほぼ占領された、四畳半の狭い部屋。

 壁の汚れは掃除されず、埃が舞い、小さな電球も時折消えてしまう、最悪の環境。

 しかもベットはすべて女性陣に譲ってしまったため、ファルは土足で踏まれた床で眠っていた。


 もちろん、まともに眠れるはずがない。

 連続での床での就寝に、ファルは全く疲れが取れないまま、朝早くに目が覚めてしまった。


「ああ……腰が痛い……」


 ガチガチの体を起こし、顔を歪めるファル。

 スキル『痛み緩和』を使おうか悩むところである。


 左隣を見ると、SMARLスマールを抱きながらミードンとともにぐっすり眠るティニーがいた。

 その上、2段ベッドの2階部分では、ラムダが口を開け大の字で眠っている。

 自由奔放なヤツらだ。


 右隣には、スヤスヤと寝息を立てるヤサカの姿があった。

 天使の寝顔は、写真に撮って懐に入れておきたいものである。


 ヤサカが眠る2段ベッドの2階部分には、ホーネットがいるはずだ。

 しかし、そこにホーネットの姿はない。


「ホーネット、どこ行ったんだ? どうせ早く起きるなら、俺にベッドを譲れよ……」


 愚痴をこぼし、ため息をつきながら、ファルは立ち上がる。

 時間は午前6時前。もう少しすればヤサカも目を覚ますだろう。


 それにしても、すでに日が昇っているような時間だ。

 だが小さな窓からは、陽の光が入ってこない。


「なんか、今日も外が暗いな。雨は止んでるみたいだけど、曇り空か?」


 悪天候続きに再びため息をつき、立ち上がったファル。

 彼はそのまま、外の空気を吸いに――警察に気をつけながら――宿屋の外に出た。


 宿屋の外では、昨晩お楽しみだった酔っ払いが道に倒れている。

 派手な格好の女と男が、もう朝だというのに、イチャついている。

 外の空気もあまり良いものではないな、などと思いながら、ファルは空を見上げた。


 空を見上げて、ファルは固まった。

 おかしい。あるはずの空がない。


「こ……これって……まさか……まさか……!」


 太陽の光を遮っていたのは、雲ではなかった。

 巨大な人工物、空飛ぶ鉄の塊が、天空を覆い尽くしていたのだ。


「うん? あ、ファルだ。Goodmorning. こんな朝早くからどうしたの?」


 空を見上げ固まるファルにそう話しかけてきた人物。

 ホーネットだ。

 そんなホーネットに対し、ファルは声を震わせる。


「お、おい、あれって……あれだよな?」


「あれ? ああ、空に浮かんでるヤツのこと? あんたの言うあれが『空中戦艦ヴォルケ』のことなら、その通り」


「……はあ!? おいおいおい! やりすぎだろ! 俺たちを捕まえるために巨大空中戦艦まで出してくるのか!? ベレル軍は暇なのか!?」


「ちょっと、あんまり大声出さないでくれる?」


 ホーネットに言われて黙り込むファル。

 空中戦艦ヴォルケの大きさからして、ヘレンシュタットの街の半分はヴォルケの下にあるのだ。

 つまり、今ファルたちがいる場所も含めて、ヘレンシュタットの街の半分がヴォルケの監視下にあるということ。


 ヴォルケに乗る兵士が、こちらを見ているかもしれない。

 そう思うと、ファルは大声を出すどころか、宿の外にいることすら危険な行為に感じる。


「……部……に戻ろ……。ここ……すぎ……」


「よく聞こえないんだけど。そんな小さい声で喋らなくても大丈夫だから」


「部屋に戻ろう」


「あ、そう言ってたんだ」


 ファルとホーネットは宿屋に戻り、部屋へと戻っていった。

 部屋に戻る最中、狭く急な階段を登りながら、ファルはホーネットに質問する。


「お前、どこ行ってたんだ? 朝早くから」


「知り合いのブローカーのところ。すぐにあんたたちをメリアに密入国させる方法が見つかったらしくてね、話を聞きに行ってた」


「そうだったのか。ありがとうな」


「感謝の言葉は、あんたたちがメリアに逃げた後、ヤサカから聞きたい」


 相変わらずファルに対する言葉に棘のあるホーネット。

 ファルは思わず苦笑しながらも、反論するのはやめておいた。

 言葉に棘はありながらも、ホーネットの行動を見れば、彼女がファルたちのために一生懸命であるのが分かるからだ。


 階段を登りきり、部屋の前に到着したファルたち。

 部屋の扉を開けると、そこは天国だった。


