春
世界樹の街・十二番街《黄昏通り》三番地。
大樹に寄りかかるようにしてどうにか建っている小さな店を前にして、オルトは困惑の表情を浮かべていた。
「ユージーン骨董店……本当にここであってるのか?」
すっかり苔むして木と同化しつつある三角屋根。にょきっと突き出た煙突には鳥の巣がかかっており、長いこと使われていないのは明白だ。軒先には古びた看板がぶら下がっているが、年季が入り過ぎて店名が消えかかっている。そして極めつけは『準備中』の札が打ちつけられた木の扉。蝶番が壊れているらしく、開くかどうかすら怪しい。
(やる気がないにもほどがあるだろ)
「あれ、お客さん?」
頭上から降ってきた声に、ぎょっとして見上げれば、三角屋根の部分に設けられた丸窓からこちらを見下ろす人影があった。日差しの加減で顏までは見えなかったが、声の感じからして若い男性だろうか。
「すいません、郵便です!」
「はいはーい、ちょっと待っててね」
人影が引っ込んだと思ったら、何やら中からドタバタガッシャンと不穏な音が響いてくる。そして――。
「ちょっとだけ扉から離れてくれる?」
「は? はあ……」
訳が分からないまま数歩下がった次の瞬間、扉が中から勢いよく蹴り開けられ――吹き飛んだ扉の奥から現れた男は、目を丸くするオルトにごめんね、と頭を掻いてみせた。
「扉が壊れててね、普通に開かないんだ」
とんでもないことを爽やかに言ってのけたのは、深緑の長衣を纏った長身の男。透き通るような白い肌、色褪せた金髪から覗く長い耳。間違いない、彼は――。
「エルフ!?」
思わず口をついて出た不躾な言葉に、「あったりー」と笑顔で答える男。気高い種族だと聞いていたが、驚くほどにノリが軽い。しかも――。
(おっさんだ! まごう方なき、おっさんだ!)
長命種ゆえに外見から年齢を推し量ることが難しいエルフ族だが、このくたびれっぷりは明らかに中年のそれだ。端正な顔立ちをむさくるしく彩る無精髭、適当に括られた髪はあちこち編み込みが解けて絡まっているし、長衣の裾から覗く靴は左右が違っている。
細かいことは気にしない性質なのか、それともただ単純に怠惰なだけか。どちらにせよ、『冴えた美貌と知性を誇る孤高の種族』という印象は、がらがらと音を立てて崩れ落ちた。
「ええと、新人さんかな?」
にこやかに問いかけられて、大慌てで営業用の顔を取り繕う。
「今月から《黄昏通り》担当になりました、《鴎》のオルトです。よろしくお願いします!」
「こちらこそよろしくね。僕は大抵お店にいるんで、声を掛けてもらえば気付くと思うから」
「承知しました! 早速ですがこちら、お手紙です。ええと……ユージーン・アル・ファルドさん、ご本人ですか?」
「うん、そうだよ。うちは商売柄、手紙や荷物が頻繁に届くんだ。こんな街外れまで届けるのは大変だと思うけど、よろしくね」
「大丈夫です! オレの翼なら、本局からここまで一飛びですから!」
任せてください! と安請け合いしたことを激しく後悔するまでに、一月もかからなかった。
「おいこら、おっさん!」
ぜえはあと息を切らせながら、ようやく開いた扉から顔をねじ込むオルト。
「今日は怠いから休みだよ~」
「いつも休みだろうが! 小包のお届けだっつってんだろ、さっさと開けろ! 昨日も一昨日も来たのに居留守こきやがって、この野郎!」
「その時間は僕、買い出しに行っててちょうど留守だったんですー」
「どの時間なのか分かってるってことは店にいたんだろうが! 何往復もするこっちの身にもなりやがれ!」
「本局からここまで一飛びって言ってたくせに~」
「それとこれとは話が別だー!」
怠惰なエルフの骨董店は、今日も気怠く開店休業中だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます