ミッション3—5 アレスター

 第2回チーム戦ゴミ拾いクエストからさらに2日。

 本日行われる第3回チーム戦ゴミ拾いクエストのため、ゴミばら撒きを行うプレイヤーたちが倉庫に集まる。

 その数なんと97人。


「おいおい、参加者増えすぎだろ」


「何かあったのかな?」


 97人を前にして首をかしげるファルとヤサカ。

 すると、レオパルトが事情を説明してくれた。


「実は、良いバイトがある、なんて触れ込みで誰かがゴミばら撒きを宣伝したみたいだ。結果、こうなったみたいだ」


「なるほど。でも……97人でゴミをばら撒いたら、さすがにNPCから何かされそうな気がするな……」


「うん、私もそう思う。少し警戒した方が良いかもしれないね」


「じゃあ僕も手伝う」


「助かるよ、レオパルト」


 今回、ファルとヤサカ、レオパルトはゴミばら撒き隊とは別行動だ。

 ファルはティニーとラムダに伝える。


「ティニー、ラムダ、俺たちは別行動するから、ゴミのばら撒きは任せたぞ。途中で警察に目をつけられるようなことがあったら、連絡してくれ」


「分かった。SMARLスマールの準備しておく」


「任せなさいです! 警察に追われるようなことになったら、派手なカーチェイスで――」


「やめろ取り扱い危険ガールズ! 変なことはするなよ!」


「冗談ですよ! 冗談!」


「ホントに冗談だろうな? ああ……心配だ……」


 まったく信用できないティニーとラムダだが、他に頼る人もいない。

 だが少なくとも、フリーターチームをはじめとする97人のプレイヤーがいるのだ。

 破滅的なことは起こらないであろうと、ファルは楽観的思考で自分の不安を上書きする。


 ほどなくして、ティニーたちはゴミばら撒きに出かけて行った。

 彼女らを見送りながら、レオパルトがヤサカに質問する。

 

