第2章~鬼才と魔族と人間と~
新しく始まったゲームは、ステージを仮想空間に変えただけで根本的な部分は何も変わっていない。
アーウェルサの住民と契約した人間はコントラクターと呼ばれ、契約した者と同じ魔力を扱えるようになる。
契約種の弱体化も無し。ゲーム外でのコントラクターは戦闘禁止。ただし、チーム間は可能。下僕はゲームの中でのみ召喚可能。
根本的なこと。殺し合って下僕を増やすという点においては、何も変わってはいないのだ。
「ネアさん!前から二人!」
「はいよー」
天使族のネア・タジェントは思考を中断。思考によって色のなかった景色ははっきりと元の色を取り戻す。
太い木々が生い茂り、空は木の葉で覆われていて見えない。
しかし、木の枝に掛けられたランプによって暗くはない。かなり独創的な場所だ。
ここは、エルフ族が住む島の一つ『カリーマフォレスタ』。もちろん、仮想空間である。
前方から向かってくるのは、小柄な体格の風民族の少年と、それと契約した二十代後半くらいの女。
動きはぎこちなく、殺ろうと思えばいつでも殺れる。
「莉佐。援護よろ」
「ラジャー」
ネアは契約した人間、鈴野莉佐にそう指示し、手にした剣を構える。その後ろで莉佐は弓を引く。
人間めがけて放たれた莉佐の矢は、しかし当たらず後方に流れる。
莉佐には人間を傷つけることが出来ないのだ。だが、それで十分。矢で牽制してくれるだけで戦いやすさは増す。
と、突然。空気の流れが変わった。
相手二人から直線状にある全てが引き込まれるように全て切り裂かれ、ネアたちの下へ向かってくる。
敵さんの魔力による攻撃。お前らはもう捉えられているのだぞ、という暗示。
そんな風の刃を、ネアはたった一本の剣で受け止め何事もなかったかのように佇む。
相手がこちらを目視した時点で、このゲームは終わっている。
攻撃がいとも簡単に流され、驚いている敵の背後から二つ。新たな影が忍び寄りカマイタチの如く襲い掛かる。
「・・・む?ずれた」
「読まれていたかもな」
肩から血を流して倒れた二人を余所に、二つの影は不敵に零す。
「・・・けど、これで」
「ゲームセットだな」
倒れていた二人の体は煙となり、空気に溶けるようにして消えた。
煙にされた二人は、影の主が魔力を使ったことに気付けていただろうか?とネアは考え、無意味なことだな。と苦笑を浮かべる。
「ゾイル!優衣!かもーん」
ネアは二つの影に向かって叫び、それを聞いた二人が駆け寄ってくる。
「骨のない相手だったな」
「ちょっと前までの敵が異常なまでに強かったからそう思うだけっしょ」
ネアはつまらなさそうな魔族の男に言った。
ゾイル・テイヌ。魔神族。契約は神谷優衣。科学者で『薬の魔術師』の異名を持つ。
「優衣ちゃん。汚れてるよ?」
「・・・これくらい、なんでもない」
顔についた泥を払いながら、莉佐は優衣の頭を撫でた。頑張ったね。お疲れ様、と。
抵抗することもなく、優衣は気持ちよさそうに目を細めた。
あの二人がこの世界を去ってから、今まで莉佐のことを拒んでいた優衣は、徐々にではあるが心を開いていた。
「気を抜いているところ悪いけど、まだゲームは終わっていないからね?」
ゲームの修了。即ち、どちらかのチームが全滅する。そうすれば、この仮想空間は消え、現実世界へと帰される。
優衣とゾイルのペアが敵を殺したのにまだゲームは続いている。つまり、まだ敵が残っているということ。
全員がそのことを理解していたが、緊張感はなかった。
「どーせもう少しで終わるだろ」
「・・・私たち、三組、やった」
こっちのチームは四組。それに合わせ、相手も四組。うち三組がもういないというのなら、残りは一組。
その時。薄暗い森の奥が明るく照らされた。
それが、交戦開始の合図であると同時に、終わりの報せだった。
世界はゆっくりと崩れ去り、無機質なコンクリートで囲まれた空間へと景色が切り替わる。
そんな空間に。
「アッハッハッハ!」
甲高く響く女の笑い声。その主は、体長十五センチほどの妖精族。メルス・フィーグル。人間名、天城由香。契約は高島玄魔。金髪で額に傷を持ったイケメンの青年である。
「あー、もう!そんなに笑わなくてもいいじゃないですか!」
そしてもう一組。顔を真っ赤にして叫ぶ金髪で人間の姿をした雷獣族雷鳥種エミリー・ドガットルート。人間名、黒谷絵美。契約は東孝光。ニート。
どうやら先の戦闘で何かあったらしい。
「ねぇねぇ!絵美!」
メルスは人間へと姿を変えて絵美に駈け寄る。
人間の姿の時は人間名で呼べと言う二人の要望もあり、それに異を唱える者もいなかった。
「何ですか?」
顔を赤くしたまま絵美は応じる。と、由香は両手を上にあげて言った。
「『滅びの雷を受けよ!・・・あぁ!外した!』」
「ぎゃー!」
由香が口調と声を絵美に似せて楽しそう笑う。一方で、絵美は耳まで赤く染め、その耳を押さえてその場にうずくまった。
そんな様子を呆れたように見守る二人の男の下に行く。
「何があったの?」
二人は困ったように顔を見合わせ、孝光が説明役を買って出た。
「相手が水獣族でね、相性的な問題でも有利。ということで、絵美がここぞとばかりに特大の一発をお見舞いしようとしたんだけど」
孝光はチラッと由香を一瞥する。
