4
風太は部屋の中に忍びこんだ。
「風太センセ」
「しっ」
風太は人差し指を口に当てる。魔子は黙ってうなずいた。
殺風景な機械室のような部屋だった。というか、ずばり機械室そのものかもしれない。ただベッドが置かれ、その上に魔子がいる。ただしその足首には鎖つきの輪っかが嵌っていた。
風太は魔子のところにかけよると、まず輪っかをチェックした。
おそらく鉄製の輪っかで、足首との間には数ミリのすき間があり、そうきつくはなさそうだった。つなぎ目に南京錠が掛かっていて、さらにそこには鎖が通り、壁に連結されている。鎖の長さに余裕はあるが、ドアまでは届かない。
「この鍵は?」
「たぶん、麝香院が持ってる」
「くそっ」
麝香院からうばうのは無理だ。それともつららに加勢して、まず麝香院を倒すべきか?
だがほんとうにやつが持っているかどうか確定してないし、持っているにしてもどこにあるか、そもそもどの鍵がそうなのかわからない。
「外がさわがしいけど、誰が来てるの?」
「つららと君のお母さんだ」
「お母様がっ」
魔子が嬉しそうな顔をする。
「だったら、あんなやつらすぐに片づけてくれるわ」
だといいんだが。
もっとも三人がかりだから、けっこうきついとは思うが。
なんにしろ、魔子を人質にとっているのに、真っ正面から戦うとは間抜けなやつらだ。それとも仕事よりも戦いを優先する戦闘大好き人間なのか?
とにかく今風太がすべきことは魔子を解放すること。鎖は太く、とてもちぎれそうにはなかった。金ノコでもあればともかく、切断は無理だ。
もう一度壁のほうを見ると、鎖の根本は小さなプレートに固定され、そのプレートはボルトで四隅を壁に留められている。
あれを外せばいい。
「なにか、なにかないか?」
モンキーレンチがベストだが、なければナットさえまわせるやつならいい。
だが、さすがに近くにそんなものを置いておくほど、間抜けな誘拐犯ではなかった。
念のため、手で回るかどうか試してみたが、びくともしない。
「くそ。なんでもいい。あれを外せる工具があれば」
そのとき、頭に開いたのがバイクだ。ひょっとしてあのバイクに積んでないか?
バイクの倒れている位置を考える。
ちょうど奥さまと三人の誘拐犯が戦ってるあたりだ。最激戦区。
だが行くしかない。無理そうなら、つららに加勢して麝香院から鍵をうばうかだ。
「魔子、すぐ戻る」
「だめ。行かないでっ、風太センセ」
「だが、これを外すには鍵か道具がいる」
「だいじょうぶ。すぐお母様が助けてくれる。風太センセはここであたしを守って。どうせあいつらすぐにお母様に敵わないことがわかって、あたしを人質にお母様を投降させようとするに決まってるんだから」
それには一理あった。
だがそれはあの奥さまの強さが圧倒的で、やつらがここに逃げ込んでくる場合の話だ。
充分ありえそうだ。そのときは、たしかに風太がここに残って、魔子を守ったほうがいい。鎖を外すのは敵を倒したあとでもいい。
「わかった。ここで武器を探す」
正直そうなった場合、素手であいつらをくいとめるのは風太には無理だ。
バールでも鉄パイプでもいい。だが残念ながらそんなものはない。そもそも幽閉した人質のそばに武器になるものを置く誘拐犯がいるはずもない。
武器は諦めるしかないか。もしやつらが来たら、素手で守るしかない。
まさにそう思ったとき、部屋に入ってくるやつがいた。
残念ながら、敵をすべて倒した奥さまじゃなかった。
「あらあら、やっぱり泥棒猫が忍びこんでいたわね。それとも番犬って呼んであげたほうがいいのかしら?」
麝香院だ。口元にサディスティックな笑みを浮かべ、右手には丸めた鞭。左手でなにかを引きずっていた。
「つらら……」
麝香院が掴んでいたものは、つららの髪の毛。部屋の中に入ってくるにつれて、つららの体の全貌が見えてくる。
鞭を受けたのだろう。ワンピースはところどころが裂け、血がにじんでいる。
「貴様……」
つららになにしやがった?
