第7章 たまには虫取りも悪くないですし

ミッション7—1 ヤサカの趣味

 ティニーとラムダ、レオパルトらの活躍により、富岳島坑道ダンジョン攻略プレイヤー約300人が、新たにチート使いとなった。

 そして現在、ティニーたち3人と約300人のプレイヤーたちは、小阪で暴動を起こす準備を進めている。

 約300人のプレイヤーたちは、明日にはイミリアから解放されていることだろう。


 一方でファルとヤサカは、『あかぎ』の食堂で呑気に朝食の時間だ。

 2人は昨日の実験・・を終え、プレイヤー解放作戦には加わらず、ゆったりまったりとしているのである。


 いつも通りの卵焼き地獄を食べるファル、フレンチトーストを食べるヤサカ。

 そんな2人のもとに、コトミがやってきた。


東也ファル君、ヤサカちゃん、おはよう」


「おはようございます」

「おはようございます」


「昨日の実験結果はどうだったかしら? 事故死でのログアウトは、どうすれば適用されるのか、分かった?」


「一応の答えは出ました」


 前回のプレイヤー解放の際、147人中8人が〝事故死〟でもログアウトされていたことが判明した。

 しかし、どのような事故であればログアウトされるのかは不明。

 そこで昨日、ファルとヤサカはログアウト条件が揃ったプレイヤーを使い、どのような事故ならばログアウトされるのかを探ったのである。


 実験結果について、ファルはコトミに説明した。


「まずはプレイヤーAが故意に仕掛けた事故でプレイヤーBを殺した場合、プレイヤーBはログアウトされるのかどうかを調べました。結果はダメでした」


「プレイヤーが仕掛けた事故では、それによって意図していない事故死をしても、ログアウトされないってことね」


「そうです。つまり、俺たちが故意に事故を起こして、ログアウト条件を満たしたプレイヤーたちを殺しても、プレイヤーたちをゲーム世界から解放することはできない、ってことです」


「そう簡単にはプレイヤーを救出させてくれないのね。他の実験結果はどうだったのかしら?」


 続いて説明するのはヤサカである。


「プレイヤーAが故意にNPCに事故を起こさせて、プレイヤーBを事故死させる。この実験では、プレイヤーBはイミリアから解放されました。たぶん、NPCによる殺害とカウントされたんだと思います」


「その実験は、NPCに命令して事故を起こさせたの? それともNPCは何も知らずにプレイヤーBを事故死させたの?」


「どちらも試しましたが、NPCに命令して起こした事故では、プレイヤーBは解放されませんでした。NPCに命令してプレイヤーを殺害しても、プレイヤー救出にはならないみたいです」


「意外と細かいところまで見ているのね、IFRの管理システムは」


 苦笑いを浮かべるコトミ。

 ファルは最後の実験結果を伝える。正確に言うと、実験ではなく事故結果なのだが。


「あとひとつ、実験中にプレイヤーAが意図していない事故を起こして、結果的にプレイヤーCも巻き込まれて、両方とも死んじゃったことがあったんですが、その時は2人ともゲーム世界から解放されました」


「ということは、PvPやNPCへの命令、プレイヤーが1人でも故意に誰かを殺した場合は解放されない。そうじゃなければ、解放されるってことかしらね」


「コトミさんの言う通りだと思います」


「なんだか、少しずつログアウト条件が見えてきたわね。このこと、恭吾キョウゴさんに伝えても?」


「良いですよ」


 実験結果に満足そうな表情のコトミは、すぐさまキョウゴに結果を伝えようと踵を返す。

 ファルとヤサカは朝食の時間を続けた。

 そこに、シャムを連れたレイヴンがやってくる。


「よう」


「おはようございますですわ」


「おはようございます」

「おはようございます」


「おいファル、随分と変わった朝食じゃねえか。ひとつもらうぜ」


「どうぞどうぞ。レイヴンさんもこの味に感動してください」


「あ! レイヴンさん、それは――」


 ヤサカの忠告は間に合わず、レイヴンは地獄卵焼きを丸々ひとつ口に入れてしまった。

 直後、レイヴンは床にうつ伏せに倒れ、動かなくなる。

 

