しのとあけみは空想する

カトカウキ

プロローグ

【彼女たちの交わらない日常】


志乃の親指は忙しなく動いていた。

隣で明美が話しているにも関わらず、目はスマートフォンに釘付けで、顔を上げようともしない。

時々、「へぇー」、「そうなんだ」と相槌は返ってくるものの、とてもじゃないが話を聞いているようには見えなかった。

明美も明美で、そんな志乃の態度を気にすることもなく、数日の間に起きた出来事を身振り手振りで楽しそうに話し続ける。

話が一区切りついたのか、明美が口を噤むと、志乃も一区切りついたのか、持っていたスマートフォンを床に置いた。

「そういえばさ、昨日なんだけど……。」

そう言ってから、志乃は先ほど明美が話していた内容とは、全く違う内容を話し出した。

そんな志乃を止めることなく、明美は「うん」と相槌を打つ。

にこにこと楽しそうに話していた明美とは違って、志乃は淡々と物事を語った。

時折、表情は変えるものの、それも一瞬で直ぐに真顔へと戻る。

そんな彼女の目を見ながら、明美は志乃の話を聞く。

けれど、明美の口から放たれる相槌もまた「へぇー」、「そうなんだ」といったものだった。

基本的に明美は志乃の見るものに興味がなかった。そして、志乃も明美が感じるものに興味を持つことは殆どない。


二人は正反対だった。

表情をコロコロと変え、人と接するのが大好きな明美と違って、志乃はあまり感情を表に出すことはなかったし、一人を好むタイプだった。

けれど、二人は長く”友人”というものをやってきているし、数年前から同じ部屋を借り、一緒に暮らしている。

同じ空間にいながらも、彼女たちの住む世界はまるで違い、お互いの周りの空気が交わることなどない。

「この部屋は異世界と異世界が突然変異でくっ付いた亜空間だ。」

いつだったか、志乃は共通の空間であるリビングのことをそう表現した。

明美も同じ事を感じていたのか、珍しく彼女も同意を示した。

志乃の見る世界は人とは少しズレている。明美は人が見る世界を理解するし、独自の世界も持っていた。

二人が見ているものは同じでありながら、同じではない。

けれど、今日もリビングという亜空間で少しだけ接触する。

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