「あら、あなたのお友だちだった? 二股はだめよ、二股は。ね、魔子ちゃん?」
麝香院はけらけらと笑った。
「お母様は?」
「まだ戦ってるわよ。信じられないわ。あの男たち、あれでもめちゃくちゃ強いんだけど、三人がかりで手こずってるんだから」
麝香院はつららを床に置き捨てると、あきれ顔でこっちに歩いてくる。
「だから、魔子ちゃん、あなたを連れ出して、おとなしくさせることにした」
まさに魔子がいったとおりの展開になった。
「そうはさせるか。俺が守る」
風太は魔子の前に立ちはだかる。
「君が?」
麝香院はけたけた笑った。おかしくてたまらないといった風に。
「それは無理ね」
いうや否や、麝香院は右手を振るう。
空気が裂ける音。鞭が飛んでくる。
風太の左手は反射的に跳ね上がり、首をかばった。
ぴしゅん。
まさにその左手に鞭は巻きつく。
麝香院は驚愕の表情を浮かべた。
「え? なに。見えたの?」
見えるはずもない。勘だ。あとは体が勝手に動いた。とっさに首をかばったのは、さっき西郷の首に鞭を巻き付けていたのを見たせいかもしれない。
西郷もいっていたが、俺にはほんとうに防御の才能だけはあるらしい。
風太は残った右手で鞭を掴む。
「やるじゃない」
麝香院は鞭を引いた。風太の体が前につんのめる。
やばい。
完全に体勢がくずれた。しかも顔面めがけて、麝香院の肘が体ごと飛んでくる。
なまじディフェンスに関しては才能があるせいで、わかった。
かわせない。
だがなぜか肘は顔面を砕く直前にぴたりととまった。
……なぜ、とめる?
麝香院が後ろをふり返る。
そのとき、風太ははじめて、つららが麝香院の足にすがりついているのがわかった。麝香院の動きが寸前でとまったのはそのせいだ。体ごとつっこむ肘打ちなので、体が前に出ないと間合いが足りないらしい。
「この、死に損ないがっ」
麝香院は拳を上からつららめがけて打ち下ろそうとする。
「やめろっ!」
風太はとっさに鞭をその腕にからめ、引っぱった。
「な?」
麝香院は拳を振り下ろせないだけでなく、体勢をくずす。
その瞬間、つららの体がはね上がった。逆立ちでもしている要領で、片手を床についたまま、足が垂直に上に伸び、麝香院の顎を突き上げる。
麝香院の足が床から数十センチも浮く。そのまま宙でくるりと半回転すると、床に激突した。
さしもの女傑、麝香院も打たれ強さという点では男以上に強いわけではないようだ。完全に白目剥いてる。
「あれくらいで再起不能にでもなると思ったのか? なめんなよ」
つららはそのまま床にへたり込んだ。
「おい、だいじょうぶか?」
「あんまり。正直今ので力使いはたした。とにかくこのムカつく女だけは意地で倒したけどな。つぎ誰か来たら、風太、おまえがなんとかしろ」
「そうならないことを祈るしかないな。まあ、……休んでろ」
風太は麝香院のポケットをまさぐり、鍵を探す。
「これか?」
それらしいのを見つけると、ためしに魔子の足首の南京錠につっこんでみる。外れた。
「やったっ」
自由の身になった魔子は、満面の笑みを浮かべ風太に抱きついた。
「ちょっと、いちゃついてる暇はないぞ、お嬢様」
なぜか不機嫌そうなつらら。
「ふん。いいじゃない。ま、あなたには感謝はしてるけどさ」
魔子がつんと顔をそむけた。
「おい、くだらねえいい合いしてる場合じゃない。つらら、スマホ持ってるか? 警察に電話だ」
「ん? ポケットにつっこんでたんだが、落としたかな?」
風太のはさっき西郷に壊された。魔子は持ってないはず。
「平気よ。すぐにお母様が片づけてくれるから」
「いや、こいつらの援軍が向かってるはずだ」
「あ、そういえば、百人の援軍が来るとかいってたかも」
百人だと? まあ、数ばかりの雑魚どもかもしれんが、そんなのでも出口を固められたら逃げようがない。
なんにしろ、廊下の様子が気になった。それでも奥さまがやつらを倒してくれれば、なんとかなりそうな気もするが、もし負けたら最悪だ。
ピー、ピー、ピー。
上のほうでまた警報が鳴り出した。
まさか百人の援軍が到達したのか?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます