第3話アムステルダムで林檎
その日の夢の中で、今では『元』が付いてしまう彼女と、オレは楽しそうに会話をしていた。それを半透明になりながら、部屋の片隅で見ているのは少し不思議な気分だ。
「えっ、お前ソースかけんの?」
スプーンを口に運びかけた彼女の動きが停止している。
オレはサラダにマヨネーズやドレッシングを使うのですら嫌いだ。つまり、調味料全般が嫌いなのだ。なぜ食材や、料理の元々の味を変えてしまうのかが理解できない。
「だって、美味しいじゃん」
彼女の発言に、オレは調味料が嫌いな理由を話している。
バカな奴だ。もっと言っておかなくてはいけない事が沢山あるのに。しかし、まぁ夢なんて理不尽に出来ているのが基本だ。半透明状態のオレは、口を開いたが声がでなかった。
「だってさ、インド人レベルになると自分でスパイスとか決めるじゃん。それの延長線上だって考えれば普通じゃない?」
正論だ。誠に正しいと、今のオレなら理解できる。
しかし、目の前にいる自分は首を横に振って呆れるだけだった。そして、彼女と会話している方のオレが再び口を開いた瞬間、オレの目は覚めた。
視線の先に、二人の姿はなく、小さなシミの付いた真っ白な天井だけだった。
ベッドから出て一通りの身支度を整えると、オレの足は某カレー屋へ向かっていた。
スタンダードなカレーを頼んだオレは、家に帰ると冷蔵庫からソースを取り出し、カレーにソースを垂らす。この状態を以前のオレが見たら毛嫌いするだろう。
「うわぁ………美味い」
目を閉じて口に運んだソレは、今まで食べてきたカレーを軽く凌駕していた。
バカだな、オレ。こんなんでカレー好きを豪語していたなんて。今彼女会えるなら、全力で土下座して謝りたい。
そうして朝食を済ませたオレは、いつもの公園へと向かう。
いつものベンチに腰掛けてケータイを開くと、6月13日(WED)と表示されている。
水曜だと言うのにこんなにも人がいる。やる事ないのかよ。オレもだけど。
「やる事ねぇなぁ………」
オレの呟きは虚しく空へ消えた。
ふと、婆さんの事が一頭をよぎる。中々酷いことを言ってしまったな。
やる事もないオレは、無性に婆さんに謝りたくなって『れんげ屋』を目指した。
オレは呆然としている。『れんげ屋』に着いたオレの目に入ってきたのは、あの古ボケたファンシーな扉でもなく、ましてや建物ですらなかった。
そこにあったのは………一つの墓だった。あの婆さんはどうしたんだ?
墓に記された名前を確認しようとするが、不思議な事に、モザイクがかかったようになり読むことができない。ふと、墓の裏を覗き込むと、そこには言葉が彫られていた。
―アムステルダムでリンゴを食べる―
意味が解らない。アムステルダムって、オランダだよな?林檎じゃなくてオレンジじゃないのか?それを読み終えたオレは墓を後にした。
何故だか足が勝手に空港に向かっている。
「ルービックキューブか……」
アムステルダムに向かう為に歩き出した直後、ふと目に入ったホビーショップで懐かしい物をみた。オレはルービックキューブが子供の頃から余り好きじゃない。一時期流行った時に、クラス皆がガチャガチャ回してたのを見て、オレは何が楽しいのか分からなかった。
でも、今なら少し楽しめるかも知れない。色々な視点から見て、新しい発見をする。実に楽しそうだ。子供の頃、周りの奴らがそれを楽しむ為にやっていたのかは知らんけど。
とにかくだ。オレはアムステルダムだけに止まらず、世界の色んな国を巡り巡って、それと同時に自分の人生も見直してみたい。今さら手遅れかもしれないけどな。
千九百九十円、意外とルービックキューブって高いんだな。オレは店を出るなり、箱からルービックキューブを取り出してぐちゃぐちゃにした。今のオレの状態にそっくりだ。これから少しづつ完成に向けて、色々な視点から見たいと思う。
世界ってそんなに悪い物じゃないかもな。人間は少なからず自分中心の考えを持っているから、悪い事が起こると、直ぐに悲劇の主人公になりだがる。
だけど、よく考えたらそんなに悪い事じゃないはずだ。だってさ、銃抱えて走り回らなきゃいけない子供がいるんだ。信じられないだろ?
オレは一流企業をクビにされたけど、その代わりに、今までじゃ考えられないぐらい世界を楽しめそうな気がする。
理由なんてちっぽけでいい。今だってアムステルダムでリンゴを食べなきゃならない意味が分からないけど、やってみたら何かあるのかもしれない。だから行く。それでいい。じゃぁな、日本……
と、ここまでは良かったのだが、言っておかなきゃいけない事が二つある。
一つ目は、オレはアムステルダムに行けなかった。
途方に暮れたオレがまた墓の前に行くと、モザイクがかっていた墓に掘られた名前がしっかりと読めた。思いっきりオレの名前が掘られている。
オレ専用?墓って苗字だけだよな?
そんな事を考えていると、自分の体に異変が起きている事に気づいた。
確実に透けている。理由は墓の名前を視認した時に既に気づいていたけど。
そう。オレはリストラにあって彼女が家を出ていったその日に、嫌がらせで勤めていた会社の屋上から身を投げたのだ。
なんとも締まりの悪い人生である。
そして、自分の体が粒子になり空へと登っていこうとした瞬間、何かに掴まれ思いっきり地面に叩きつけられた。
びっくりするほどの痛みと共に、オレの意識は薄れていった。意識が失われる最後の瞬間に、微かに着物を着た小さな女の子の姿が見えた気がする。
なんなんだ、これ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます