第6章 シン・チョムラ

ミッション6—1 変異生物出現

 護衛艦『あかぎ』甲板上に並べられた、複数の金銀財宝とモンスターの死体。

 そんなものを前にして、ファルとラムダは目を輝かせた。


「お宝綺麗です! モンスターの死体気持ち悪いです! クエストで見つけた宝物の1割でこの量! すごいです!」


「富岳島のダンジョンクエスト、盛況らしいからな。毎回30人前後のプレイヤーが集まってるらしい」


「わお! プレイヤーのみんな、とってもゲームを楽しんでるみたいですね! 良かったです! だけど、この調子だとすぐに、富岳島のダンジョンは攻略され尽くしちゃうんじゃないですか?」


「レオパルト情報だが、あのダンジョンどうやら30層はありそうだって話だぞ」


「30層!? 今、どこまで攻略されているんですか!?」


「8層」


「まだそれしか攻略されていないんですか!? じゃあ、まだまだ大丈夫そうですね!」


 147人のプレイヤーを救出してから2週間。

 すでに4度のダンジョンクエストが行われ、新たに100人以上のプレイヤーがチート使いとなっている。

 救出作戦は順調だ。

 

 ファルたちの前に並べられた金銀財宝やモンスターの死体は、主催者報酬ということでレオパルトがファルたちに送ってきたものである。

 その中から、ファルは目的のものを探していた。


「どこだ? レオパルトの言ってたモンスター……これか? ああ、これだ」


「ファルさんよ、なんです? その足の生えた深海魚みたいなモンスターの死体」


「レオパルトが面白いモンスターを見つけたらしくてな。俺も興味があったんで、報酬と一緒に送ってもらったんだ」


 ウソである。ファルの目的のものは、このモンスターではなく、モンスターにくくりつけられた報告書・・・

 だがラムダは、素直にファルの言葉を受け入れた。


「さすがゲテモノ好きのファルさんです!」


「ゲテモノ好きとか言うな! ともかく、俺は自室でこのモンスターを調査してくる」


「分かりました! わたしはお宝の分類をしておきますね!」


「頼んだ」


 モンスターを抱え、ファルはそそくさと艦内に入っていく。

 途中でモンスターの死体はゴミ箱に捨て、報告書だけを持って自室に戻った。


 プレイヤー救出の褒美に、レイヴンから特別に与えられた自室。

 誰もいないこの部屋で、ファルは報告書の写真集とDVDを手にする。


「これだ……俺はこれを待っていたんだ!」


 写真集の内容は、人間女性の体の作りを写したもの。

 DVDの内容は、人間の生殖活動を克明に描いたもの。

 どちらもこの近辺では手に入らないものであり、わざわざレオパルトに取り寄せたものだ。


 女性が多い『あかぎ』では、写真集とDVDの内容は禁忌に触れる。

 ヤサカたちに見つからずにそれらを手に入れるには、ダンジョンクエスト報酬として偽装しなければならなかったのだ。

 

「さて……写真集は後回し。まずはDVDだな」


 テレビとDVDデッキの電源をつけ、DVDをセットするファル。

 リモコンの再生ボタンを押す前に、戦いの準備をしなければならない。

 ファルはティッシュを用意し、ベルトを外し、ズボンを下ろした。


 ここからはじまるファルの新たな戦い。

 この戦いに勝利した時、ファルは強烈な快感を得ることができるだろう。


「よし、再――」

「ファルお兄さん! 助けて!」


 再生ボタンを押す直前、ノックもなしにファルの部屋に飛び込んできたのはシャムだ。

 彼女は涙目になりながら、ファルの体に抱きつく。


――ヤバいぃぃ!


 最悪の状況だが、幸いシャムはファルの体に抱きつき、テレビの画面を見ていない。

 床に置かれたDVDパッケージや写真集にも気づいていない。

 

 とにかくファルは、神速にテレビの電源を消した。

 続いてDVDパッケージと写真集を布団の中に隠す。


「ど、どうしたシャム?」


 完全に裏返った声でシャムに話しかけるファル。

 シャムは体を震わせ、お嬢様キャラを忘れたまま、涙目で答えた。


「廊下にモンスターがいたの! モンスターが襲ってきたの! 怖かったよぉぉ!」


「モ、モンスター?」


「うん、モンスター。なんかね、すっごく怖い目で睨んできてね、それでね、変な動きで近づいてきてね、すっごく速くてね、大きくてね、こーんなに大きくてね、それでね、それで……怖かったぁぁ!」