「あの子が敵に攻撃を加えて照準をずらした」
「悪気はなかったんだけどさぁー!」
なおも笑いながら由香は言った。説得力が皆無である。
そんな同級生の姿を見て、玄魔はため息をついた。
戦闘時の由香は、自分の知らない別の誰かだった。今ではこうして楽しそうに笑っているが、これが嘘のように、彼女は豹変する。
心の底から殺し合いを楽しもうと、目を爛々と光らせるそのさまはまさしく狂人。
もっとも、人間だと思っていた人が人間じゃなかったことが一番の驚きでもあるのだが。
奏太に続いて由香まで。中学校で自分を変えてくれた二人は人間ではなかった。
(なんだかなぁ)
胸にぽっかりと穴が開いたような感覚。
「どうかした?」
やっと笑いの渦から解放され、目尻に溜まった涙を指で拭う由香が、こちらの顔を覗き込んでくる。
「ううん。何でもないよ」
誤魔化しきれたかはわからないが、それ以上会話はなかった。
コントラクターたちの持つ端末が一斉に通知を告げたのだ。
ゲームが始まってから四度目の通知。今更驚く者はいない。
「莉佐、次は?」
ネアはいつものように莉佐に聞き、他のメンバーは自分で端末を見ることなく耳を傾ける。
「えーっと、次回の相手は。あれ?二組、ですね。機械族と妖魔族です」
その時。次の相手が手強いということを、その場の全員が悟った。
今日を含め、新たなゲームが始まって三回。そのすべては、四組のチーム一つが相手だった。
端末で確認したルール。『コントラクターが五組以下のチームはチーム内での分裂をないものとする』
つまり、全部で四組であるネアのチームは絶対に他のチームを相手にすることはない。今回は半分の数を全員で相手するということになる。
「それと、今回の相手はチームではなく、ソロプレイヤーのようです」
「何!?」
チームを組まず、己と契約種だけで戦う参加者。今回の場合、五対一に対応することになる。
「ステージは何処だ?」
場所によっては有利なのか不利なのかはっきり分かれることになる。
「これは、京都の中心部ですね」
「京都?」
「えぇ。ようやくこっちの世界のステージのようです」
日本の古都、京都。碁盤のような町並みが特徴的な場所だ。
「よし、わかった。とりあえず、作戦会議は明日。今日はゆっくり休もうか」
ネアの提案に全員が従い、眠そうな目をこすりながら各自自室に戻った。
時は遡り。一週間前のこと。
その日。ネアの目の前で三つの命が消失した。
トリア・タジェルク。ワーペル・ルノ。セミル・フォーグルが空間の神、ミノ・ディーテによって殺された。その死体も、人間界とアーウェルサ、二つの世界の狭間の世界、暗黒世界へと消えた。
その時、その場にいたものは五名。
ディーテの『マインドコントロール』によって動きを封じられていたネアと、日本の神、ナデシコ。神さえも封じる圧倒的な力に動けなくなったゾイルとエミリー。妹の死で戦意喪失したメルス。
その誰もが、神の強大すぎる力に絶望した。
三名の死により空間の結合は完了。ディーテは満足そうに笑みを浮かべて姿を消し、術が解けて動けるようになったのにもかかわらず、動く者は誰もいなかった。
静かな札幌だった場所は、結合完了によって流れ込んできたアーウェルサの住民もよってたちまちお祭り騒ぎとなる。
その喧騒を耳にしてようやくネアは思い出す。
ゲームはまだ、終わっていないと。
「ネア様。わたくしはお先に失礼いたします」
同じ考えに至ったのだろう。ナデシコも神としての責務を果たすために去った。
コントラクターだったトリアの死により、日本の半分以上の人間が下僕と言う役職から解放され、ただの人間に戻った。
つまり。新しく契約することが可能。コントラクターが増える。
契約できるのは、ただの人間とアーウェルサの住民。その権利は、こちらにもあった。
ならば。このゲームを終わらせよう。参加者として。内側から。最後に残ったものが神と戦えるのなら、自分が神になることも出来る。
壊れた世界を治すことが。可能になる。
そのために必要なのが、契約する人間。目星はついている。世界にたった数人しかいない元コントラクターだ。
「エミリー。東孝光を連れてきて欲しい。場所は」
そうだな、と高いビルの面影もない札幌の街を見渡し、視力を魔力で上げる。
半球隊の建物が見えた。事前情報と照合して、あれが何なのかを確認。
「札幌ドームに集合」
「り、了解!」
ネアの指示に何かを感じ取ったのだろう。エミリーは背の雷の翼を使い札幌のはるか上空へと飛び立っていった。
「メルス!」
次いで地面にひれ伏し。呆然としている妖精の名を呼ぶ。しかし、返事はない。
実の妹を殺され心ここにあらず、と言った感じだ。
無理もない。正確な彼女らの年齢は知らないが、少なくとも千五百年以上は共に過ごしていたことだろう。
そんな傷心の彼女に掛けられる言葉などないに等しい。
だが、無情にも時は流れ続ける。
「メルス!取り急ぎ高島玄魔をここに連れてきて欲しい」
立ち止まっているわけにもいかないのだ。
高島玄魔は函館在住の高校生。奏太の同級生であり、元コントラクターであることは調査済み。
「嫌だ。私にはもう、生きる理由が」
心なしかメルスの体が薄くなっているような気がした。
