ミッション2—3 仮説の検証方法

 晴れた青空から差し込む太陽の光が、ファルの肌を温める。

 辺りにはあらゆるNPCたちが、それぞれ好き勝手に過ごしている。

 このような景色に囲まれていると、ここがゲーム世界であることをすっかり忘れてしまいそうだ。


 小阪城公園の駐車場に車を止め、公園内を散策するファルたち。クーノは車に残った。

 ファルはこれから行う仮説の検証方法をヤサカたちに伝える。


「俺の仮説だと、『チート使用』のプレイヤーが、メニューからメインメニューには戻れないから、死んでメインメニューに戻ると、イミリア側から強制ログアウトされる、はず。だからこの仮説を検証してみたいんだ。協力してくれ」


「私はファルくんに協力するよ。でも、どうやって検証するの?」


「2人のレジスタンス隊員――ストロボさんとアマモリさんが、ティニーのチートで出現させた道具を使うところからはじめる。とりあえずチート使用だけでログアウトさせられるのか調べたい」


「へ~、ファルくんはきちんと考えて行動するんだね」


「……ヤサカには、俺が考えなしに行動するタイプに見えてたのか?」


「いや、そうじゃなくて、あの2人と比べるときちんとしてるな、と思って」


 苦笑いを浮かべたヤサカは、じっとりとした目つきをティニーとラムダに向けた。

 陰陽師の格好に大きな筒――ロケラン――を抱えたティニー。そしてテンション高めのラムダ。

 2人は好き勝手に観光をはじめている。

 そんな彼女らと比べると、ヤサカにはファルが随分と真面目な人間に見えたのだろう。


「あいつら……おい! ティニーとラムダ! 俺が今説明したこと、聞いてたか?」


「大丈夫。私の守護霊が聞いてた」


「ごめんなさい! 聞いてませんでした!」


「……もうイヤだ」


「た、大変だね、ファルくんも」


 なんだかファルに気を遣いはじめたヤサカ。

 しかし彼女もすでにティニーとラムダの仲間なのだ。

 ヤサカも、これからはティニーとラムダに苦労させられるのである。


 2人のレジスタンス隊員――アマモリとストロボは、ティニーとラムダとは違い、きちんとファルの説明を聞いていたようだ。

 頭を抱えるファルに対し、2人は質問する。


「チートで出した道具を使うって言っても、何をどう使えば良いんだ?」


「ああ、具体的に何をするか教えてくれると助かる」


「実はこれといって具体的なことは決めてないんですよ。どの道具を使うのか、何をするのかは、2人にお任せします」


「そうか。どの道具でも良いってんなら、俺はでっかいレンチが欲しいな」


「僕は一眼レフのカメラをお願いしたい」


「分かりました。すぐに用意します」


 文句のひとつも言わず、ファルの言葉に従ってくれるストロボとアマモリ。

 2人に感謝しつつ、ファルは仮説の検証を進めるため、ティニーを呼びつける。


「ティニー! ちょっとこっち来い!」


「どうかした?」


「アマモリさんとストロボさんから依頼。でっかいレンチと一眼レフカメラ、出してくれ」


「ちょっと待ってて」


 メニュー画面を開き、何千種類もある道具の中から目的の物を探すティニー。

 所持品をきちんと整理していたのか、ティニーがレンチと一眼レフカメラを用意したのはすぐであった。

 どうやらティニー、特殊チート技を早くも使いこなしているようだ。


「はい」


「サンキュー。じゃあレンチはアマモリさんに、ストロボさんには一眼レフカメラっと。どうぞ」


「どうも。ではしばらく、小阪城の撮影に行ってくる」


「いってらっしゃい。アマモリさんは……レンチで何をするつもりですか?」


「俺か? 俺はだな……このふざけきった世界に、このレンチで復讐してやるんだ!」


「……はい?」


「さあイミリアめ! 俺のレンチで傷つけられるが良い! このクソがぁぁ!」


 どうしよう。また変人がいる。

 呆然としたファルは、すぐ隣に立っていたヤサカに話しかけた。


「なあヤサカ、アマモリさんっていつもあんな感じなのか?」


「あの人、レジスタンスの中でもイミリアに対する恨みが強いんだ。この前も、イミリアに復讐するって言って、頭にロウソクつけながら、夜中にドライバーでそこら中の木に『天誅』って彫り込んでたよ」


