小さな矮星のチーウィット

ととさき

モワル星にて

曇天。

駆動音響く何を造っているとも知れぬ工場のわずかな隙間で、孤児たちは雨をしのぐ。


怒号。

隙間から放り出される孤児が一人。

「こっちに来るな!」

「奇病がうつる!」


ザアザア降りだした雨のなか、彼女、チーウィットは拳を握りしめ、ぽつねんと立っていることしかできなかった。


右耳あたりに生えた鮮やかなマゼンタの角。

それはこの星で今流行りの奇病。

流星群のあった翌日からその病が発見されたことから、「星の角病」と呼ばれている。

発病する原因もわからず、今この星では星の角病にかかっている者は捨てられ、あるいは人体実験の実験台にされ、あるいは角を剥ぎ取り殺され。


もともと孤児で愛の無い仕打ちには慣れてはいたチーウィットであったが、この病にかかった事でそれはますます酷くなっていった。


冷たく降り注ぐ雨が彼女の右目を隠すように分けられたブロンドの髪に打ち付ける。


彼女は日の傾き始めた灰色の空を見上げ、ぎゅっと目をつむると、灰色の霞みがかる丘へと歩みだした。





霞の晴れた丘の上へたどり着いたのは雨も止み星が空に散らばる頃。

この丘は、いわば彼女の家だった。

静かで広大な緑の丘は家を持たぬ彼女にとって、ふかふかのベッドでありやわらかなじゅうたんであった。

家族をもたぬ彼女にとって、空に散らばる星々はたくさんの話し相手であった。


今日も彼女は星々にお話をする。

今日あった楽しかったこと、辛かったこと、悲しかったこと、危なかったこと、もうこの星には居たくない事。

ずっとずっと願ってきた。

もしこの星から出られたら。

灰色陽炎揺らめく無機質なこの星を出られたなら。


「······ここじゃない星に、いってみたいな」


いつもそう願ってから彼女は眠る。

しかし今日は違った。

彼方より此方へ迫る赤い光に彼女の眠りは妨げられる。


轟音。

突如吹く暴風に彼女の小さな体は宙を舞う。

落ちる、そう思った彼女は恐怖から目をつむった。

しかし彼女の体は落ちることなく、赤い光に包まれ宙を浮いていた。


「なに、これ······きれい」


彼女の首にはいつの間にか赤い球のついたペンダントがぶら下がっていた。


そっと着地し、土埃舞うその中心部へ彼女はおそるおそる足を踏み入れる。

視界が晴れると、そこには彼女の倍以上あるであろう高さの人型の生物が浮かんでいた。


「あなたは······?」


チーウィットの声に、その生物の目が開く。

棒のような目、長く伸びた後頭部、露出した背骨、細い脚と釣り合わない大きな手。


紛れもなく、この星の者ではない。

チーウィットの顔がぱあと明るくなる。


「来てくれたのね、チーのパパ!ママ!」


いつもいつもお話していた星が、家族が自分の元に来てくれた、そう思い彼女はその生物に抱きつく。

抱きつかれたその生物は、しばし思考を巡らせるように首を傾けた後、そっとチーウィットを抱き返した。


「ふふ······あなた、肌が冷たいのね。

チーね、チーウィットっていうの。あなたは?」


そう問いかけるとペンダントが赤く光り、チーウィットの頭のなかに文字が浮かび上がった。


『アルマ』


「あ、るま······?アルマって呼べばいいの?」

チーウィットの問いかけにアルマは頷く。


「うん!よろしく、アルマ!」

小さな両手でアルマの大きな指を握り、ぶんぶんと振るチーウィット。


抱きあい手を握りあい、暫し穏やかな時間を過ごしていた二人だったが、ふと、アルマが顔を上げる。


いつのまにか、騒ぎを聞き付けた者たちに囲まれていた。


「なんだ、あいつは?」

「奇病の娘と······もう片方は何なんだ?」

「静かにしろ、こっちを見ているぞ」


ざわざわと騒ぎ出す者たち。中には銃を構えている者もいる。


その異様な雰囲気に、チーウィットはアルマをかばうように前へ出、叫んだ。


「だめ!アルマはチーの、家族なの!」


ざわめきはさらに大きくなり、やがて嘲笑へと変わった。

聞く耳を持たず、少しずつ近づいてくる民衆。


「こないでっ!!チーの、チーの家族なの!!」


一人の銃口がアルマの額を捉える。


ぱん


一つの鋭い銃声が響き、それを合図にしたかのように何発もの銃声が鳴り響いた。


チーウィットはしゃがみこみ、忌まわしい角さえも手で庇い震えていた。

アルマはそんなチーウィットを守るように抱いていた。


民衆にどよめきが広がる。

傷ひとつついていないアルマの体はまるで警告するかのように、赤く光っていた。

無機質な目で民衆を一瞥すると、皆その不気味さに気圧され後退りをする。

ざわめきはやがて小さくなってゆき、

一人、二人と人は減り、気がつけば民衆は皆去っていった。


「······?あれ······アルマ······大丈夫······なの?」

気がついたチーウィットの言葉に、アルマは小さく頷く。


「······よかったぁ······」

安心したのか、チーウィットはくったりとアルマにもたれかかり、笑みを見せた。



「ねえアルマ、チーね、お願いがあるの」



ここじゃない星へ連れてって。



彼女の今一度の願いは聞き入れらた。

アルマとチーウィットは目映い赤光に包まれ、この星から姿を消したのだった。

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小さな矮星のチーウィット ととさき @totosaki

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