妖精族に寿命はない。生きる理由がなければ消滅する。単純な種族なのだ。
「待て。早まるな。三人の遺体は暗黒世界にあるはずなんだ。それを、取り戻したいとは思わないかい?」
メルスは色素の薄い顔をゆっくりとあげた。
「死体を取り戻して、そこからは・・・?」
「あたしに考えがある。だから、信じて欲しい」
世界の理を考えて、命亡き者に生を与えることはできない。それを踏まえての言葉だった。
「ん。わかった。行ってくる」
心を読める者。ネアの言葉に嘘はないとわかったのだろう。色の戻ったメルスは目にもとまらぬ速さで消えた。
さて、残るは。
「ゾイル。あたしたちも迎えに行こうか」
「優衣、か?」
「ご名答」
こいつも心が読める。さっきまでのネアのやり取りから何がしたいのかわかっているようだった。
優衣も元コントラクター。今は家にいるはずだ。
聖域を離れて家まで送った時、何があっても家から出るなと伝えてある。
ネアは白い翼を、ゾイルは己の魔力で作り出した黒幻翼を広げ、まだ被害が少ない札幌近郊へと飛ぶ。
そこかしこでアーウェルサの住民が力を奮っているのを眼下に眺めながら、トリアの家であるマンションを視界に捉えた。
黒い影のように佇む建物の一室からは、オレンジ色の光が漏れていた。
部屋の位置的にあの部屋がそうはずなのだが。一体何をしているのだろう。
考えても仕方ないことなので、気にも留めずマンションへと近づく。侵入はリビングから。
「ゾイル。ちょっと待っていてくれ」
「おう」
ベランダに降り立ち、軽く拳を握って窓を優しく叩く。
たった一度。それだけで窓ガラスには蜘蛛の巣上にひびが入りぱらぱらと崩れる。もちろん、ネアの手に傷はない。
「強引だな」
「鍵を開けるよりも早いだろう?」
割れた窓からリビングに入り声を上げる。
「優衣!いるかい?」
ほんの数秒後、閉まっていた扉のうち一つが開き、
「・・・ネア、お姉ちゃん?」
細く消えてしまいそうな声が耳に響いた。扉から覗く二つの目がネアのことを見ていた。
「優衣!よかった!」
心からの笑顔を浮かべ、ネアは優衣に駈け寄ってこう言った。
「トリアを、君の兄を取り戻したくはないかい?」
何を言っているのかわからなかったのだろう。きょとんとした表情を浮かべ、考え込む。
「・・・取り戻し、たい」
はっきりとその声が聞こえた。
迷っていたはずの瞳には確固たる意志の炎が灯っている。
その言葉を、待ってたよ。
「じゃ!行こうか!」
ニカッと笑い、ネアは小さな優衣の手を握る。その手を引き、ベランダにいたゾイルと共に札幌の夜空へと飛び出した。
集合場所に指定した札幌ドームまでは飛んでも三分はかかる。背中に乗せた優衣の負担を減らしながら、スピードを抑えたり体が冷えないように工夫したりしながら、ドームの上に静かに降りる。
早ければエミリーも到着しているかもしれない、と魔力を探るネアを余所に、優衣が手にしている物の存在にゾイルが気づいた。
「それ、何だ?」
科学者としての性。見慣れないものが気になってしまう。
「・・・ムジナ」
「ムジナ?」
ネアの口から何度か聞いたことがある。吸血鬼族で優衣の元契約種。
「その石が、か?」
優衣は無言でうなずいた。
わずかに光を放つ橙色の石。とても強大且つ高密度の魔力が凝縮されているかのような。
しかも、込められた魔力は一つじゃない。正確な数。性質は計り知れないが、危険なものであるということがわかる。
「・・・ねぇ」
「あ?」
小さな手に握られた魔石を凝視するゾイルに、今度は優衣がゾイルを見据えていた。
「・・・私と、契約して欲しい」
「あ?」
契約と言うものが何を指すのかはちゃんとわかっていた。だからこそ、わからなかった。
「そういうのはこっちから誘うもんだろ。つか、俺じゃない方がいいぞ?」
「・・・断る」
「断ってんのはこっちだっての」
ネアはお仲間探しに集中しこっちのやり取りも耳に入っていないようだった。そっちに丸投げできるのならそうしていたが、優衣の心からは何があっても揺るがないであろう、必死にも似た意志が感じられた。
「嫌だぜ、俺は。お前みたいな」ガキと契約するなんて。
そう、最後まで言えなかった。
ゾイルの頬を何かが撫でた。ゾイルを撫でたそれが斬撃だったということは、切り裂かれた自分の体を見て把握した。
誰がそれをしたのかも、わかっている。わからないのは、どうして攻撃されたのか。
「どういうつもりだ?優衣」
ちぎれた体を魔力で戻しながら、一切敵意を向けてこない小さな存在に問う。
「・・・誰かを従えるには、強さを見せるべき」
「誰の受け売りだ?」
「・・・お兄ちゃん」
「だと思ったよ」
にしたって不意打ちはないだろ。
優衣が手にしているのはアーウェルサの万能包丁であるバッティ。調理器具としても、武器としても優秀な刃である。
(こいつ、本当に人間かよ)
こいつに殺したいという願望が無くてよかった。もしも、殺すつもりだったなら、と考えるとゾッとする。
たった一瞬。バッティを手にして魔力を込める。斬撃を放つために振るう。その間にかかった時間は一秒にも満たない。
ましてや、コントラクターという経験はあっても今はただの人間。なのにどうして魔力を扱えている?