「クーノさんの言う通りです! ヤーサの胸は、モミモミするのにちょうど良いです!」


「ラムったら! やめ……うぅ……」


「いいな。私もやりたい」


「ダメ! 2人で私の胸を揉まないで!」


「女神様たち!? 女神様たちが楽しそう! にゃ!」


 扉の向こう側、四畳半という狭い部屋で、着替え途中のため下着姿のヤサカたち。

 ラムダとティニーは、ヤサカが身につけるブラの下に手を突っ込み、胸揉みを楽しんでいた。

 胸を揉まれるヤサカは、顔を真っ赤にしながら、抵抗らしい抵抗すらもできていない。


「かふぁ!」


 天国を目の当たりにしたファルが放つ、吐血でもするかのような奇声。

 それを聞いたヤサカたちが、一斉にファルを睨みつける。

 これは危険信号だ。


「ご……ごめんな。俺はトイレに行ってくる」


 裏声でそう言いながら、部屋を去ろうと回れ右をしたファル。

 回れ右の最中、ファルは気づいてしまった。ホーネットの様子がおかしいことに。


「ああ……あ……ああわわ……あわわわわわ」


「……おいホーネット、大丈夫か?」


「下着姿のおにゃのょこたち……胸を揉まれぇりゅヤシャカ……ああわわわわ」


「鼻血が出てるぞ! 耐えるんだ! クーノサイドに堕ちるな! 帰ってこい! ホーネットぉぉ!!」


 ホーネットはそっち方面でも変人だったようである。


    *


 いろいろとあったが、みんな無事だ。

 ヤサカたちは着替えを済ませ、ホーネットも鼻にティッシュを詰め込み冷静さを取り戻している。


「はい、今日の朝食だよ」


「わーい! ご飯! にゃ!」


「ヤサカの手料理、すごい久々」


 4畳半という狭い部屋で、あり合わせの食材を使いヤサカが作ってくれた朝食。

 それを頬張るファルたち。

 だが、ホーネットはヤサカの作ったサンドウィッチを食べた直後、鼻声で言った。


「あれ? あたしが知ってるヤサカの料理と味が違う。もしかしてヤサカ、料理ステータス下がった?」


「ええと……バレちゃったか……」


「ウソ! ホントに料理ステータス下がったの!?」


「うん。下がっちゃったんだよね……」


「何が原因で――」


 ふと、ファルの食べる卵焼き地獄に目がいくホーネット。


「あんた……なに食べてるの?」


「卵焼きだが」


「卵焼き!? 溶岩石にしか見えないけど!? まさかそれ、ヤサカに作らせてないでしょうね?!」


「もちろん、ヤサカに作ってもらってる。うまいぞ、食べるか?」


「あんた……」


「ホーネットさんよ、そういうことなのです!」


「料理ステータス、犠牲になった」


 諦めたように首を横に振るラムダとティニー。

 ホーネットは怒りの視線をファルに向けたが、ファルは気にしない。

 ため息をついたホーネットは、すぐに話を変えた。


「まあいいや。それで、メリアに密入国する話なんだけどさ――」


 そう話しながら、鼻に詰めたティッシュを交換するホーネット。

 ファルたちはホーネットの話に耳を傾ける。


「知り合いによると、これからちょうどメリアのマフィアが、武器の密輸をやるんだってさ。それで、その違法武器を積んだトラックに、あんたたちを積荷として載せられるスペースがあるんだって」


「マフィアの武器密輸……なんだかヤバそうな響きだな」


「私たちもついに裏社会進出です! アウトローですよ! ならず者ですよ!」


「レジスタンスメンバーな時点で裏社会の一員な件」


「SMARLの持ち運び、密輸みたいなもの」


「そうか、俺たちは密輸もやってたのか。じゃあいつも通りだな」


 謎の安心感に浸るファルたち。

 一方でヤサカは、すでに話の中身に踏み込んでいた。


「出発はいつ頃?」


「急に決まったことでさ、あと3時間ちょっとしかない」


「3時間なら、別に問題ないよ。というか、私たちはいつでも出発できるからね」


「あっそ。さすがヤサカ。じゃあ、3時間後に出発。トラックまでは案内するから」


「頼りにしてるね」


 上空にヴォルケがいるこの状況で、メリアに無事逃げられると確信できる。

 これも全て、ホーネットのおかげだ。

 エレンベルクでディーラーに出会ったのは最悪であったが、ホーネットに出会えたのは幸運だったと、ファルは思う。

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