勇者が生まれる予定の町の競売人《オークショニア》

岩沢まめのき

第1章 『勇者が生まれる予定の町』

001 第1章 『勇者が生まれる予定の町』

《オークショニアに向かって

 ドングリを投げないようお願いします》



 そう書かれた紙がオークション会場の入り口に貼られていたことを、今でもよく覚えている。

 無関係な人たちにはピンとこないだろうが、当時の私には優しさにあふれた素敵な貼り紙に思えた。

 貼り紙は、アニキが書いたものだ。


 あの貼り紙を回収しておけばよかった――。


 大人になった今でも、ふとそう思うときがある。

 貼り紙を回収してがくに入れ、自分の部屋に大切に飾っておけばよかった。


 どうして昔の私は、アニキが書いてくれた貼り紙を回収しておかなかったのだろうか?

 楽しかった子ども時代の貴重な宝物がひとつ増えたというのに!

 本当にやまれる……。


 あのころの私は『ハンマー術』に夢中な10歳の少年だった。

 父親からもらった木槌きづちにヒモをくくりつけ、お守り代わりに首からぶら下げていた。


 とにかく色んなものを木槌で叩きたいと考えていた。

 周囲の人々から「叩いてOK」と許可されたものはすべて、コンコンと叩きながら毎日を過ごした。

 いろんな物の『叩き心地』を調べ、私はその感覚を自分の身体に深くみ込ませていったのだ。


『人類の歴史の中で、木槌でいちばん多くのものを叩いた人間』


 私はそれになりたかったのだと思う。

 客観的に見れば、『木槌を手にした風変わりな少年』といったところだった。


 一方でアニキは12歳の『天才少年剣士』だった。

 アニキといっても私の兄弟というわけではない。町の少年たちの兄貴分だったから、皆が彼のことを『アニキ』と呼んでいたのだ。


 彼は子どもたちからだけでなく、町の大人たちからも一目置かれる存在だった。

 子どもながら腰に立派な剣をぶら下げていたけれど、誰もアニキに文句を言ったりしなかった。


『その剣であの子が、悪さをすることはまずないだろう』


 アニキは、町の大人たちから厚く信頼されていた。

 彼が美少年だったことも、少しは関係していたかもしれない。


 女の子とよく間違えられる中性的な顔のアニキが、男にしては少し長めに伸ばしている金髪を軽やかに揺らしながら町を歩くと、女たちからだけでなく男たちからも注目を浴びることがあった。

 大人顔負けの剣の腕だけでなく、アニキはその美しい外見でも有名だったのだ。



《ボクたちは、生まれてはじめてオークションをします。

 どうか少しくらいの失敗は、大目に見てください》



 アニキはそんな貼り紙も追加で書いた。

 どちらの貼り紙も、生まれてはじめて競売人オークショニアを務める私の身を案じてのことだった。


 10歳の少年だったころ――。

 私は『妖精の国』でオークショニアとしてデビューした。


 もっと正確に言えば、『妖精の国』ではなく『妖精の女王の避暑地ひしょち』でなのだけど。


 どうしてそんなことになったのか?