「・・・もう一発、いっとく?」
「もう当たんねぇよッ!?」
優衣の手の動きが今度ははっきりと見えた。腕の角度、振る速度から斬撃の軌道を瞬時に計算する。
確実に避けられる―
「グッ!?」
―はずだったその斬撃はまたしてもゾイルに直撃した。今度は右肩から左の脇腹にかけて斜めに。
「・・・ゲームは、読み合い、だよ?」
この時ゾイルは初めて、幼い人間に恐怖を覚えた。
こちらがどう動くのかを読み、直前で腕の動きを変えた。
魔力の流れを掴み、操作し、具現化するだけの能力が、この人間の子には備わっているという事実。
今まで見てきた人間にはいなかった例外の中の例外。
ネアから回ってきた資料で元コントラクターが魔力を使えるということはわかっていたが、極微量の話で斬撃を何発も連続では放てないということだった。
過去の実験で普通の人間は魔力があっても使えないこともわかっている。
元コントラクターは普通の人間。普通の人間なのにもかかわらず魔力を使える。生じたのは、矛盾。
矛盾の解決方法はいたって簡単。元コントラクターは普通の人間ではないと確定させてしまえばいい。
人間にとって魔力は認知されない者。
それを認識している人間が元コントラクター。これは、人間界を探してもたった五人しかいない。
そいつらこそが、ゾイルが実験で目指したものだった。
「本当に、世界ってのはわかんねぇもんだな」
傷を修復し、頭を掻きながらそう言った。
「・・・私のこと、認めた?」
「ま、な。けど、契約はしない。俺よりも適任がいる」
「・・・断る」
「だから断ってんのは俺だっつの。おい、ネア!」
自分よりも適任なのは他にネアしかいない。
闇に生きる魔神族である自分とは正反対。光の種族、天使族であり、優衣が子供であるという面でも、悪い影響は与えないだろう。
「契約はお互いの合意の上で。優衣が君を選んだんだ。それに、君は君が思っているほどの悪人じゃない。罪人ではあるけど、大丈夫。君たちは互いに影響を与えて伸びる。いいパートナーになると思うよ」
その言葉から嘘は感じ取れなかった。本気でそう思っているということなのだろう。
どこまで馬鹿なんだよ。こいつは。
ネアはなおも集中し、優衣はゾイルから目を離さない。
はぁ。とため息をつき、これからの状況を少しだけ推測してみる。
現在、元コントラクターたちを招集している。契約し、ゲームに参加するというのもわかっている。
さて、世界に五人しかいない元コントラクターと言えば。まずはここにいる神谷優衣、小学四年生。エミリーが呼びに行った東孝光、ニート。メルスが呼びに行った高島玄魔、高校二年生。現在ノーマークの鈴野莉佐、大学二年生。中島透、この国を統べる者。
この五人のうち二人。玄魔と孝光はそれぞれメルス、エミリーと契約することだろう。
残る三人。絶対に一人を選べと言われれば、選択肢はないに等しかった。
「わーったよ。俺はお前に力をやる。その代わり、俺を楽しませろ」
「・・・期待は、しないで」
静かに微笑を浮かべた少女と、ぶっきらぼうに言い放った魔神族の二人は固い握手を交わす。
優衣の手にはバングルが出現し、契約完了を示した。
そんな新しいコントラクター誕生を間近で目にしていたネアは、こっちが上手く言ったことに胸を撫で下ろし、意識を札幌から離れた都会、函館へと向ける。
自分の命よりも大切な、かけがえのない存在であった妹が死んだ。
それも、私の目の前で。
妖精族に寿命は存在しない。この身体だって消そうと思えば簡単に消せる。
妹、セミルが目の前から消えた段階でそれも考えたし、半分くらい実行していた。だが、遺体がまだ残っている可能性があると提示されると、まだ消えるわけにもいかない。
それに、ネアには方法があると言っていた。命を失くした者に命を与えるその方法を。
基本的に、生物の蘇生は不可能とされているが、過去に成功したものがいないためにそう言われている。もしくは、いたとしても社会的に抹消されてしまったから。
裏の仕事についていた時に得ていた知識から、生物の蘇生は魂と器、即ち身体があれば多少の危険はあれど、出来るはずだ。
そのための第一歩。ゲームを終わらせる。
わざわざ参加しなくてもいいような気もするが、元コントラクターというある意味で重要な存在を野放しにできないのだろう。
函館市。坂が多く夜景が綺麗。前情報はそのくらいしかなかったが、そんなものは必要なかった。
アーウェルサの住民。ないし新コントラクター達が、魔力による色彩豊かな暴力で街を破壊していた。原型もほとんど残っていない。
彼は、まだ無事だろうか。
いくら元コントラクターと言えども今はただの人間。既にコントラクターに殺されて下僕化。契約してコントラクターになっている可能性もある。
私の体は小さいし、暗殺を本業としていた。夜の闇に溶け込み魔力を隠せば感知されることもない。
この特徴は居場所のわからない彼を探すにはいいのだが、一人で探すのはどうしても時間がかかる。
二つの可能性を考慮しても時間はかけられない。
急ぐのなら意味のない魔力攻撃が飛び交う町に降りなくてはならないが、どう考えても危ない。
だから、決めた。私は探さない。
「『サーチ・ルッキオラ』」
アーウェルサから召喚した飼い蛍達・その数五十匹。
高島玄魔の容姿を蛍たちに伝え、光を散らして散開。
蛍たちとは離れていても意思疎通が可能なため、待つだけでも十分。さらに、自分が何もしないのも性に合わないので少しだけ手助け。もう一つ魔力を展開する。
「『スイヤッカ』眠れ」
私を中心に函館市内をドーム状に包み込む白い花。その内部は強力な睡眠ガスで満たされる。
回避方法はドームが完成する前に抜け出すこと。抜け出せなければ大抵の生物は深い眠りにつく。
この中にいたまま行動できる生物がいるとすれば、エルフ族、ダークエルフ族、妖精族。植物に関わる種族たち、虫も眠ることはない。
「ま、やっぱりいるよね」
静かになった街に動きがわずかに戻った。
三種族のいずれかと契約したのであれば、ほとんどの生物が眠った今は下僕の稼ぎ時。目の前のことに集中したコントラクターの矛先は絶対にこちらには向かない。
なんて考えてたまさにその時。自分の体よりもはるかに大きくて長い矢が真横を通過した。
「無印。ただの住民か」
低く重たい声。目の前に浮上してくる長耳で短い銀髪。額に赤い魔鉱石を宿した半裸の男。その体は日焼けしているかのように茶色い。
「ダークエルフ族・・・」
コントラクターの矛先は向かずとも、契約種はまた別。
空を飛ぶことのできない種族が地面から木を生やし上空まで訪れる。ここから先の行動は考えるまでもない。逃げの一択。
「お前に非はないが、今後のため、死んでもらう」
「それは無理かな。さようなら。『シャイニング・フルール』」
男の目へと魔力照射。闇から突如放たれた光により男は視界を塞がれ、はっきりした頃には名も知らない妖精の姿は消えていた。
見事目眩しを成功させたメルスはとある一軒家にいた。
召喚した蛍の一匹から伝達を受けたのだ。「見つけた」と。
鍵の締まった窓を魔力で開け、音もなく潜入。人間へと姿を変え、暗い部屋を暗視して見まわす。
男にしては、と言えば失礼だろうが、きれいに整頓されていて、マンガの詰まった本棚に、テレビとゲーム機。学習机。その上には中学生のころに撮った写真が飾られている。写真に写っているのは玄魔君と奏太。そして私。
写真のうち三分の二が人間じゃない。この事実を知れば、現在ベッドで眠っているこの男は何と言うだろうか。
なんて、感傷に浸っている暇はない。
部屋の電気をつけ、玄魔君を叩き起こす。
「なにこんな大変なタイミングで眠ってんの?起きて!」
寝かせた本人が言うことじゃないのは自覚している。
「ん?んぅ」
玄魔君は寝ぼけをこすり、私のことを見つめる。何度か瞬きをし、唖然とした表情で固まった。
「久しぶり、玄魔君」
「由香・・・?」
「他の誰かに見えた?」
私はいたずらっぽい笑みを浮かべてそう返す。
「え?でも、どうやって?それよりも、今は大変なことが!」
「わかってるよ。全部、わかってるから」
取り乱す玄魔君を優しく宥め、私は背中に妖精族特有の、蝶のような羽を出現させる。
「その羽・・・。由香、君って」
「玄魔君の想像している通りだよ。ごめんね。騙すような形になって」
今、彼の中では数々の疑問が渦巻いている。
(由香は、人間じゃない・・・?)