「警戒すると言っても、どうする? 具体的に何をする?」


「古橋地区を管轄する足柄警察署を見張ろうかな、って思ってる」


「そうか。ならすぐに出発しよう」


「レオパルトくん、やる気満々だね」


「中学生の頃のレオパルトの夢は、裏社会で活躍するフィクサーだったからな」


「おいファル、僕の昔話を暴露するな」


「この前の仕返しだ」


「ファルくんも、友達とは普通の人間らしい会話するんだね」


「ヤサカ、お前ちょくちょく毒のあること言うよな」


 可笑しそうに笑うヤサカと不満を表明するファル、すでに歩き出すレオパルト。

 ファルとヤサカは、レオパルトを追って足柄警察署へ出発した。


 古橋地区を歩くこと約10分。

 大きな街道沿い、超高層ビルが眺められる場所に建つ足柄警察署前にファルたちは到着した。

 彼らは近くの公園から、警察署の様子を探る。


 警察署近くの公園に到着してからさらに約30分後のこと。

 ファルの携帯電話にティニーから連絡が入った。


「こちらファル。ティニー、どうした?」


《パトカー、私たちを監視してる》


「……本当か? ただ巡回してるだけのパトカーじゃないよな?」


《本当。尾行されてる。ラムダが調べた》


「そうか。分かった、なんとかするよ。ちょっと待ってろ」


 案の定、ゴミばら撒き隊は警察に目をつけられてしまったらしい。

 97人の人々がゴミをばら撒いていれば、そりゃNPCに通報もされるだろう。


「ティニー、なんて言ってた?」


「ゴミばら撒き中のプレイヤーがパトカーに尾行されてるらしい」


「まずいな。ファル、どうする?」


「ひとつ考えがある」


 この30分間、ファルはただ警察署を眺めていたわけではない。

 何かがあった時のため、彼は対処法をすでに考えていたのだ。


 ファルはおもむろに、公園で朝から酔い潰れるおっさんNPCに触れた。

 続けてメニュー画面を開き、おっさんNPCの箇所を連打。

 公園に30人のコピーおっさんNPCを増殖させる。


「お前ら、足柄警察署で暴れてこい。日頃の鬱憤を晴らしてこい」


「「「「「「「「「「了解。覚悟シロ! 税金泥棒!」」」」」」」」」」


 ファルの命令に忠実に、30人のコピーおっさんNPCたちは警察署に突撃していく。

 当然、これには警察署のNPCたちも大混乱だ。


「税金泥棒! 世ノ中ノ悪イ奴ラヲ逮捕シロ! コンナトコデ休ンデンジャネエ!」


「働ケヨ税金泥棒!」


「何事だ!?」


「30人兄弟のおっさんたちが襲ってきたぞ!」


「数が多すぎる! 対応できない!」


「近くの警察官も呼び戻せ!」

 

 どうやらファルの思惑通りに事は運んだようだ。

 30人の同じ顔のおっさんたちが警察署で暴れ回り、しかもおっさんたちはバグにより、少しの衝撃で警察署内をバウンドしている。

 警察はそちらの騒ぎでしばらくは手一杯。

 ゴミばら撒きが終わるまでの時間稼ぎにはなるだろう。


「さすがファル」


「褒めるなよ」


「褒めたつもりはないぞ」


 苦笑するヤサカとレオパルトだが、ファルは気にしない。

 その時であった。何かに気づいたヤサカが、大声で叫んだ。


「うん? ……ファルくん! レオパルトくん! 危ない!」


 何が危ないんだ? などと思う暇もなく、ファルは何者かに腕を掴まれてしまう。

 ファルの腕を掴んだのは、アサルトライフルを携行する、全身を鎧のような装甲で覆ったNPC。

 顔はガスマスクで覆われているが、明らかに危険なNPCであるのだけは確実だ。


 鎧NPCはアサルトライフルの銃口をファルに向けてくる。

 これにレオパルトは、とっさにクイックモードに移行、拳銃を鎧NPCに向け発砲した。


「なんだこいつ!? 銃弾が貫通しない!?」


 防弾仕様の鎧は容易に弾丸を弾き飛ばし、レオパルトの攻撃は無に帰す。

 この間に、ファルを殺そうと鎧NPCは引き金に指をかけた。

 死ねば明らかに強制ログアウトされてしまうファルは、まだ死ぬわけにはいかない。

 しかし何をすることもできず、目を瞑るファル。


 直後、ヤサカはスナイパーライフルを鎧NPCの首に突き付け、鎧NPCよりも早く引き金を引く。

 1発の乾いた銃声が鳴り響くと、鎧NPCの首は吹き飛び、ガスマスクをつけたままの頭が地面に転がった。


「ファルくん、大丈夫?!」


「だ、大丈夫だ……」


「こんなNPC、はじめてだ。なんだこれ? どこの所属だこれ?」


「おいヤサカ、お前このNPCの正体、知ってるのか?」


「うん、知ってる。こいつは特殊部隊『アレスター』の隊員。手配度に関係なく、イミリアにとって不都合な存在と認識したプレイヤーを自動的に殺すNPCだよ」


「手配度に関係なく襲ってくるのか?」


「そう。アレスターはどこの国にも属さない特殊部隊。こいつらが仕えるのは、このゲームの製作者『カミ』だからね」


瀬良カミの駒ってことか……」


 なんとも面倒な奴らの登場である。

 部隊ということは、他にも多くの隊員がいるということだろう。

 幸運なのか不幸なのか、この場にいるアレスターは1人だけだったようだが。


「公園を離れた方が良いかもしれない」


「だな。クエスト開始時刻まで1時間切ってるし、掲示板前まで行くか」


 なんかんやと、まだ救出作戦自体は順調なのだ。

 危うく死にかけたファルは、スキル『逃げ上手』とアビリティ『潜伏』を使い、そそくさと公園を離れ、クエスト掲示板前まで向かう。

 

