ミッション9—3 教会の地下
クエスト場所である教会ダンジョンは、エレンベルクから約10キロ離れた場所にあるようだ。
移動手段は、冒険者ギルドが用意した車と、おっさんプレイヤーたちの用意した車、そしてラムダのジープ。
車での移動ならば、10キロなど遠い距離ではない。
このクエスト、教会に取り憑いた、魔王軍に操られる幽霊を退治しに行くという設定。
ファンタジー感満載の設定だが、移動手段が車というのは如何なものか。
だからと言って、徒歩や馬車で移動する気にもならないのだが。
街を離れ、草原を通り越し、ファルたちは人里離れた教会に到着した。
車を降りた一同は、
「私の霊感が、危険だと告げてる」
「正直、今回ばっかりはティニーの言う通りかもな。なんだか、すごく嫌な雰囲気の教会だ」
「うう……怖いのだ……怖いけど、未来の英雄ミードンが逃げるわけにはいかない! にゃ!」
「こんな場所にダンジョンがあるなんて、知らなかったよ。ベレルの調査で見逃しちゃってたのかな?」
「ダンジョンっつうか、ここお化け屋敷だろ。ほら、もう扉が勝手に開きそうじゃん。中から幽霊が手招きしてそうじゃん」
「トウヤ、霊感あるの?」
「霊感があると思ったことは一度もないが……なんでだ?」
「トウヤの言う通り、あの窓から幽霊が手招きしてる」
「……え?」
「ティニー女神様、悪い冗談はやめてほしいのだ! にゃ!」
「冗談じゃない。ほら」
「いやいや、ここゲーム世界だろ。そんな幽霊なんかがいるはず――」
幽霊が手招きをしているとティニーが示した窓に、視線を向けたファル。
するとそこには、白い人影が見えた。
心なしか、その人影は左手でファルたちを手招きしているような……。
「いやいやいや! あり得ない! ここはゲーム世界だ! 科学世界そのものだ! 科学で証明できないものがいるわけないだろ! なあ!」
「ファルさんよ、どうしたんです? 何を怖がっているんですか?」
「あれだよ! あそこで白い人影が、手招きしてるだろ!?」
「……どれのことです? わたしには見えません! 怖いこと言わないでください!」
「怖いこと言ってるのはお前! おいヤサカ、お前にはあれが――」
「ごめんファルくん。私にも見えないよ」
「気のせいじゃないのか? おっさんたちには何も見えないぞ」
「私たちも見えません。大丈夫ですか?」
「ファルさんだったっけ? 君、〝素晴らしい〟じゃないか。〝盛り上げ上手〟じゃないか。それでこそ〝ロールプレイング〟だ!」
「……ティニー、マジか?」
「トウヤ、霊感ある」
ファルとティニー以外、ヤサカやラムダ、ミードン、5人のプレイヤー、3人の冒険者ギルドには、白い人影は見えていないらしい。
寒気に襲われ、今すぐにでも帰りたくなってしまったファル。
恐怖に怯えるファルだが、皆は特に躊躇することもなく、教会へ足を踏み入れた。
怖がるミードンもラムダに抱えられ、彼女の巨乳の中で恐怖を忘れようとしている。
教会前に1人で残されるのも嫌なので、ファルはヤサカの後ろに隠れながら、仕方なく教会へと入っていく。
教会の内部は、決して広いと言えるような空間ではなかった。
ステンドグラスからのわずかな光に浮かぶ、埃を被ったこぢんまりとした礼拝堂は、この教会が完全に放置されていることを示している。
静けさの中、プレイヤーたちの足音以外に聞こえるのは、雨の音だけだ。
「大丈夫かヤサカ? 幽霊はいないか?」
「ファルくん……体が近いよ……」
ほとんど体が密着したも同然の近さで、ファルはヤサカの背中に隠れていた。
しかしこうでもしないと、ファルは恐怖に打ち勝つことができない。
ヤサカの体の温かみを感じないと、怖くて仕方がないのだ。下心はない。下心はない。
「気をつけろよヤサカ。さっき、あの辺に白い人影がいたんだ」
「あの窓際? 今は誰もいないけど……」
「み……みたいだな」