 何かを思い出した様子のシャムは、布団の中に頭を突っ込む。

 ファルはシャム以上に怯えた。


「ヒョ!」


 思わず変な声が出てしまったファル。

 しかしまたも幸いなことに、DVDのパッケージと写真集にシャムは気づいていない。

 今はともかく、シャムを部屋から追い出さなければならない。


「何かの見間違いだろ?」


「ホントだもん! ホントにいたんだもん!」


「いやいや、そんなモンスターがいたらヤサカたちが騒いでるはずだ」


「きっとヤサカお姉ちゃんは気づいてないんだよ! 教えてあげないと!」


「じゃあ1人で教えてこい。俺はまだやることが――」


「怖いよぉぉ! 一緒じゃないと怖いよぉぉ! あと、なんでファルお兄さんはズボンを脱いでるの!?」


「ヒャエ?」


 予想だにしなかったシャムの言葉に、背筋が凍ったファル。

 ファルは声を震わせながらウソをついた。


「こ、こここ、ここ、こ、これは、き、きき、き、き、き、着替えてたんだ!」


「……じゃあ、すぐに着替えてくださいまし! それじゃあヤサカお姉様のところに行けませんわ!」


 突然、お嬢様キャラを思い出したシャムは、ファルに背を向ける。

 さっさとズボンを履けということなのだろうが、これはチャンスだ。


 ファルはすぐさまズボンを履き、DVDパッケージと写真集をベッドのマット下に隠す。

 隠し場所としては古典的すぎるが、今はこの場を切り抜けられれば良い。

 準備を終えたファルは、シャムに話しかけた。


「なあ、一緒にヤサカのところに行けば良いんだろ?」


「そうですわ! 早く、この危機をヤサカお姉様にお伝えしないと!」


「じゃ、さっさと行くぞ」


 ともかくシャムを黙らせるには、シャムの願いを叶える他にない。

 ファルの性欲を糧とする右手と股間の戦いは、しばしお預けだ。


「ヤサカならたぶん、格納庫にいるだろ」


「そうですわね!」


「まったく……なんでモンスターなんか――」


 自室を出て廊下を歩いていたファルとシャム。

 その時、突如として船が大きく揺れ動いた。

 

 何事かと思ったファルとシャムは、急いで格納庫へと向かう。

 格納庫に到着すると、そこには戦闘準備をするヤサカ、ティニー、ラムダ、レジスタンス隊員たちの姿があった。

 

「ヤサカ! さっきの――」

「聞いてくださいまし! さっき、廊下でモンスターを見ましたの!」


 シャムに話を遮られてしまったファル。

 対してヤサカは、シャムの言葉を聞いた途端に表情を変えた。

 彼女はシャムに幾つか質問する。


「シャム、教えて。どんなモンスターだったの?」


「大きくて、変な動きをする、こーんなに大きなモンスターでしたわ」


「やっぱり。まさか……」


 ひどく曖昧なシャムの答えに、深刻そうにするヤサカ。

 意味が分からないファルは、ヤサカに質問した。


「どうかしたのか?」


「さっきね、ヘリコプターぐらいの大きさのモンスターが、サイドエレベーターから海に逃げて行ったの」


「……お前も巨大モンスターを見たとか言うのか?」


「ファルくんは見てないの?」


「見てない」


 即答するファルに、ラムダがテンション高めに言った。


「ファルさんよ、あれきっと、クエスト報酬に紛れてたモンスターの死体が蘇ったんですよ!」


「はあ? そんな巨大なモンスターはいなかっただろ。精々、中型犬ぐらいの大きさのモンスターしかいなかっただろ」


 そう言うファルに反論したのはティニーだ。


「きっと、ここで巨大化したモンスター」


「死体が巨大化? 死んだモンスターがどうやって巨大化するんだ?」


「アンデッド」


「レオパルトたちがきちんと、アンデッド化しないことを確認してるはずだ」


 なおもモンスターの存在を信じないファル。

 いや、正確には信じたくないのだ。

 モンスター騒ぎでお楽しみ・・・・の時間が削られるのが嫌なだけなのだ。


 だが、ファルの願いは通じない。

 ヤサカは深刻そうな表情をしたまま、ファルたちに言った。


「モンスターは多葉に向かったかもしれない。多葉に上陸したら、大変なことになるかもしれない。みんな、ブリーフィングルームに集まって!」


 ファルの個人的な戦いがはじまる前に、別の戦いがはじまってしまった。

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