第5話言の葉の消失
蓮華さんと伊織に連れられ部屋を出ると、そこは見覚えのある場所だった。
「ここ、あの時の変な店じゃ.....」
そこまで呟いて気付く。あの時の婆さんがいた店の名前は『れんげ屋』だった。
そしてこの着物の少女の名前も蓮華れんげ
成る程、ここに連れてこられたのは偶然ではないらしい。
もしかするとあの婆さんに謝る機会があるかもしれない。
「あの、ここにいるお婆さんは....」
どちらかに問いかけた訳ではわかったが、蓮華さんが顔をこちらに向けた。
「なんじゃ、気づいておらぬのか。あの時も同じ着物じゃったがの」
そう言われて視線を下げると、あの時の婆さんと同じ黒地に真っ赤な花の柄が入った着物が.....
「あの....まさか....あれは蓮華さん?」
何が何だか分からない。
そんな顔をしていると、蓮華さんが着物の柄に負けないくらいの真っ赤な口を吊り上げニヤリとする。
「じゃから言ったじゃろ。妾わらわは齢よわい250を超えておる。信じられぬか?無理もないの。妾は妖狐。人間と妖魔のハーフじゃから半妖じゃがの」
そう言うと、サラサラの黒髪からもこもこと2箇所動き始めて、耳が出てきた。
あぁ、もう。なんなんだ、これ。
誰か説明願いたい。
「理解が及ばぬようじゃな。小童こわっぱよ。それも含めて説明してやるかの。取り敢えず座ったらどうじゃ?」
言われるがままに一度座った事のある、あの古めかしい外装に似合わない欧州風のソファーに腰掛ける。
「まずは事の発端からじゃ。5日前、この世界から『方向性』という言葉が消えた。その原因がぬし様じゃ。『れんげ屋』では消失した言の葉を取り返すのを生業としておってな」
「言葉が....消える?」
「左様、その原因がぬし様じゃ。じゃから我らで色々と小細工を仕掛けてぬし様が自分で消失させた言の葉を取り返してもらった」
「オレの所為とか言われても。何もしてないぞ?」
「言の葉の消失にはいくつか条件があっての。1つ、言の葉の消失は自らの意思によって死した者による天災である。1つ、消失する言の葉は消失させた者が直前に、恨み、つらみ、妬みの感情を抱いたものである。1つ、消失する言葉の意味を理解していないと起きない」
ようするにオレが『方向性』という言葉を死ぬ前に恨んでたってことか。
確かに会社の方向性でクビになり、彼女とは方向性の違いで出ていかれ、そして自らの方向性を失うことで命を捨てた。
理由としては確かに分からなくもないが....
「言葉....その、言の葉ってのが無くなると何が不味いんだ?」
「言の葉の消失の影響を受ける者は全ての人間ではない。しかしの、ぬし様が死んでから言の葉を取り返えすまでの2日間、日本の景気は下がった。一部『方向性』を失うことで機能しなくなった会社があったりの。それ以外にも様々じゃ」
わけのわからない話だ。でも何故だか、今自分が置かれている状況と合わせる事で頭ではすらすらと理解できる。
「とんでもない迷惑かけちまったみたいだな」
「本当にの。じゃがぬし様は2日で言の葉を取り返してみせた。普通は1週間くらい掛かるんじゃがの。そいで、ぬし様に可能性を感じた妾わらわが大急ぎで昇天する前に店にあった人形にぬし様の魂を定着させたのじゃ」
「あの時既に死んでいたはずだから体は無くて、それでこの体に突っ込まれたって訳か。よりによって子供の体に」
オレが自分の新しい体を眺めながら言うと、蓮華さんはくすくすと笑う。
「ぬし様みたいな小童こわっぱにはお似合いの体じゃ」
この幼女、よっぽどさっきの事を根に持っているらしい。
「じゃぁ、蓮華さんの体も若く見られる為に幼女用に作ったの?じゃなきゃ250のばばぁの体なはずだし」
これでもかと言うほどに嫌味を込めて言うと、蓮華さんは顔を真っ赤にしながら飛びかかってきた。
「妾わらわの体は本物じゃ!言の葉の守人として才覚が出た瞬間から成長せんだけじゃ!」
飛びかかってきたものの、相手の体躯は子供だ。頭を抑えてしまえば振り回す腕も届かない。
それを見ていた伊織が蓮華さんの脇を持って引き剥がす。
「獅童くん。あんまり蓮華さんに意地悪しちゃダメだよ。これでも君が消えてしまう間際に、泣きそうになりながら大慌てで人形引っ張り出して君の元へ走って行っ」
そこまで言うと、蓮華さんが思いっきり伊織の顔を引っ掻いた。
なんだ、可愛いところあるじゃないか。
オレは神妙な面持ちで立ち上がると、蓮華ちゃんに頭を下げる。
「オレなんかの為に、そこまでしてくれてありがとう。感謝してます」
ここで言葉を区切り、顔を上げて満面の笑み。
「ありがとう。れ・ん・げ・ち・ゃ・ん」
また顔が真っ赤になった。
ざまぁみろ幼女め。
れんげ屋 三千院絵譜 @lefu7878
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