「やっぱり気のせいだったんじゃないかな?」
「いや! あれは気のせいなんかじゃない! 確かにあそこに白い人影がいた!」
「なんだか……私まで怖くなってきちゃったよ……」
心の底から恐怖するファルを間近にして、鳥肌を立てるヤサカ。
恐怖というものは、伝染するのだ。
「ファルさんよ、ヤサカさんよ、もっと楽しいこと考えましょうよ! そうすれば恐怖もなくなります!」
「楽しいこと?」
「そうです! 例えば……ファルさんが見た白い人影は幽霊じゃなくて、私たちが乗っていたジープに宿る妖精さんだったとか!」
「お前のジープの妖精って、ストリートレースやってるようなやばいヤツだろ。別の意味で怖いんだけど」
「大丈夫、私が除霊する」
「除霊って、ラムダのジープの妖精をか?」
「違う。幽霊」
「……お前、ホントに霊感あるんだよな? 除霊できるんだよな?」
「信じて。
「なんでだろう。今の状況だと、ティニーが頼もしく思えてきた」
ティニーのロケラン持ち陰陽師姿が、ファルに妙な安心感をもたらす。
まさかティニーの霊感に頼る日が来るとは、思いもしなかった。
さて、幽霊云々と騒ぐファルたちだが、プレイヤーたちの関心は幽霊にはない。
彼らの関心は、この小さな教会のどこにダンジョンがあるのか、である。
プレイヤーたちがそんな疑問を抱いていると、冒険者ギルドの2人が祭壇の床に手をかけ、ディーラーが両腕を広げて声を張り上げた。
「クエストを楽しみにしている〝プレイヤー〟のみなさん! 〝遊園地〟への入り口は、ここにある! この先が、オレたちが求める〝ゲーム〟の会場だ!」
ディーラーの言葉と同時に、冒険者ギルドの2人が床板を持ち上げる。
すると床板の下から、地下へと続く階段が現れた。
プレイヤーたちを闇へと誘う階段の入り口。
懐中電灯を手にしたプレイヤーたちは、おっさんたちを先頭に、逸る気持ち抑えゆっくりと階段を下りていく。
ファルもヤサカの背中に隠れたまま、階段を下りた。
階段を下りると、そこには懐中電灯がなければ何も見えない暗闇、狭い通路が。
多種多様な棚に囲まれたカビ臭いその通路は、すぐに分かれ道となっている。
この先はおそらく迷路のような複雑な構造が広がっているのだろう。
「真っ暗です! なんだかアレみたいですね! 幽霊屋――」
「それ以上は言うな!」
「それ以上は言わないでほしい! にゃ!」
「教会よりも重い雰囲気だね」
教会の地下に広がる狭い通路を前に、真剣な表情のヤサカ。
彼女は最後に階段を下りてきたディーラーに対し、質問した。
「ここは、モンスターとかは出るんですか?」
「〝モンスター〟か。良い響きだ。だが残念。ここは迷路状の〝ダンジョン〟ではあるが、〝敵〟はいない」
暗闇に浮かぶ能面男――ディーラーの回答。
この暗闇で能面はなかなかに恐ろしく、ファルはディーラーの顔が見られない。
それを察してか、ディーラーはファルに顔を近づけ、ささやくように言った。
「〝敵〟はいない。敵はいないが、〝何か〟はいるようだ」
「……何か?」
「どこにも〝敵〟はいないはずなんだがね、〝声〟が聞こえるんだ。〝足音〟も。〝息遣い〟も。だが不思議と、〝鼓動〟だけは聞こえない」
「ヒッ!」
恐怖のあまり、ファルはヤサカの腕に抱きついてしまった。
これにヤサカは顔を赤らめているのだが、ファルはそれどころではない。
一方でディーラーは、ファルの反応がよほど面白かったのだろう。
地下通路にディーラーの笑い声がこだました。
「楽しい〝ゲーム〟になりそうだ! さあさあ、先へ〝進もう〟じゃないか。目指すは〝宝〟だ。目指すは〝より楽しい〟ゲームだ!」
早くもそのゲームを、誰よりも楽しんでいるディーラー。
彼の言葉によって、プレイヤーたちはついに、教会地下のダンジョン攻略を開始した。
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