(どうしてここに?)
(僕の周りに、人間はいなかったの?)
(じゃあ、四年前の事件って)
秘めたる疑問はひとまず後回しだ。
「玄魔君。私は妖精族」妖精族へと姿を戻し「奏太を取り戻すために、力を貸してほしい」
頭を下げた。
玄魔君は唖然とした表情を崩せずにいたが、すぐさまハッとしたように聞いてくる。
「奏太は、死んだんじゃないの?」
「まだ、わかんない」
実際は死んでいる。それを、取り戻す。きっと何とかなるという曖昧なものに縋って。
「いいよ。けど、力を貸すって、何をすればいいの?」
友達を救いたいという思いが強いのだろう。承諾してくれた。
「このゲームで頂点をとるんだよ」
「神に対抗するってこと?わかった。由香、僕と契約して欲しい」
「そうだよ。無謀かもしれないけど、心強い仲間もいる。契約をするならこれから集まった時に。え?私?」
あまりにも簡単に答えを出した玄魔君。これには予想外だった。契約に私が選ばれることも、もちろん想定外だ。
真の実力はさておき、そして何度も言うように私の体が小さく貧弱と言う印象しか与えない。小さいが故に踏まれたら終わり。某横スクロールアクションゲームに登場する雑魚キャラのような存在だ。
「このゲームはさ、パートナー同士の仲が良くなくちゃダメだからね。知っている人と組む方がいい」
「それも、そうだね」
一度ゲームに参加しているからだろうか。やけに説得力がある。それに、ネアもこれを期待しているのだろう。ただなんとなく、そんな気がした。
かくして二人は契約を果たし、札幌へと急ぐのだった。
妖精と人間が契約するよりも少し前。
ネアが招集をかけた札幌にいる者たちが全員揃っていた。
東孝光と、鈴野莉佐の二名。
莉佐の登場にはネアもゾイルも驚きを隠せなかった。二人を連れてきたエミリー曰く、
「先輩に言われた通り二人を安全な場所に連れて行き、そこにいるように伝えてあったんですよ。で、二人とも元コントラクターですし、状況を話したら乗ってくれました」
嬉しい誤算だった。招集をかけた元コントラクターだけだとこちらが一人余る計算だったのだ。
「莉佐」
「は、はい」
初対面の人に名を呼ばれた莉佐は戸惑いながらも返事をしてくれた。
「あたしはネア・タジェント。トリア、人間の奏太の師匠であり先輩だ」
「は、はぁ」
「莉佐さん。師匠と言うのも先輩と言うのも自称ですので。お気になさらず。補足しておくと、ネア団長は奏太先輩よりもよりも年下です」
エミリーが余計なことを挟んでくるが、こっちの正体がわかるのならなんだっていい。
「あいつを取り戻すために、契約して欲しい」
「え?団長が莉佐さんと組むんですか?」
そんな批判の声を無視し、契約に同意した天使と人間は契約を結んだ。
そして、残された二名。雷獣と人間も(嫌々)契約し、それからしばらくしてから妖精が合流した。
拠点を玄魔が提示した場所。今は亡きアースゴーレムが残した地下施設へ。
エストから新たなゲームが発表されたのはそれから数時間後のことだった。
瞬時にゲームの仕組みを理解し、一週間。三回行われたゲームすべてで快勝。
頂点へと順調に駒を進めていた。
三回目のゲームが行われた翌日。
拠点としている地下施設には、高さ百メートルを超えるドーム状の大広間が一つ。小部屋が全部で五つ。うち一つは使用形跡在り。奏太が生前に備蓄していた食糧庫。ちゃんとお湯が出るシャワー室。電気と水道を完備。普通のスマホの電波が届きにくいこと以外は快適に過ごせる。
もっとも、コントラクター用の端末は強化され、電波ではなく空気中に漂う魔力を媒介にして情報を更新していた。
時刻は午前十時。
「対戦相手とステージを再確認しようか」
チームメンバー全八名が向かい合って座り、ネアが声を張り上げた。
「まずは機械族、ソル・マスケアー。所有魔力は『クリエイトマシネリー』」
端末に記載された情報を耳にしながら自分の端末を見ていた玄魔は内心驚いていた。
ソルは機械族。だが、表示されている写真は人間の女性そのものだった。
白く透き通った肌。プラチナブロンドの髪。顔に表情はない。体全体を見ても、布の面積が少なく、大事なところが隠れている程度。肩や脇腹にある突起物。彼女が人間ではないことを物語っているのはそこだけだった。
「次。妖魔族ヘイブ・グラージュだ。所有魔力は『マインドコントロール』『クリエイトウェポン』それから『サモシオン』の三つ。厄介な相手であることに」
「あ」
僕の横から端末を覗いていた由香が突然声をあげた。
「どうかしたのかい?」
「私、こいつのこと知ってるよ」
ヘイブは二本の角を持った鬼。短い白髪で、人のよさそうな好青年の印象を受ける。
「ターゲットか何かだったのかい?」
ネアの問いに由香は首を横に振って答える。
「私が殺し損ねたのはサディだけだから」
自分の知らない一面を期せずして知るのは本当に心臓に悪い。僕が知っている彼女は本当の彼女ではない。そのことはわかっているが、やっぱり複雑だ。
「じゃあ、こいつは一体何なんだ?」
ちょうど僕らの向かいに座っていたゾイルが苛立ちを露わに、頭を掻きながら先を促す。
