ミッション9—4 幽霊だ! 除霊だ!

 教会地下のダンジョンは、ファルたちが想像していたよりも複雑な構造であった。

 暗い通路は、少し歩けばすぐに分かれ道にぶつかってしまうのだ。

 

 そこでディーラーは、手分けしてのダンジョン探索を提案した。

 これにはヤサカたちやプレイヤーたちも賛同する。

 少人数になると怖いなどと言って反対したのは、ファルとミードンだけである。


 ファルとミードンの反対も虚しく、12人と1匹は、ファルたち4人と1匹、おっさんたち3人、女性2人、冒険者ギルド3人に分かれた。

 分かれてからというもの、ファルはますますヤサカから離れられなくなる。


「ねえファルくん……ちょっと歩きにくい、かな」


「歩きにくさと恐怖の緩和、どっちを取る? 俺は迷わず歩きにくさだ。ということでヤサカ、我慢してくれ」


「もう、ファルくんは怖がりさんだね」


「男の子のファルさんが怖がって、女の子のヤサカさんにベッタリなんて、普通逆ですよ! 普通は女の子が怖がって、男の子にベッタリするんです! それがお化け屋――」


「その単語を口にするな!」

「その単語を口にしないでほしい! にゃ!」


「おお! ミードンまで私にべったりです! 男性陣がまったく頼りになりません! でもミードンは可愛いので許します!」


 そう言って、ミードンをぎゅっと抱きしめるラムダ。

 ラムダの胸に埋もれるミードンを見て、羨ましがるファル。

 どれだけ恐怖していても、ファルの下心は通常運転のようだ。


 ファルたち一行の先頭を歩くティニーは、恐怖など微塵も感じていない様子。

 彼女はSMARLスマール――ロケランを抱えながら、活気のない目つきで暗闇を一望していた。


「この辺り、幽霊いない。私の霊感がそう告げてる」


「本当だろうな? 今はお前だけが頼りだ。間違いないんだな?」


「間違いない」


「信じるぞ! お前を信じるぞ!」


 ティニーの霊感を信じ、ファルはついにヤサカの背中から離れた。

 敵も幽霊もいないというのなら、怖がる必要はない。

 

 いざヤサカの背中から離れてみると、ティニーの言う通り幽霊の姿は見えなかった。

 幽霊の姿以前に、暗闇で見えるものの方が少ないのだ。

 ようやく安心感を取り戻したファル。


「なんだ、幽霊もいなければ怖くないな」


「それは当然だと思うよ」


「さあ、ダンジョン攻略だ! お宝に一番乗りするのは、俺たちだ!」


「切り替えが早いね、ファルくんは」


「ファルさんよ、ようやく本気を出しましたね! わたしもお宝を探します!」


 テンションの高いラムダは、片手を上げてそう宣言した。

 と同時に、ラムダの上げられた片手に何かが覆いかぶさる。


 何やらフサフサとした感覚。

 ラムダは上げていた手を下ろし、自分の手に覆いかぶさったものの正体を確認した。

 覆いかぶさっていたものの正体は、大量の髪の毛。


「お? おお……おお!? ななな、なんですかこれ!? 髪の毛!? なんで髪の毛がわたしの手に!?」


「にゃ! 怖い! 怖いのだ!」


「ヤーサ! 助けてください! 怖いです! すごく怖いです!」

 

