ミッション1—2 本拠地を確保せよ

 多くのNPCや車が行き交い賑わっていた街は、気づけば騒然としている。

 そりゃそうだろう。少女がロケランぶっ放してトラックが爆発したのだ。

 完全にテロ現場である。


《何をしてやがる!? 目立たねえように行動しろと言っただろ!》


 ファルの耳をつんざく、通信機を通した男の叫び。

 サルベーション隊長の大宮おおみや――ダイキュウによる、怒りのお言葉だ。


《全然関係ないトラックを爆破するとか、お前らどうかしてるぞ!》


「す、すみません……」


《手配度が上がった! すぐに警察が来るぞ! 任務が失敗したらどうする気だ!?》


「すみません! すみません!」


 こればかりは謝るしかない。

 ゲームクリアのために必要なのは、無駄に難易度を上げようとしないことだ。

 難易度を上げすぎず、なるべく素早くミッションをクリアする。それに反するティニーの行動は、最悪である。


《ったく……これだからゲーム感覚のガキ共は……》


 思わず漏れ出したダイキュウの本音。

 これにはファルも反論したいところである。

 なぜなら、ここはゲーム世界なのだ。ゲーム世界でゲーム感覚というのは、むしろ正しい感覚ではないか。


 ただ、ファルが実際にそう口にし、ファルとダイキュウが大げんかすることはなかった。

 優しくおっとりとした声が、ストレスに心をかき乱されるダイキュウを諌めてくれたからだ。


《隊長、あの子たちは私たちよりも若いのですから、きっと私たちよりもゲームはうまいはずです》


《諏訪巡査部長はそう言うが――》


《私たちサルベーションの隊員は、みんなステータス上げチートを使っていますが、あの子たちはさらに、特別なチート能力も持っています》


《だから危ないんだよ》


《隊長、あの子たちを信じてあげてください》


《……分かった。ガキ共、もう勝手に暴れるじゃねえぞ。引き続き作戦はお前に任せる》


「は、はい!」


 サルベーション隊員の1人、諏訪琴美すわことみ――コトミがダイキュウを説得してくれた。

 おかげでダイキュウの怒りも少しは収まったようだ。

 