「ちょっとしたホラーだな」


「せっかくのゲーム世界なのに、現実みたいに生きなきゃいけないのがイヤだったみたい」


「まあ、その理由には同意するが」


 こうして話している間にも、アマモリは「天誅! 天誅!」と叫びながらレンチで地面を何度も叩きつけている。

 果たしてあれで道具を使ったと判定されるのかは分からないが、怖いので放っておいた。


 さて、ストロボは一眼レフカメラを手に写真撮影へ。

 アマモリはニタニタと笑いながら「クソが! クソが!」と連呼しレンチで地面を叩きつけている。

 早くもファルたちは暇になり、ファルは近くのベンチに座った。


「ファルさんよ! アイスクリーム売ってますよ!」


「そうだな」


「アイス、霊力強める」


「そうなのか?」


「アイスクリーム売ってますよ!」


「さっき聞いた」


「アイス、霊力強める」


「さっき聞いた」


 ティニーとラムダの輝いた目がファルをじっと見つめているが、ファルは知らんと言わんばかり。

 見かねてヤサカがファルに言う。


「ファルくん、みんなでアイス食べようよ」


「悪いがそれはできない」


「なんで?」


「金がないんだ」


「え!?」


 分かりやすく驚いた表情をするヤサカ。

 対してティニーとラムダはあまり驚かない。


「なんだ、ファルさんもお金持ってないんですね。一緒ですね!」


「霊力でもお金は生み出せない」


「むしろお前ら、なんで俺が金を持ってると思ってた?」


「ちょっと待って。3人ともお金ないの? あのアイス、1つ200えんちょっとだよ?」


「200圓どころか1圓も持ってない。金は全部、サルベーションに預けたまま返してもらってないからな」


「一文無しなの?」


「一文無しだ」


 ファルが即答した瞬間、ヤカサは哀れみの視線をファルたちに向ける。

 そして彼女は、ファルたちに質問した。


「アイス、何味が良い?」


「わたしはストロベリーが良いです!」


「抹茶」


「俺はグレープかチョコだな」


「分かった。待ってて」


 そろそろとアイス屋に向かい、4つのアイスを買うヤサカ。

 彼女はアイスをティニーとラムダに手渡す。


「ストロベリー味はラム、抹茶味はティニー」


「おお! ヤーサありがとう! この恩は忘れませんよ!」


「ありがとう。嬉しい」


「いいよ、気にしないで」


 嬉しそうにアイスを受け取ったティニーとラムダは、幸せそうにアイスを口にする。

 ゲーム世界のプログラムでしかないとはいえ、美味しいアイスに2人とも満足そうだ。

 

 チョコ味とグレープ味のアイスを持ったヤサカは、ベンチに座るファルの前に立つ。

 胸元のボタンが開いたシャツを着た彼女は、体を前に倒し、2つのアイスを突き出した。


「どっちが良い?」


「ヤサカが好きな方選べば良いよ」


「う~ん、じゃあ私はチョコ味ね。はい、グレープ味」


「ありがとう」


 ファルがアイスを受け取ると、ヤサカはファルの隣に座った。

 女性にアイスをおごってもらったファルは、どこか申し訳なさそうに口を開く。


「悪いな、気遣わせちゃって」


「大丈夫だよ。一文無しなのはちょっと驚いたけど、私たちは同じレジスタンスのメンバーなんだから」


 白い歯をのぞかせ答えたヤサカ。

 その笑顔にファルはドキッとさせられてしまい、再び事故・・を防ぐためアイスにがっつく。

 おかげで、ファルはアイスの冷たさに頭を痛めてしまった。


「ファルくん、大丈夫?」


「あ……ああ。だけど、ここゲーム世界だろ。いくら『現実は拡張する』『第2の現実』がキャッチコピーでも、冷たいものを食べると頭が痛くなるのまで再現するとか、このゲームの開発者って異常者だよな」


「異常者じゃなきゃ、1万人以上のプレイヤーをゲームに閉じ込めたりしないよ」


「たしかに」


 青空を見つめ、チョコ味のアイスを舐めるヤサカ。

 彼女はしばしの沈黙の後、呟くように言った。


「せっかく楽しいゲームなのに、もったいないなぁ」


 きっとこれがヤサカの本音なのだろう。

 彼女の言葉を聞いて、ファルは思う。

 プレイヤー救出も大事だが、それ以前に、イミリアというゲームを楽しまなければ損なのではないかと。

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