 涙目状態のラムダが、風の如くヤサカの背後に隠れた。

 ラムダの大きな胸はヤサカの背中に押しつぶされ、おかげでミードンが窒息寸前。

 しかし今、ラムダはパニック状態。


「ラム、大丈夫?」


「髪の毛が! 髪の毛がわたしの手に覆いかぶさりました! 怖いです! 嫌です! 帰りたいです!」


「フン、ラムダもようやく俺と同じ恐怖を味わったな」


「可愛い女の子が怖がってるのに、どうしてドヤ顔をするんですか!? やっぱりファルさんは鬼畜です!」


「やめろ! 不名誉なあだ名を増やすな!」


「なら! そのドヤ顔をやめてくださいよ!」


「分かった分かった」


 泣き喚いているのか怒っているのか分からないラムダをいじったところで、ファルの立場が悪くなるだけだ。

 ファルはおとなしく、ラムダの言う通りドヤ顔をやめた。


 せっかくファルが離れたというのに、結局はラムダによって歩きにくくなったヤサカ。

 それでも、ファルたち一行は先へと進む。


「助けて……」


「おいラムダ。怖がりすぎだぞ」


「ファルさんよ! ファルさんには言われたくないです!」


「そりゃそうだろうが、さっきまでの威勢はどこに行ったんだ?」


「助けて……」


「おい、そんなに助けて助けて言わなくたって――」


「うん? ファルさんよ、わたしは助けてなんて言ってませんよ?」


「え?」


「助けて……」


「……ヒャァ!」


 どこからともなく聞こえてきた、助ける声を求める声。

 再び恐怖のどん底に落とされたファルは、ヤサカの背中に隠れたラムダの背中に隠れる。


「怖い……ここ怖い……」


「モンスターの方がマシです! 帰りたいです!」


「にゃ……」


「み、みんな落ち着いて。たぶん、風の音かなんかじゃないかな」


「地下室で風の音?」


「どこかに穴が空いてるんだと思う。そこから風が吹き込んだんだと思うよ」


「なるほど、そうか。風だよな。な、風だよな」


「そうですよ! 風ですよ! さっきの髪の毛も、きっとワカメと間違えただけです! 幽霊なんていませんよ! いませんよ!」


「風とワカメは意地悪なのだ!」


 自分を騙そうと必死なファルたち。

 ファルを引きずるラムダを引きずるヤサカは、そんな彼らに苦笑いしながらも、ステータスの高さを利用しファルたちを連れて歩みを続ける。


 しばらく歩くと、またも分かれ道が出現した。

 右の通路へ行くべきか、左の通路へ行くべきか。

 懐中電灯の光を当て、ヤサカはどちらの道を選ぶか悩む。


「左の通路はすぐに行き止まりみたいだね。右の通路は――」


 右の通路に懐中電灯の光を当てた瞬間、ヤサカは凍りつく。

 通路の先には、四つん這いになり地を這いながら、こちらへと近づいてくる人影があったのだ。


「ヒッ! ヒイイイィィィ!!」


 ヤサカは聞いたこともない悲鳴をあげ、すぐさまティニーの背中に隠れる。

 先ほどまでの冷静さは何処へやら。

 体をガクガクと震わせたヤサカは、ファルとラムダがいる恐怖のどん底にやってきてしまったのだ。

 

 ファルはラムダの背中に隠れ、ラムダとミードンはヤサカの背中に隠れ、ヤサカはティニーの背中に隠れている。

 何やら不思議な光景になっているが、ティニーは気にしない。

 ティニーはいつもの無表情のまま、SMARLを構えた。

 

「任せて。除霊する。悪霊退散」


 ティニーが狙うのは、右側の通路に這う人影。

 狙いを定めると、ティニーは一切の躊躇もなく引き金を引いた。

 悪霊退散のための呪文ロケット弾は、まっすぐに人影に襲いかかる。


 呪文ロケット弾は見事、人影に命中。

 爆音と衝撃波、熱波が狭い通路を包み込み、ファルたちは地面に伏せた。

 だがティニーだけは仁王立ちし、彼女の和服と結ばれた髪が、爆風にそよぐ。


 人影は完全に、ティニーによって除霊爆破されたようだ。

 除霊爆破を済ませ、爆風にさらされ、それでも無表情を維持するティニーの姿が、ファルたちには異様にカッコ良くみえた。


「一撃です! 一撃で幽霊をやっつけちゃいましたよ!」


「ティニー、ありがとう! ティニーは私たちのヒーローだよ!」


「助かったのだ! ティニー女神様は最強! にゃ!」


 ティニーに抱きつくヤサカとラムダ、ミードン。

 ファルはティニーに感心したような表情を作り、口を開く。


「さすがは強い霊感の持ち主だ。今までティニーが霊感とか言っても、また電波なことを言ってるとしか思ってなかった――」


「トウヤ、私の霊感信じてなかった?」


 ファルの言葉を聞き、涙目になるティニー。

 久々に見せた表情が涙目ということに、ファルは大焦りだ。


「いやいや、電波ってのはあれだ! 霊界と人間界を結ぶ電波をティニーはきちんと感じ取っているんだな、って意味だ! うん!」


「よかった。トウヤはやっぱり私の味方」


 なんとか誤魔化せたようだ。

 ティニーはわずかに口元を動かし、嬉しそうな表情をしている。

 やはり、ティニーの時折見せる表情は、こういった表情が最高だ。


「助かったぞ、ティニー。お前がいれば幽霊も怖くないな」


「除霊は任せて」


「よし、じゃあ任せた。俺たちに襲いかかる幽霊は、SMARLで除霊爆破してくれよ! 陰陽師!」


「おー」


 SMARLが撃てたからなのか、除霊に成功したかなのか、それともファルに褒められたからなのか、楽しそうなティニー。

 そんなティニーに守られて、ファルたちはダンジョン攻略を続行する。

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