ミッション3—4 バラマキ

 ゴミを召喚・・するティニーに対し、レオパルトが鋭い視線を向けていた。

 彼は重い口調で、ファルをたしなめるかのように言う。


「ファル、お前は意味のある嘘しかつかないのは知ってる。だけど嘘の内容がチート使用なんて、残念だよ。失望したよ」


「いや、これには理由が――」


「どんな理由があるにしろ、不正行為は不正行為だ。アカウントを削除されても文句言えないぞ。イミリアにいられなくなるぞ」


「まあその通りなんだが――俺たちがチートを使ってる理由ってそれだったりする」


「それが理由? どういうことだ?」


 理解できない、という表情をするレオパルト。

 ファルはどう答えて良いのか分からず、言葉に詰まってしまう。

 そんな彼に助け舟を出したのは、2人の女性――ヤサカとコトミであった。


「ファルくんは、私たちレジスタンスと一緒に、イミリアに閉じ込められたプレイヤーたちをログアウトさせようと頑張ってるんだよ」


「ええ。政府主導のプレイヤー救出作戦を、東也ファル君は手伝ってくれているの。私たちも東也ファル君たちのおかげで、随分と助かってるわ」


 包み隠さず、ファルの正体を口にするヤサカとコトミ。

 しかしレオパルトはさらに混乱したようで、ファルに小声で質問した。


「おいファル、あの超絶美少女と巨乳のお姉さん、誰だ? どういう人だ?」


「超絶完璧美少女の方はヤサカだ」


「ヤサカ……あの一発必中のヤサカか。噂を聞く限り男だと思ってたけど、まさか超絶完璧凄腕美少女だったなんて……」


「巨乳の聖母様はコトミさん。警視庁サイバー犯罪対策課の人で、イミリアの事件を捜査するIFR特別捜査本部の一員。プレイヤー救出のため、イミリア内に潜入してるんだ」


「特別捜査本部、か。だんだん見えてきた。つまりファルは、捜査本部の一員としてイミリアに戻ってきたんだな。プレイヤー救出のために戻ってきたんだな」


「理解が早くて助かるよ」


 ファルたちの事情をある程度まで見抜いたレオパルト。

 彼は少しだけ緊張しながら、ヤサカとコトミに挨拶した。


「はじめまして、レオパルトです。ヤサカさんとコトミさんですね」


「ヤサカです。はじめまして」


「コトミよ。よろしくね」


 ごく普通に挨拶するレオパルト。ヤサカとコトミも微笑みながら挨拶を返した。

 ところが、レオパルトの表情に笑みはない。


「なんとなく事情は分かりました。ただ、やはりチート使用は見逃せません。不正行為は見逃せません。きちんと説明していただきたい」


 強い口調で問いただすレオパルトに、ファルは頭を抱えた。

 どうにもレオパルトは、親しくない人間に対して棘のある物言いをする癖がある。

 ヤサカとコトミのレオパルトに対する第一印象が悪くなるのを避けるため、ファルはとっさにレオパルトの質問に答えた。


「実はプレイヤーをログアウトさせるには条件があってだな――」


 迷惑プレイヤーとして認定されたプレイヤーは、安全に強制ログアウトされる。

 そのためにはチート使用が必須。

 これらを必死に説明するファルに、レオパルトは無表情を貫き通す。


「――ということなんだ。つまり仕方がないんだ。仕方がないんだ」


「そうか。要は、プレイヤー救出のために不正行為に手を汚すってことだな。イミリアで暗躍するってことだな」


「正解」


「…………」


 突然、レオパルトは黙り込む。

 どうしたのだろうかと、レオパルトと一緒に沈黙するファルたち。

 しばらくして、レオパルトは白い歯をのぞかせ親指を立てながら口を開いた。


「いいね。人々を救うために手を汚してでも暗躍する。そういうの好きだ。僕も協力したい。手伝いたい」


 チートを糾弾しようとしていたレオパルトは何処へやら。

 ファルたちの救出作戦に乗り気になったレオパルト。


「お、お前が協力してくれるなら、助かる」


「よし、任せてくれ。ともかく今は、ゴミをばら撒けばいいんだな? ばら撒かせればいいんだな?」


「ああ」


「じゃあ出発だ。陰陽師少女の名前は?」


「ティニーだ」


「ティニーさん! どんどんゴミ召喚して! どんどん街汚して!」