 クエスト掲示板前に到着すると、そこには驚くべき光景が広がっていた。

 参加募集をするクーノを前に、長蛇の列ができていたのである。


「まさか……あれ全部、今回のクエストの参加者か?」


「100人以上はいるぞ。これはすごいぞ」


「想像以上だね。ゴミ、足りるかな?」


 このゲームのプレイヤーは金に飢えた人が多いらしい。

 救出作戦第1段階のチート使用者が増えるのだから、別に問題はないのだが。

 

 100人を優に超えるプレイヤーたちの管理をしているのは、目を充血させるクーノただ1人。

 彼女はヤサカを見つけるなり、スライムのような動きをしてヤサカの前にやってきた。


「疲れたァ……1人で187人の管理するの疲れたァ……」


「私がやるよ。もうすぐゴミばら撒き班97人も合流するから、クーノは休んでて」


「ヤサちゃん~ありがとうゥ~」


 最終的に第3回チーム戦ゴミ拾いクエストの参加者は230人に達した。

 230人のプレイヤーたちが、古橋で必死の形相をしながらゴミを拾ったのである。


 クエスト終了後、優勝したチームが発表された。

 優勝したチームは10人編成。これだけでも1000万圓が吹き飛ぶ。

 特別報酬も11人。97人のゴミばら撒き隊のバイト代と合わせて、本日の支出は合計1744万圓であった。


 とはいえ、クエストの本当の目的は、プレイヤー救出。

 今回の3回にわたるクエストによって、300人以上のプレイヤーが、ログアウト条件『チート使用』を満たしたのである。


    *


 クエストが終了し、レオパルトと別れ『あかぎ』に戻ったファルたち。

 ヤサカが夕食を作り、ティニーとラムダ、クーノが食堂で待つ傍、ファルはレイヴンと会話中だ。


「救出作戦はどんな感じだ? 順調か?」


「ええ。良い感じです」


「そりゃ良かった。ところで、この6日間で結構な額の金を使ったって風の噂で聞いたが、いくらだ?」


「レイヴンさんまで金の話ですか?」


「おいおい、俺たちみてえな活動家にとっちゃ、資金管理は死活問題なんだぜ。ほら、いくら使ったか教えろ」


「……2940万円です」


「あん? それだけか? なんだ、良心的じゃねえか」


 さっぱりしたレイヴンの返答に、ファルは驚く。

 やはり革ジャンサングラスの渋い男レイヴンは、器の大きな人物のようだ。


「安物のTシャツ2枚程度でプレイヤー救出できるとは、お得だぜ」


 訂正。この人は勘違いしているだけだ。


「あの、レイヴンさん。2940〝万!〟圓です」


「……おお? なんか聞き間違いか? 万とか言わなかったか?」


「言いました。6日間で使った額は2940万円です」


「…………」


 急に黙り込むレイヴン。

 そう思っていたら、急に叫び出すレイヴン。


「ああぁぁぁあ!!! ふざけんなあぁぁあ!! 6日で3000万圓も使いやがってえぇぇえ! いいかあぁあ!? 3000万あればなあぁあ! 弾が20万発買えるんだよおぉぉお! ライフルなら230丁! 車なら10台! 対戦車ミサイルなら――」


「あの、その辺はティニーがチートで用意できますよ」


「政治家への献金とかどうする気だあぁあ!? 警察への賄賂はあぁあ!? 3000万あればなあぁあ! 10人は保釈できるんだぞおぉお! 2人か3人の政治家を動かせんだぞおぉお! 捜査妨害だって――」


 渋い男の雰囲気などかなぐり捨て、夫の浪費を叱る妻のようなレイヴン。

 その後しばらく、レイヴンの『3000万圓でできることシリーズ』が続いた。

 この時ほど、金出し放題チートを持っていたリッチに生きていて欲しかったとファルが思ったことはないであろう。

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