 コトミは、サイバー犯罪対策課の警察官であると同時に、未成年者であるファルたちイミリア経験者5人の世話係でもある。

 つまりは聖母ということだ。しかも巨乳。巨乳の聖母だ。素晴らしい。


《とりあえず、ここ『八洲やしま』の羽片はがたに拠点を作れば、何かと便利なんだろ?》


「平和な国の八洲で唯一、修羅の街と呼ばれる場所ですから。俺たちみたいな武装集団が身を隠すにはちょうどいいと思います」


《だ、そうだ。サルベーション隊員、拠点確保を進めるぞ。ガキ共、任せた》


《目標の倉庫は目の前よ。頑張って》


「了解です。こっちの警察が来る前になんとか頑張ります」


 ゲーム世界の、名も知れぬとある業者のNPCには悪いが、目の前の倉庫にはサルベーションの本拠地となってもらう。

 もちろん、そのためのファルの作戦は決まっているし、作戦はすでにはじまっている。


 トラック爆破に驚いたNPCに乗り捨てられた車の列の向こうから、猛スピードを出す10トントラックが姿を現した。

 何もまたネコを轢こうとしているわけではない。

 トラックを運転するのはNPCではなく、ファルと同じイミリア経験者のサルベーションメンバーの1人。積荷は大量の爆弾。


 10トントラックは時速80キロを出したまま、倉庫入り口の車止めに激突。

 車体は紙のように折れ曲り、次の瞬間、積荷の爆弾が一斉に爆破される。

 凄まじい衝撃波と轟音に包まれ、車止めや倉庫入り口の事務所は、トラックもろとも跡形もなく吹き飛んだ。


 爆破の衝撃はそれだけに留まらず、あたりの雑居ビルの窓ガラスも粉々にしてしまう。

 ファルたちは衝撃に耐えるだけでも精一杯。


「おお! 派手ですね! ウキウキしちゃいますね!」


「……爆発の規模がおかしくないか? 火薬の量、間違えてないか?」


「トウヤの言った3倍にした」


「は!? なんで!? どうして!?」


「爆発は大きいに限る」


「マジかよ……ティニーのせいで縛りプレイ状態だ……」


 頭を抱えるファル。

 今後のことが心配で仕方がない。


 一方で、吹き飛んだトラックの残骸と燃えさかる炎の中から、1人の少年が這い出てくる。

 あれだけの爆破を受けながら、傷ひとつない少年。


「どうだ! 見たか! これが無敵の俺様の実力だ!」


 絵に描いたようなドヤ顔で叫ぶ彼は、サルベーションの1人、イミリア経験者のデスグローだ。

 ファルは彼の本名を知らない。


 なぜデスグローは、傷ひとつなく爆破に耐えたのか。

 その答えは、先ほどのコトミが口にした『特別なチート』のおかげである。


 捜査本部が得たわずかな希望は、50人分の新規アカウントであった。

 これは、安全な強制ログアウトが可能なアカウントであり、さらに、ログイン時にチートをプレイヤーに与えることができるという代物。

 1度ログアウトすると2度とログインできないという欠点はあるが、捜査本部の希望となるには十分なものであった。


 警察官と技術者、プロゲーマーたちはステータス上げのチートを使っている。

 イミリア経験者のファルたち5人は、経験者の特権として、それに加えてそれぞれ特別なチートを持っているのだ。

 

 デスグローのチートは『体力・耐久値無限』。つまり無敵である。

 もちろん、ファルやティニー、ラムダも同じように特別なチート技を持っている。


「無敵の俺様はどうだった? ファルみてえなセコいヤツとは大違いだろ?」


「はいはい、すごいすごい」


「おいてめえ! なんだその反応は!? 俺様の大活躍を――」


「ラムダ、さっきと同じトラック出して」

「無視すんなよ!」


「任せてください! 10トントラックなんていくらでも用意しますよ!」


 デスグローのドヤ顔が不満に染まるのも気にせず、ラムダに頼むファル。

 これにラムダは応え、「mn起動」と口にしメニュー画面が現れると、10トントラックが描かれた箇所をタッチする。

 するとラムダのすぐ横に、どこからともなく10トントラックが出現した。


 ラムダの特別なチート能力は、『乗り物出し放題』だ。

 彼女はイミリア内に存在するすべての乗り物を、好きな時に、好きなだけ出現させることができるのである。


「10トントラックの用意はできたな。ティニー、C4の用意」


「分かった。さっきの倍用意する」


「やめてくれ! さっきの倍怒られるからやめてくれ!」


 果たしてファルの願いは届かず、ティニーはラムダと同じくメニュー画面を開き、C4爆弾が描かれた箇所を連打する。

 彼女が画面を連打した分だけ、C4がどこからともなく現れた。


 ティニーの特別なチート能力。それは『道具・武器出し放題』である。

 イミリア内に存在するあらゆる道具や武器を、自由に出現させてしまうチート技だ。


「C4は多すぎるぐらいトラックに詰め込んだ。デスグロー、もう1回突っ込んでこい」


「てめえに指図されるのは気に食わねえ」


「じゃあ、あれだ。デスグロー、是非ともお前の無敵パワーを俺に見せつけてくれ!」


「おっしゃ! 驚きすぎて気絶すんじゃねえぞ!」


「ちょろい奴。自己紹介の時から俺に突っかかってくるのが気にくわないが」


「なんか言ったか?」


「いや、何も」


 バカは助かる。ちょっとおだてれば調子に乗ってくれるのだから。

 デスグローは再びトラックを倉庫に突っ込ませ、大爆発を起こした。

 これで倉庫侵入のための入り口は完成。


《人の話聞いてたのか!? 目立つようなことするなって言ったろうが! 武装警察が来やがったぞ!》


 またも怒り心頭のダイキュウ。

 彼の言う通り、なにやら穏やかではなさそうな装甲車が、サイレンを鳴らしてこちらにやってきている。


「ここは僕に任せてください。愚民共を操り、僕が公僕の動きを止めましょう」


 ダイキュウの叫びの直後、雑居ビルの屋上から聞こえてきた男の声。

 見上げると、そこにはイミリア経験者のサルベーションメンバーの1人、高橋――リッチが仁王立ちしていた。

 彼はニタリと笑って、両腕を振る。すると、地上に大量の金がばらまかれた。

 空から金が降ってくるという夢のようなシチュエーションに、NPCの欲望プログラムが反応、NPCが金にたかる。


「ハハハ! そうだ愚民共! 金だぞ! 拾え! 拾え! ハハハ!」


「あの人、なにしてるの?」


「俺に聞かれても困るぞ、ティニー」


 金を無限に生み出すというハイパーインフレチート持ちのリッチ。

 そんな彼の、コテコテの悪党感漂う言動に、首をかしげてしまうファルたち。

 

 ただ、今はそれどころではない。

 武装警察がこちらに迫ってきているのだ。

 

「サブマシンガン持ちの武装警察ですよ! 武装警察!」


「敵が来た。どうする?」


「任せろ。俺のチート『NPCコピペ』でなんとかしてみせる」


 いよいよファルは、自分だけのチート能力を頼りに、武装警察との戦いに身を投じるのだ。

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