「こいつのことを話すには、四年前に起きた事件の真相について話す必要があるね」
四年前の事件というワードに反応したのは僕だけではなかった。絵美と孝光。眠そうに目をこすりゾイルの膝に収まる優衣を除いた全員があの事件の真相を気にしていたのだった。
「四年前の事件?」
「僕らにも教えてくれると助かるのだけれど」
という二人の申し出に、事件の当事者である由香から今一度事件の概要。それから、当事者である僕も知らなかった真相が語られる。
今から四年前のこと。当時中学一年生だった私と奏太が起こしたものであり、ここにいる玄魔君も巻き込んだ事件。
まずは、真相とは異なる、世間一般に知られている事件の概要から話すよ。
四年前の夏。札幌市某所にある山小屋でとある殺人未遂事件が起こった。
容疑者は住所不定の男。被害者は私。他に居合わせたのが奏太と玄魔君。
奏太は事件から前の記憶を失くし、玄魔君も途中で気絶。・・・っていうことに、されているね。
玄魔君が驚くのも無理はないよ。だって、玄魔君が記憶として持っているそれは、実際には怒っていない事なんだから。
最初に言った通り、今のは真相とは異なる事件の概要。
じゃ、本題に入るよ。
四年前のあの日。奏太は私と玄魔君を山小屋に呼び出した。
玄魔君は知っているだろうけど、あの事件が起きる前から奏太の様子はおかしかったんだよね。
話を聞いてみると、その時には自分の正体がなんだったのか思い出していたみたいなんだ。あいつはね。だから、記憶を失くし、人間として生きている私の正体にも気付いて、玄魔君に話した。
人間である玄魔君に異世界と言う存在を認知してもらうため、わずかに自分の魔力も見せてね。
そのおかげで私も自分のことを思い出したわけなんだけど・・・。
問題が起きたのはこの後すぐだった。
なんの偶然か。それとも必然か。私達がいる山小屋にヘイブが現れた。目的は、『復讐』って言っていたかな。
ほら、奏太は兵士と秘書官。両方の経験があったし、誰かから恨まれても仕方ないこと。なんだけど、そいつの執着心は凄まじかったよ。
さっき奏太が自分の魔力を見せたって言ったけど、ヘイブはそのわずかな魔力を探知してここに来たっていうんだよ。
で、奏太もヘイブのことを覚えていて、人間界であることも忘れて戦闘を開始した。玄魔君の額の傷はその時の飛び火だね。
市街地から離れてはいたけど、二人の戦いは多くの人間の目に入ってしまった。
駆け付けた警察。マスコミ、野次馬たちを一旦眠らせることで私が対処した。
二人の戦いは日本の神ナデシコが止めに入って引き分け。
ヘイブはアーウェルサに帰ったけど奏太はどういうわけか帰れなかった。
その時、私とナデシコ、そして唯一の人間玄魔君とで話し、今日と言う日を別の物に変えることに決めた。
理由としては奏太の暴走を防ぐため。この世界で魔力を使われたらたまったもんじゃない。だから、記憶を消した。
事件のことだけじゃなく、何かのきっかけで思い出されても困るから。すべての記憶を。
真相を知った人間たちには揃って記憶を改ざん。あったものを完全になかったことにはできないからね。
そして、玄魔君はちゃんと関わった者として、玄魔君自身が作ったシナリオ通りに書き換えた。
引っ越す前に、人間以外の何者でもない存在にしておきたかったから。もう二度と、会わなくてもいいように。
私を死んだということにして、奏太は憎むべき対象として。
これが、四年前の事件の概要であり真相。
ヘイブは奏太を恨んでいた相手。あの時から時間も経っているし一概にも言えないけど、強敵であることは確かだよ。
僕は僕自身で記憶を書き換えていた。
真相を知ったが思い当たる節はない。由香が嘘を言っているのではないかとも思ったが、心を読むことのできるネアとゾイルの反応はない。
由香が話したそれが事実であると物語っていた。
「由香。トリアとヘイブが戦っていた様子についてもう少し詳しく説明して欲しい。特に『サモシオン』はデータが少ないんだ」
過去はあくまでも過去。ネアはこれからに向けて行動を開始した。
そうだ。今集中すべきは目の前のこと。このゲームを勝ち上がらなければ奏太を取り戻すことも出来ないのだ。
「ヘイブは魔族よりの妖魔族。扱う属性も闇。あの時の戦闘スタイルとしては『サモシオン』で呼び出した獣と『クリエイトウェポン』で作ったクロスボウを使う。遠くからも近くからも攻めるタイプだね」
「コントラクターの動きにもよるけど、召喚させられる前にケリをつけられないかな」
顎に手を当てた孝光が言った。
要は、相手の得意な陣形に持ち込ませないようにする。
「最初の配置はランダム。マップで大方の位置がわかるし、現実的じゃないね」
それを由香が否定した。
ゲームが始まり仮想空間に飛ばされた契約種とコントラクター、二人で一組のプレイヤーは、プレイヤー同士が等間隔に離れたところに配置される。
コントラクターと、今回は契約種にも配布されたバングル。これについた発信機を端末のマップ機能は表示する。
ぶっちゃけた話。発信機が反応している方に絶対に避けることが出来ず当たれば死ぬ。なんて攻撃を放てばゲームは即終了だ。
