ミッション7—2 昆虫採集

 バッタ、コオロギ、カブトムシ、足長蜘蛛、カマドウマ、芋虫、ムカデ、蛾などなど。

 部屋の中にいたら失神確実な虫たちに囲まれて、ヤサカは幸せそうだ。


 しかし、自分の趣味がファルにバレたことが恥ずかしいのだろう。

 ヤサカは芋虫を手の平に乗っけたまま、部屋の隅でモジモジとしている。

 どうすれば良いのか分からなくなったファルは、とりあえず思ったことを口にした。


「えっと……良いんじゃないか、虫好きも。人の趣味は人それぞれだし、虫が好きな人なんてたくさんいるし」


「気持ち悪がらないの……?」


「虫は気持ち悪いが、虫好きのヤサカは気持ち悪くない」


 キメ顔の決め台詞。

 明らかに虫そのものを否定したファルだが、しかしヤサカは笑顔をファルに向ける。


「ファルくんは、私の虫好きを否定しない?」


「しない」


「ホントに?」


「本当だ」


「セミの顔が可愛いとか、ハチの羽音が心地いいとか言っても?」


「ああ」


「腕を芋虫が歩く感触が良いとか、巣を作るクモを何時間でも見てられるとか言っても?」


「あ、ああ」


「コオロギの太い足が最高とか、カマキリの卵が孵化したところを見ると感動するとか言っても?」


「あ? あ、ああ……その……ああ」


「ムカデの体節と体節のつなぎ目が綺麗とか、ミミズの口が可愛いとか言っても?」


「え!? いや……それはさすがに……」


「気持ち悪い?」


「ヤ、ヤサカがそれが好きなら、俺は良いと思うぞ」


 おそらくファルはヤサカの趣味についていけない。

 想像しただけでも辛いものがある。

 だが、だからと言ってヤサカの趣味を否定する理由にはならない。


「ファルくん……ありがとう!」


 自分の趣味が気持ち悪がられない、ということに安心したヤサカは、満面の笑みを浮かべていた。

 満面の笑みを浮かべながら、手の平に乗せていた芋虫をプニプニしていた。


「なあヤサカ、その芋虫って――」

「名前はペペリンだよ」

「――ペペリンってなんの幼虫だ?」


「ペペリンはアゲハ蝶の幼虫だね。この前、多葉の山で見つけたんだ」


「いつの間にそんなことを」


「成虫になったら、綺麗な模様の蝶々になると思うよ」


「へえ~。蝶っていくらぐらいで売れるんだ?」


「いきなりその質問をするなんて、やっぱりファルくんは金の亡者だね」


「うるせえ」


「私は生き物を値段で判断するようなことはしたくないんだけど、数万圓で売れる蝶々もいるみたいだよ」


「え? 蝶1匹で数万?」


「うん、数万」


「よしヤサカ! 昆虫採集に行こう! ペニシリンは――」

「ペペリン」

「――どの山で捕まえてきたんだ?」


 虫も売れば高値がつくと聞いて、昆虫採集に行きたがるファル。

 そんなファルのやる気を前に、ヤサカは仕方なくファルとともに昆虫採集へ出かけることにした。

 ヤサカ自身も、昆虫採集に出かけること自体は楽しみであったのだ。


    *


 わざわざヘリを使い、多葉の郊外を飛び抜け、山地にまでやってきたファルとヤサカ。

 ついでにレイヴン(グラサン革ジャン姿)とコトミ、シャムも一緒である。

 時間は昼、天気は晴天、虫取り日和だ。


「虫取りなんてガキの頃以来だぜ」


「わたくしは、虫は苦手ですの……」


「ずっと『あかぎ』で引きこもってるわけにもいかねえだろ。たまにはアウトドアでも楽しめ」


「レイヴンおじさまはそう言いますけど……」


「シャムちゃん、コトミお姉さんと一緒にピクニックでもしない?」


「ピクニック? うん! ピクニックしたい!」


「じゃあ、山を登って景色が綺麗な場所を探しましょう」


「探すですの!」


 聖母コトミによって完全に手玉に取られるシャム。

 まるで本当の親子のような2人を見て、レイヴンは優しく微笑んでいる。


 対照的なのはファルだ。

 彼は虫取り網片手に、鼻息が荒い。


「さあ、虫を取って採って獲りまくって、稼いで稼いで稼ぎまくるぞ!」


「お、落ち着いて。それじゃ虫さんたちも逃げちゃうよ」


 ファルの気迫にヤサカは呆れ顔。

 そんなヤサカのことは気にせず、ファルは早速山の中へ足を踏み入れた。

 