 説明するためには、『町で起きたちょっとした事件』を先に語らなくてはいけないと思う。



   * * *



 遥か北の大陸に住んでいるという魔王が、人間たちの知らないところで魔族を束ね、勢力を徐々に拡大しはじめていたころ――。

 私の住んでいた町に、国から兵士たちが派遣された。


 兵士たちは剣ややりよろいをカチャカチャ鳴らしながらやって来て、町に建設された兵舎へいしゃで暮らしはじめた。


 私たちの町は、大陸の東の端の方にあった。国の首都から遠く離れた場所だ。

 国にとってはなんの重要性もない土地だった。観光の名所となるような人気スポットもなかった。

 大陸の東側にごろごろあるような、ごく平凡な町だった。


 大陸全土では、もうずいぶんと昔から西側の文化が主流となっていた。

 大陸はいくつかの国に分かれているけれど、どこの国も西側の文化がその中心にあった。

 大陸の東の端にある私たちの町でさえ、西側の文化が生活の基礎になっていた。

 町の人々は西側で誕生した通貨を使い、西側の服を着て過ごした。


 それでも私たちの町には、時代遅れといわれる東側の文化のなごりがチラホラと目についた。

 家にあがるとき、私たちの町の人間はくつを脱ぐのが常識だった。

 羊羹ようかん納豆なっとう豆腐とうふなど、大陸の西側や中央部なんかではほぼ見られない東側の食べ物が、お店で普通に売られていたりもした。


 個人的な印象では、私たちの町は西側と東側の文化が7対3とか8対2くらいの割合でごちゃまぜになった場所だった。東側の文化は消えかけていたけれど、それでもまったくのゼロではなかった。

 大陸の東側には、私たちの町のように東側の文化を少しは残している町が、まだわりとたくさんあった。


 町の財政は厳しかった。裕福な町ではなかったのだ。

 石畳いしだたみがガタガタしている道がいくつもあって、ところどころで馬車の車輪がよく跳ねた。

 魔力コアを原動力にして走る自動車が一台、派遣されてきた兵士たちといっしょに町にやってきたのだけど、そのタイヤもガタガタの石畳の上を暴れた。


 町の子どもたちのほとんどは、そのとき生まれてはじめて自動車というものを目にした。

 近年になって開発された自動車は、まだまだ都会の一部の富裕層のための高級な乗り物という認識だった。

 子どもたちは、町の石畳の上を苦しそうに走る自動車を眺めながらこう思っただろう。


「僕たち・私たちの町に、自動車はまだ早いんじゃないだろうか……?」


 後日、大勢の大人たちがボランティアで、町の道を大急ぎで整備しはじめたのを覚えている。

 町一番の大通りでさえ道はガタガタだった。あちらこちらに馬糞ばふんや犬の糞や、ときには人糞なんかが落っこちていた。

 その糞が都会から来た兵士たちの靴とか高級な自動車のタイヤなんかを汚していたから、大人たちも自分たちの町の道がとても恥ずかしいものに思えてきたのだろう。


 派遣されてきた兵士の数はそんなに多くはなかった。

 それでも私たちの町は、以前とは雰囲気が変わって少しだけちゃんとした町になった気がした。

 馬車の車輪も石畳の上で跳ねなくなったし、馬たちもきっと喜んだ。


 まあ、そんな感じで兵士たちが暮らしはじめた町だけど、仮になんらかの敵対勢力によって国が攻め入られたとき、防衛の拠点となるような場所ではなかった。

 にもかかわらず国が、兵士をわざわざ派遣したのには理由があった。


 先代の国王様にお仕えしていた大魔導師が予言したからだ。

 この町で『魔王を倒す勇者』が産声うぶごえを上げると――。


 現国王様は、大魔導師の言葉などこれっぽっちも信じていなかったと思う。

 だって、そもそも魔王は私たちの国に一度も攻めてきたことはなかったし、戦争もはじまっていなかった。

 町の大人たちは、こんなふうに思っていた。


「魔王軍による実害なんて、ひとつも報告されていないのに?」

「魔王を倒す勇者の話などされたところで、国王様だって首をかしげるだけだろう」

「たとえるなら、『おそらく20年後に大雨が降って困るだろうから、明日のうちに傘を用意しておきなさい』とでも言われたような気分じゃないだろうかね」


 魔王軍からの被害は、本当に何もなかった。

「魔王なんて本当にいるのか?」と、国民たちからその存在自体ほとんど信じられていないほどだった。


 それでも国は『勇者が生まれる予定の町』に兵士を派遣した。

 もしかしたら噂を聞きつけた魔王の手下が、生まれてきた勇者を赤ん坊のうちに殺してしまうかもしれない。それを防ぐためだ。


 そんなわけで、鎧を身につけ腰に剣をぶら下げた兵士たちが、カチャカチャと音を立てながら私たちの町を巡回じゅんかいするようになった。

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