そこまでメリットの大きい魔力はないと前にネアが言っていた。
「ソルの方はどうする?」
ヘイブの方は一旦後回し。ゾイルがもう一人の方の対策を練りたがる。
「今回の相手は二組。計四名。あたしらが一人に一組つけばいいと考えているが、ゾイル。君はどう思う?」
話題転換でゾイルの話題提示を却下。
「あー、効率は良いだろうな」
「君たちにソルは任せるよ」
「丸投げかよ」
ゾイルは不服そうに表情を歪め、優衣は、
「・・・わかった」
ただ淡々とそれを受け入れた。
ここで過去三回の戦績を振り返ってみよう。
戦った相手は全十二組。ネア&莉佐、メルス&玄魔、エミリー&孝光が各試合で一組ずつ倒したのに対し、ゾイル&優衣は九組。
このチームで一番強い。
誰の目からも明らかであり、二人に任せても問題はないというのも周知の事実。
もっと言えば、二人が作戦会議に参加したのも今日が初めて。普段は独立して動き、獲物を横取りにする。
今回の会議に参加したのも、相手がたったの二組と言う異様性があってこそだろう。そこがわかっているのなら問題はない。
「ヘイブが魔族寄りだというのなら、神民であるあたしが担当する」
「全力でサポートさせていただきます」
「じゃあ私たちはそのコントラクターかな。骨はなさそうだけど」
「由香、相手が人間だからって油断しちゃダメだよ?」
「残った一人を僕らが担当か」
「機械族のコントラクター・・・。どれだけ魔力が使えるか。見ものですね」
簡単に役割分担を終える。
そこからは各自が自由行動に移った。
敵の能力がわかった。その他はからっきしわからない。
だから何だというのか。
戦いとはその場の動きで変わる。予測不可能なもの。実際のところ、作戦らしい作戦など立てようもないのだ。
と、考えている、直感で生きる者たちが八割を占めるこのチーム。
それに不満はなく、各自がこのゲームを楽しむ。
ゲームは楽しむもの。楽しんでなんぼだから。
某天才ゲーム兄妹風に言ってみよう。
―さぁ。ゲームを始めよう。と。
初めて参加した会議は終わった。
作戦らしい作戦などなかった。ただ丸投げされただけ。
命令させろでもなく、いのちだいじにでもなく。今回の場合ガンガンいこうぜが最も適切といえよう。
いや、コイツにはMPおさえての方がいいかもしれねぇな。なんて考えながら迫りくる斬撃を次々と避けていく。
斬撃の発生源は一人の少女。もちろん神谷優衣。
人間の時から魔力を扱え、コントラクターとなった今ではすっかり化け物だ。
小学生の割に身体能力が高く、魔力も繊細に扱える。
人間とアーウェルサの住民では時間の流れ、寿命も違うが、一般的なアーウェルサの住民が優衣と同じくらいの頃はまだ魔力が覚醒していない。
過去の研究で、人間は特定の魔力を持たず、ただそんな不思議な力を宿しているだけ。
複雑な身体構造を持つこっちのとは違い、魔力の覚醒もしておらず、初めからそれとして成り立っている。
それプラス。優衣にとっては二度目のコントラクター。一度目で戦闘の基礎、魔力の使い方を叩き込まれたそうなのだが・・・。
この少女。人間にして鬼才。
思考から現実へ。
避けたと思った斬撃で右腕が裂けた。
斬撃には大きく分けて四つの種類がある。
まずはごく普通の斬撃。そして、追尾。軌道変更。隠し刃。
アーウェルサの住民でも後半の三つすべてを習得するのは難しく、時間もかかる。それを、優衣は全て習得している。
これが、脆弱な種族か。
魔力があれば最強にもなれるってか。
研究通りにはいかねぇわな。こんな種族。未知に謎を重ねているんだからよ。
自嘲気味に笑い、大きく一歩踏み込む。姿勢を低くして二歩目を踏み出す。迫りくる斬撃を避ける。
よけを読んでいた優衣があらかじめ仕込んでおいた追尾斬撃は跳躍で回避。それすらも読んでいた優衣は俺の進行方向に隠し刃を仕込むが、手にしていた剣でいなし急降下。
優衣の背後に立ち、頭の上に手を置いた。
「俺の勝ちだ」
今やっていたのはゲームという名の修業。
俺からの攻撃は無し。優衣からの一方的な攻撃をかいくぐり、優衣に触れることが出来れば俺の勝ち。俺が戦闘不能になれば優衣の勝ち。
一瞬。俺へのリスクが大きいように思えるが、俺の必勝ゲームだ。
傷を受けても回復が出来るため、優衣の斬撃程度じゃ戦闘不能になることはまずない。そのことに優衣が気づいていないのは内緒だ。
「・・・ごめん。まだ、残ってる」
「は?いや、待て。馬鹿だろォ!」
やっと終わったと安心したのも束の間。
俺が優衣に触れる直前に放たれたのであろう追尾斬撃が三。後ろに来ると読み、前に放ってから後ろに来るように軌道を調整した斬撃が四。足元に設置して発動が遅れた隠し刃が一。
計八つの斬撃が油断していた俺に牙をむき、為す術もなくすべてを受けて床に仰向けになって俺は倒れた。
傷は瞬時に治したため、倒れたのは疲労によるものだと、一応補足しておく。
優衣にゲームを申し込まれて一時間。疲れないはずがない。身体も、精神も。
「・・・疲れ、た」
人間となれば俺以上にその疲れを感じているはずだ。
腹部にわずかな質量。優衣がまたがっているのだとわかった。
