奇妙なもの
@akiko_ooo
第1話
目が覚めたのと同時に雨が降っていることに気づいた。静かに降る雨の音。街中とは違って、ざばっと水たまりを走る車の音は聞こえない。ただ、雨の降る音だけが聞こえる。
横になったまま深呼吸をしてみた。やはりその匂いがする。エアコンで冷やされた空気の人工的な匂いじゃなくて、自然な匂い。
聴覚と嗅覚を使って、いつもとは違うこの環境を楽しんだ。でもメインはこれからだ。
薄っすらと目を開けると、綺麗な背中が見えた。すっと背筋が伸びた背中。キャミソールとショーツのみという格好で、彼女は中庭に向かって胡座をかいていた。この美しい、非現実的なこ光景をいつまでも見ていたい、そう思った。
でも寝返りを打ったわけでもないのに、彼女はわたしが目を覚ましたことに気づいたみたい。彼女がおはよう、と言ってこちらに振り向く。わたしは布団の奥のほうでしわくちゃになった浴衣を羽織りながら、彼女のそばに寄った。
「ごめん、邪魔しちゃった?」
「ううん、全然。ちょうど整ったところ。それよりもまず私に朝の挨拶をして?」
「ふふっ、おはよう。」
そう言って、私たちは軽くキスをした。
「ここでも、瞑想するんだね。」
「もう日課だからね。でもいつもの瞑想とはやっぱり違う。」
「それはここの空気がおいしいから?」
「もちろんそれもあるけど、なによりもあなたがそばにいるから。」
わたしたちの関係は奇妙なものだと思う。わたしは早く家庭が持ちたくて早々に結婚をして夫も子どももいるし、彼女は死ぬまで誇りを持っている仕事を続けたいから生涯独身でいるつもりらしい。でもこの関係はわたしが独身の頃からだから、決して不倫とかただの性的な関係でもない。互いにどうしようもなく相手のことが好きだけど、それぞれの生活や人生があることは十分にわかっているのだ。
ともかくそんなわけで、わたしたちが一緒に朝を迎えることは滅多にない。でもこの二泊三日の温泉旅行のあいだだけは朝どころか一日中ずっと一緒にいられる。
「ねぇ、まずは朝ごはんにする?それとも朝風呂?」
「うーん…。散歩がしたいな。わたし、雨の中を散歩するのも、朝に散歩するのも好きなの。普段はできないけれど。」
「いいね、散歩。非日常らしく、朝に雨の中を散歩しよっか。」
そのときは確かに散歩をしたい気分だったのだ。
奇妙なもの @akiko_ooo
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