皿の雪

真生麻稀哉(シンノウマキヤ)

第1話

青山は降りゆく雪を見上げていた。天に吸いこまれそうだ―。


だが現実の青山は、頬や瞼に当たって次々と溶け流れる水に溺れ、ぶるぶると身を震わせていた。


俺はどうしてここにいるのだ―。


ぐらぐらと足元が揺れる。たちの悪い船酔いのようだ。


今、青山は昏い井戸の中にいる。


落ちてから一昼夜、声を枯らして叫んだが、誰にも届かなかった。


そして日が落ちて湿った空気は、再びの雪を呼んだ。


必死で見上げる丸い景色には釣瓶と雪空しかない。


ああ遠い、釣瓶がなんと遠いことか―。


ちらちらと瞼に襲いかかる雪間に、汲桶が天に向けて口を開けているのが見えた。


湿った雪が汲桶いっぱいにまで積もれば、その重みで桶は下まで降りて来るかもしれない。 


だが、その桶に掴まったとして、井戸の外に出ることは叶うまい。


誰も俺がこの井戸の中にいることを知らぬ―。


この中庭の井戸は、一月ほど前から青山が下男に言いつけ板蓋を被せて、家中での使用を禁じていた。


もともと茶事や野菜を冷やすくらいにしか使っていなかった井戸だ。


使用を禁じたとて、困る者はいない。


むしろよからぬことに井戸を使われる方が困るのだ。


二日前には青山自身が念を入れて、蓋を荒縄で頑丈に雁字搦めにしていた。


それが何故か蓋は取り払われ、冷たい暗い奈落に青山はいる。



「一ま~い、二ま~い、三ま~い、四ま~い」


吹雪の音に混じって女の声がする。


皿を数えている声だ。


女は割れてなくなった十枚目の皿を必死で探しているのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る