ミッション6—2 巨大変異生物対策室

 壁には大きなモニター、中心には大きな机が置かれた、明かりの少ないブリーフィングルーム。

 そこに集まったのは、ファル、ヤサカ、ティニー、ラムダ、シャム、ミードン。

 最初に口を開いたのはヤサカだ。


「みんな、今から巨大変異生物対策室を立ち上げるよ」


「略すと巨変対」


「きょへんたい? おいおい、その略称なんとかならんのか?」


「ファルさんよ、ファルさんにはぴったりの略称だと思いますよ?」


「ラムダ、それどういうことだ」


「レイヴンさんやレジスタンスのみんなが不在の今、多葉を救えるのは私たちだけだよ。この対策室で、巨大モンスターへの対策をみんなで話し合おう」


 なんだかよく分からないうちに、なんだかよく分からない会議がはじまった。

 会議では皆一様に、大きな机を囲んで真剣かつ早口な議論が交わされる。


「モンスターの正体って、分からないんですよね?」


「一瞬だけしか見てないから、正体は分からないかな」


「あのモンスター、本当に多葉に向かったんですの? 別のところに向かう可能性はないですの?」


「モンスターは人が多い場所に向かう習性があるんだ。だから、廃墟同然とはいえ、まだたくさんのNPCが住んでる多葉に向かった可能性は高いと思う。それに、対策はしておいた方が良いと思うよ」


「対策って言っても、何をするんですか?」


「駆除する? 捕獲する?」


「わたしは駆除に賛成します!」


「わたくしも賛成ですわ」


「きっと捕獲する方が難しいだろうからね。駆除で行こう」


「巨大モンスターの駆除、この未来の英雄ミードンに任せたまえ! にゃ!」


「じゃあ、次は巨大モンスターの駆除の方法を考えようか」


「上陸前に叩くべきですの! 上陸は許しませんの!」


「海の中だと、攻撃しにくい」


「にゃ! ミードンは泳げないのだ! 海での戦いは避けたい!」


「今の私たちじゃ、海に潜ったモンスターの攻撃は難しいかもしれないね」


「で、では、どうするんですの?」


「上陸直後を叩くんです!」


「上陸させてしまうんですの? 危険じゃありません?」


「大丈夫ですよ! わたしが戦車を用意しますから!」


「私もSMARLスマールで攻撃する」


「陸上からの攻撃なら、火力で圧し潰せるね。ファルくん、戦車や榴弾砲を使えるコピーNPC、いる?」


「え? あ、いや、いなくはない」


「うん、それじゃあ、ラムは戦車と榴弾砲を幾つか用意してね。ファルくんはコピーNPCに戦車と榴弾砲を使わせて。モンスターが上陸してすぐ駆除しないと、危ないからね」


「了解です!」


 会議は順調に進む。

 ここでファルは、正直なことを口にした。


「俺はそもそもモンスターの存在自体に懐疑的なんだが、それは千歩譲る。千歩譲るが、それでも上陸はあり得ないだろ」


「トウヤ、どうして?」


「俺の予想だと、モンスターはダンジョンからじゃなく海から来たヤツだと思う。もともとは海にいたモンスターが、間違って『あかぎ』に乗り込んで、焦って海に帰った。海のモンスターなら上陸はあり得ない」


 たった今、思いついた仮説。

 なんとかしてこの会議を終わらせ、快楽への戦いをはじめたいファルの、苦し紛れの仮説だ。


 苦し紛れとはいえ、会議室に投じられた一石は、新たな議論を生んだ。


「海のモンスターなら、確かに上陸はあり得ないですね!」


「証拠はない」


「ダンジョンから来たモンスターという証拠もないのだ! 困ったのだ!」


「あらゆる可能性を考えた方が良いと思う。上陸への備えは必要だよ」


「そうですわ! 上陸されたら大変ですわ!」


「駆除の方針、変わらない?」


「うん、変わらない。ファルくんの言ってることが正しいとしても、備えあれば憂いなし、だからね」


「では戦車と榴弾砲の用意をしてきます!」


「にゃ! どこで戦うのだ!? 上陸場所はどこ?」


「上陸する可能性が高いのは――」


 ファルの思惑とは反対に、会議は続く。

 ところがその会議室に、1人のレジスタンス隊員——アマモリがやってきたことで、状況は変わった。


「ヤサカお嬢! 報告だ! モニターの電源をつけてくれ!」


 レジスタンス隊員の言葉に従い、ティニーがモニターの電源を入れる。

 するとモニターには、足の生えたウナギのような姿の巨大モンスターが、多葉に上陸する光景が映し出された。


「え、多葉に?」


「もう上陸しちゃったんですか!? 早いです!」 


「このままだと、多葉に被害が……」


 モンスターは実在し、しかも多葉に上陸。

 それでもなお、ファルは騒ぎを今すぐ終わらせようと足掻く。


「な、なあ、多葉って廃墟みたいなもんなんだから、放っておいても良いじゃないか? 別に俺たちが困るわけでもないし――」


「ファルくん、私たちレジスタンスの本拠地は、ここ多葉なんだよ。廃墟とはいえ多葉にはたくさんのNPCが住んでる。彼らを救えば、レジスタンスのNPC支持率が上がって、レジスタンスの活動がしやすくなるんだよ」


 意外にも打算的な言葉を口にしたヤサカ。

 しかし打算的であるがために、レジスタンスの一員としてファルは反論しにくい。

 結局ファルは反論できず、その沈黙が『異論なし』という答えになってしまった。


「みんな、戦闘の準備!」


「戦車の用意です! 榴弾砲の用意です! ワクワクします!」


「除霊の時間」


 モンスターの上陸から数分、ブリーフィングルームを飛び出し戦闘準備をはじめるファルたち。

 ラムダは『あかぎ』甲板上に榴弾砲を並べた。

 その後、ラムダとティニー、ミードンはファルのコピーNPCを連れ、ヘリで多葉へと向かう。


 ファルはコピーNPCたちに対し、榴弾砲でのモンスター攻撃を命令。

 戦闘準備を終え、ファルは再びブリーフィングルームに戻った。

 

「榴弾砲の準備は終わったぞ」


「分かった、ありがとうファルくん」


《こちらミードン! 多葉に到着! 今はティニー女神様とラムダ女神様が戦車を用意してくれている最中なのだ!》


「了解。準備が終わったら、教えてね」


《任せたまえ! にゃ!》


 モニターには変わらず、多葉の廃墟と化した街を進撃する巨大モンスターが映し出されている。

 足の生えた巨大ウナギのような姿で、ニタリと笑ったような表情をして街を歩くその姿は、なんとも気味が悪い。


 モンスターは道に放置されていた車を跳ね飛ばし、弱った建物を崩し、NPCに構うことはない。

 散々モンスターの存在を否定したファルも、これには危機感を抱きはじめていた。


「街を襲う巨大モンスター、か。確かに、早いところ駆除するべきだな」


「ファルお兄さん!」


「うん? どうしたシャム」


「ヤサカお姉様が、モンスターの正体が分かったそうですわ!」


「なに!? おいヤサカ、本当か!?」


「うん」


 首を縦に振るヤサカ。

 ヤサカの凜とした眼差しがファルに向けられ、彼女はモンスターの正体を語る。


「あれはムーラ。ごく稀にダンジョンに出現するモンスターだよ。昔、私たちレジスタンスがカミを探してダンジョンに潜入した時、一度だけ襲われたことがあるんだ。ある条件を満たすと変異・巨大化するモンスターで、倒すのに苦労したのを覚えてる」


「ある条件? 条件って?」


「発情」


「ん? 発情?」


「分かりやすく言えば、ムラムラすると巨大化するモンスターだね」


「もうそれ、アレじゃん! 最低なモンスターだな!」


「発情期に発情すると巨大化するんだけど、ムーラは四六時中いつでも発情期のモンスターなんだ」


「常時発情期って、男子中学生かなんかか!? ってことはあれか、女の裸とか見るとどんどん巨大化するんだな!」


「ううん、もっとひどい。幼女を見てもお婆さんを見ても巨大化する」

 

「ストライクゾーン広すぎんだろ!」


「男子中学生っていうよりも、お母さん以外の女性との接触が小学校の卒業式以来で、中学から高校までの6年間を田舎の男子校の寮で過ごした男子学生の、上京したてキャンパスライフ1日目に近いかな」

 

「やべえよ! 見境なしだよ! ギャルが1人でも現れたら終わりだよ!」


 想像以上に深刻な状況。

 とてつもないモンスターが多葉を襲っているのだ。


「ムーラはダンジョンにしか現れないモンスターだから、クエスト報酬に紛れてたのは確実だと思う」


「いや、モンスターは全部死んでたはずだろ? 蘇ることなんかあるのか?」


「すごく厄介なモンスターで、燃やし尽くさない限り、強烈に発情すると生き返るモンスターなんだよ。もしかしたら、どこかで発情する機会があったのかもしれない。だけど、女性を見ただけじゃあんなに大きくはならないはずだし……」


「……え?」


 ファルの頭に浮かぶ、とあるモンスターの死体。

 発情する機会が十分すぎるほどあったモンスターの死体。

 まさかと思い、ファルは質問した。


「なあ、ムーラって巨大化する前はどんな姿なんだ?」


「足の生えた深海魚みたいな姿、かな」


「ふええ……」


 間違いない。報告書エロ本エロDVDがくくりつけられていたあのモンスターこそ、ムーラだ。

 この騒ぎ、だいたいはファルの責任であったのだ。


《ラムダ女神様とティニー女神様の準備は終わった! ミードンたちはいつでも戦えるのだ! にゃ!》


「ミードン、ティニー、ラムダ! あのモンスターを倒せ! 絶対に倒せ! これ以上、あのモンスターに俺たちの街を壊させるな!」


 ムーラを倒す。

 今のファルの頭の中は、それだけでいっぱいであった。

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