「レイヴンおじさま? どうしたのです?」


「やっぱりレイヴンさんも、この卵焼きの味に感極まっちゃいましたか」


「大変! レイヴンおじさま――おじさんが息してない! おじさん、目を覚ましてよ、おじさん! 私を置いてかないでよ! 私……まだ……おじさんになんの恩返しもできてないよ! イヤだよ! おじさーん!!」


「シャムちゃん……」


「うわぁーん! コトミお姉さぁん! レイヴンおじさん死んじゃったよぉ! イヤだよぉ! もっとレイヴンおじさんと一緒にいたかったよぉ! うわぁぁーーん!」


「よしよし、大丈夫よ。レイヴンさんはこんなことで死なないわ。レイヴンさんが強い人なのは、シャムちゃんが一番よく知ってるでしょ」


「うわぁぁぁぁん! コトミお姉さぁぁぁん!」


「……ごめんね、シャム……!」


 大号泣のシャムと、そんな彼女を優しく撫でるコトミ、後悔の念に押しつぶされそうなヤサカ。

 ちょっとしたカオス空間である。


 しばらく食堂にシャムの泣き声が響いていた。

 ところが突如としてレイヴンが立ち上がったため、シャムは泣き止む。


「レイヴン……おじさん……」


「何があった? 俺は、ファルの食ってた……思い出せねえ。いや、これは脳が思い出すことを拒否しやがってるのか? 俺に何が……」


「レイヴンおじさぁぁん! 生き返ったぁぁ!」


 最高の笑顔で、勢いよくレイヴンに抱きつくシャム。

 コトミも思わず目尻に涙が浮かぶ。

 対照的にファルは、食堂で何が起きているのか理解できていない。だいたいの責任がファルにあるにもかかわらずだ。


 責任はファルにあるが、地獄卵焼きを作ったのはヤサカだ。

 ヤサカは申し訳なさのあまり、フレンチトーストを食べ終えると、沈んだ表情で食堂を出て行ってしまう。


「おいヤサカ! まだティニーからの連絡について――どっか行っちゃったよ……」


 俯き、黙って食堂を出て行くヤサカに、ファルは言うことが残っていた。

 仕方なく、ファルはヤサカを追う。


 ヤサカは廊下を歩き、とある部屋の前で足を止めた。

 なぜだろうか、部屋の扉に手をかける直前、ヤサカは辺りを警戒している。

 

 ファルはヤサカに対抗し、アビリティ『潜伏』を使ってヤサカの警戒から逃れた。

 ヤサカが部屋に入って行くのを確認すると、ファルもその部屋の扉の前に立つ。


「なんだかやたらと警戒してたけど、この部屋になんかあるのか? 入って良いのか悪いのか……」


 迷うところだが、ファルの道徳ステータスが低いのには理由がある。

 考えた末、エチケットよりも自分の興味を優先し、ファルは部屋の中を覗き込んだ。


 部屋の中は、薄暗い倉庫。

 何やら透明な箱がビッシリと並べられている。

 あの箱は、すべて虫カゴだろうか。


 部屋の奥では、ニヤニヤとしたヤサカが膝を抱えてしゃがんでいた。

 よく見ると、ヤサカの手の平には芋虫が。


「ああ……ペペリンはプニプニしてて可愛い……あ! こっち見た! か、可愛い!!」


「ヤサカ……何を……してるんだ……?」


「ファ、ファルくん!? こ、これはその……新薬の開発!」


「あ、新薬の開発か」


「そうそう、新薬の開発だよ」


「じゃあこの虫を殺して体液を回収――」


「ウソ! ウソだよ! 新薬の開発なんかしていない!」


「……ヤサカ、正直に言ってくれ」


「……趣味。私、虫大好き……なんだ……」


 聞こえるか聞こえないかの小さな声で、恥ずかしそうに体を縮めて、そう答えたヤサカ。

 どうりで以前、メガビートルを見て目を輝かせていたはずだ。

 天使ヤサカの意外な趣味を、ファルは知ってしまったのだ。

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