 おそらくファルよりもやる気に満ち溢れたレオパルト。

 これにはヤサカとコトミも苦笑い。


「なんだか、ファルくんに似てるね」


東也ファル君にぴったりのお友達だわ」


「2人とも、悪い意味で言ってるようにしか聞こえない……」


 何はともあれ、あとはゴミをばら撒くだけだ。

 幸い、レオパルト以外にチートを疑うプレイヤーもいない。

 問題は何もない。


「ファルさんよ! 早くやりましょうよ! ばら撒きしましょうよ!」


「ゴミ、大量に召喚した。ちょっと疲れた」


「僕もついに手を汚すのか……よし、暗躍するぞ。救出するぞ」


「2万圓のためなら、街中にゴミをばら撒いてやる!」


「このゴミが俺たちの2万圓だ!」


「2万圓! 2万圓!」


 よく分からない熱気に包まれた倉庫。

 このよく分からない熱気を纏ったまま、ファルたちと22人のプレイヤーたちは、街にゴミをばら撒くため出発する。


    *


 時折青空がのぞく曇り空の下、ファルたちは1時間半ほどをかけてゴミをばら撒いた。

 先日の3倍の量のゴミをばら撒かれた古橋地区は、ゴミ屋敷ならぬゴミ街状態。


 ゴミのばら撒きを終えたファルたち(コトミは『あかぎ』に帰った)は、人だかりのできるクエスト掲示板前に集まった。

 クエスト参加者の募集をしていたクーノに、ファルは話しかける。


「お疲れさん」


「ファルさんも来たねェ。待ってたよォ」


「どっちかというと、待ってたの俺たちだけどな」


「寝坊したのは謝るよォ。代わりにィ、クーノ1人で参加者募集してたんだからァ、それで許してェ」


「許す許さない以前に、そもそも怒ってないから安心しろ。それより、ずいぶん参加者増えたな。ゴミばら撒きを手伝ってくれた23人のプレイヤーは不参加なのに、前回の何倍も参加者いるだろ、これ」


「今日の参加者は89人だねェ。前回の3倍以上だよォ」


「みんなの宣伝、うまくいったみたいだな」


「それもそうだけどォ、やっぱり高額報酬が効いてるみたいだねェ」


 現金なことを言い出すクーノ。

 ファルは参加者たちの話し声に耳を傾けた。

 

「優勝したら1人100万だって」


「給料5ヶ月分じゃん。やるしかないじゃん」


「特別報酬狙いもありだぞ」


「スキル『大掃除』とか『断捨離』とか持ってる人は有利だよね」


「みんな気をつけろ! 特別報酬が出るのは『キノコの生えた将棋シリーズ』じゃなくて『キノコの生えたチェスシリーズ』だ! 間違えるなよ!」


「クソみたいなバイトするよりクエストやった方が儲かるかも」


 どのプレイヤーも金金金。

 たまに仕事場への愚痴。

 ファルは呆れ返ってしまった。 


「なんだかみんな、金のことばっかり。夢があるんだかないんだか分からないな」


 そう言うファルに対し、疑問を投げかけたのはヤサカだ。


「あれ? クエストの高額報酬を提案したのってファルくんだよね? その時、お金こそ全てだ、お金がないところに人は集まらない、お金万歳とか言ってたよね?」


「たしかに。トウヤも金金言ってた」


「ファルさんよ、ファルさんもみんなと同じじゃないですか!」


 ファルのダブルスタンダードを突きはじめたヤサカたち。

 加えて、レオパルトが暴露する。


「そういえば昔、ファルが赤の他人の小学生相手に50円の借金の取り立てしてたことがあったな」


「おお! ファルさんよ、なかなかに凄いことしますね!」


「トウヤ、金の亡者」


「高額報酬でプレイヤーを釣ろうとするだけあるねェ」


「ええと……まずどうして赤の他人の小学生に50円を貸したのかが分からないよ……」


「うるせえ! 金だ! 世の中は金だ! ゲームも現実も関係ねえ!」


「ファルくん、開き直っちゃったよ……」


 こうしてファルが金の亡者という本性を現したところで、本日のクエストがはじまる。

 クエストの結果、優勝チームに500万圓が送られ、特別報酬取得者は3人。

 ゴミばら撒きのバイト代と前回のクエストの報酬を合わせると、合計1196万圓がプレイヤーたちにばら撒かれたのである。

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