 山道を歩きながら、無意味に虫取り網を振り回すファル。

 するとなぜだろう。

 ファルの虫取り網には次々と虫が飛び込んでくる。


「おお! 大量だ! 安そうな虫ばっかりだけど」


「安そうとか言わないの」


「なんでだ? なんでこんなに、虫が寄ってくるんだ?」


「ファルくんって、虫取りステータスは今いくつ?」


 このゲームには『虫取り』という謎ステータスが存在する。

 ファルは虫取りステータスを確認するため、メニュー画面を開いた。

 そしてステータス一覧表に書かれていた虫取りステータスの数字を読み上げた。


「ええと、虫取りステータスは194だな」


「194!」


「ん? そんなに驚く数字か?」


「平均は55だよ! 私ですら100しかないのに……やっぱりチート持ちはすごいんだね」


「いや、虫取りステータスはステータス上げチート使ってないぞ」


「……え?」


 驚きのあまり硬直したヤサカ。

 これにはファル自身も驚いていた。

 ほとんど役に立ちそうもないステータスが、チート不使用でチート並に高いのだから、驚いて当然だろう。


 これほど高い虫取りステータスがあれば、珍しい虫も捕まえられるのではないか。

 そう思ったのは、ファルだけではないようだ。


「この時期……もしかしたら……ファルくんなら……八洲蝶が捕まえられるかも」


「八洲蝶?」


「イミリアで最も美しいとされている蝶々だよ。その存在を知ってから、私は八洲蝶を捕まえるのが夢なんだ」


「いくらで売れる?」


「つ、捕まえても、売らせないからね!」


 八洲蝶を捕まえたがるファルとヤサカ。

 捕まえたい理由は全く違うが、2人の目的は一致した。

 本日の目標は、八洲蝶の捕獲となりそうだ。


 一方その頃、ファルとヤサカを追って歩いていたレイヴンが、いきなり大声を出した。

 彼は林の中に指をさしている。


「あれを見ろ! あんなにでっけえバッタを見たのははじめてだぜ!」


 そう言うレイヴンが指差す先に視線を向けたファルとヤサカ。

 しかし、そこには何もいない。

 ファルとヤサカが首をかしげていると、コトミが困ったような表情で言った。


「レイヴンさん、さっき意識を失ってたでしょ? あれの影響なのかもしれないけど、どうにも幻覚が見えてるらしいのよ」


「幻覚ですか」


「さっきも、10分ぐらい観葉植物を口説いていたわ」


「それは重症ですね」


 地獄卵焼きを食べた影響なのだから、責任はファルにあるのだが、ファルはそれに気づいていない。

 ファルはレイヴンに対し言った。


「レイヴンさん、巨大バッタなんてどこにもいませんよ。幻覚ですよ」


「ああ? 幻覚だと? まさか、お前らにはあれが見えてねえのか?」


「見えてないです。な、ヤサカ」


「うん、見えてない」


「レイヴンおじさま、正気に戻ってくださいまし!」


「ほらね。幻覚です」


「そうか……また幻覚か……どうにも今日は調子が悪いな」


 自覚症状はあったようだ。

 レイヴンは巨大バッタが幻覚であることを認識し、頭を抱える。

 

 と同時に、レイヴンは言葉を続けた。


「ってことはよ、俺たちの背後にいるコイツも、幻覚ってことだな」


 そう言ってレイヴンが近寄ったのは、2メートルはある巨大なムカデ。

 残念ながら、こちらはファルたちにも見えている。


「あ……ああ……」


「やっぱりおかしいと思ったぜ。こんなでっけえムカデがいるはずが――」


 喋っている最中、巨大ムカデに頭をかじられたレイヴン。

 彼はそのまま、巨大ムカデに捕食された。


「おじさまぁぁ!!」


「メリアムカデ……なんでこんなところに……!」


「やべ! こっち見た!」 


「シャムちゃん、危ない!」


「逃げるぞ!」


「おじさまが……おじさんがぁ! うわぁぁん!」 


 泣き叫ぶシャムを連れ、一目散に逃げ出すファルとヤサカ、コトミ。

 背後には地面を這ってこちらに近づく大ムカデ。

 何やらとんでもないことになってしまったようである。

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