「そりゃ疲れるだろうよ。絶え間なく魔力を消費し続けていたんだからな」
それなのに。優衣から感じられる魔力は有り余っている。この化け物め。
「・・・負けた」
「勝ったのに勝った気がしねぇよ。こっちは」
結局。最後の最後まで読まれていた。
裏をかこうとすればその裏をかかれ、裏の裏をかこうとすれば裏の裏の裏をかかれる。
読み合いが強いのだ。何か盤上遊戯やカードゲームをやらせてみれば、いや、それとはまた別か。
向こうの世界にある盤上遊戯。
こっちの世界のチェスのようなもので、チェスにないルールが多くある。テレポートだったり、全体攻撃だったり。
手があまりにも読めない大変むずかしいゲーム。
「アレに比べたらヌルゲーだな。こんなゲームは」
ただ戦うだけだ。
魔神族と言う種族ゆえに、戦闘能力が他の追随を許さないほどに高い。優衣も強くなるわけだ。
いまだに優衣が俺を選んだ理由はわかっていないが、何をするにしても楽しそうだし、いいか。
不意に腹部が軽くなり、俺は体を起こす。
優衣は立ち上がり、とある一点を見据えていた。
視線の先には体長十五センチほどの妖精。メルスだ。
コントラクターである玄魔の姿はなく、彼女一人だ。
「ねぇ、優衣。・・・決闘を、申し込む」
「・・・え?」
優衣は唖然とした表情で、立ち上がった俺の顔を見上げる。いや、なんで俺を見るんだよ。
「おい、メルス。紛らわしい言い方をするな。こいつの強さが気になっているなら素直にそう言え」
俺には他人が抱いている感情を感じ取ることが出来る。他に何名もいる特殊能力だ。今の場合、メルスからは好奇心を。優衣からは恐怖を感じ取った。
「お前とこいつじゃ戦力差が大きいぞ?」
「わかってるよ。けどね、ゾイル。戦闘で勝負を決める要因のうち、力量差で決まるのは何割だと思う?」
唐突な問い。少しだけ考えて答える。
「八割から九割以上だろ」
「ふーん?君がそういうのならそうなのかもね。質問しておいてなんだけど、私は答えを知らないし、きっと答えもない」
わけがわからなかった。
勝負が決まる要因。その統計がないわけじゃない。だが、その統計が信じられるどうかはまた別の話。
あくまでも統計上はさっき言った通りのもの。残りはタクティカル。いわゆる戦術と言われるものだ。
「勝負ってのはさ、あまり力量差って関係ないんだよね。データ化されたゲームならまだしも、現実では力量差が簡単にひっくり返る」
「俺たちも戦闘能力を計ることはできるぞ?」
「科学者である君には理解できないかもだけど、現実世界ではいつでも、数字は当てにならないし、しちゃいけない」
科学者だからこそ、そのことはよくわかる。
何か一つテーマを決める。統計を取る。数字が出る。はい研究終了!・・・ではない。
数字は絶対不変のものじゃないのだ。統計を取る時期、その時の流行。時間。気候。天気までもが関わる。
統計ででた数字はあくまでも参考であってすべてじゃない。
それを踏まえた上で科学者と言う生き物は半永久的に研究を続けるのだ。
「子供が親を殺す。どの世界でもあり得ることだよね。親と子。大人と子供。よっぽどじゃなきゃ力量差は歴然」
「数字は覆せる」
「そういうこと」
メルスは満足げに頷き、言った。
「そうじゃなきゃ。私が暗殺者として満足に仕事ができるけがないじゃない」
あぁ、そういえばそうだった。こいつの本職は暗殺をすること。自分よりも強い相手も葬ってきたのだろう。説得力がある。
「そんじゃあさ。ちょっとだけ試させてもらうよ」
「あ」と思った時には既に優衣はメルスの手の中。メルスの魔力が発動した。恐らく、ここに来た段階で仕込んであったのだろう。
「『スピーナ・ガーデン』」
鋭い棘がびっしりと生えた植物の太い蔓。それが優衣とメルスを囲み、俺は外へと追い出された。
わずかな隙間から中の様子を伺うことが出来るものの、見えにくい。
「ったく。めんどくせぇな」
魔神族の固有魔力は『ダークネス』。闇を操る魔力だ。己自身の背にそれを集めて翼を具現化。飛翔、上から観戦することにする。
緑色の植物で囲まれた。
「じゃ、優衣。ルールはさっきと同じで、お姉さんと勝負してもらうよ」
同じ。ということは、こちらは相手を戦闘不能に。相手はこちらに触れれば勝利。
相手は小さい。から、私が不利。なんてのは甘え。
「・・・本気で、行くよ」
「そうじゃなきゃ困るよ」
目の前の妖精。この時の名前は、確か・・・そう、メルスだ。メルスは乾いた笑みを浮かべてこちらが動くのを待っている。
なら、最初は。
右手に持ったバッティへと魔力を流し縦に振る。
青白く輝きを放ちながらメルスへと一直線に進む刃。メルスはひょいと身を翻して回避。
もちろん想定済み。本番はここから。
通り過ぎたはずの斬撃がブーメランのように軌道を変え、再度メルスへと牙を剥く。
「ま、そうくるよねぇ」
わかっていた。と、笑顔で物語り難なく避けられる。
ゾイルなら、今のを見てこう言うだろう。
「・・・これくらい、避けてくれなきゃ。相手として物足りない」
仮想空間でのゲームの時、ゾイルが攻撃をして避けられた時に毎回言うセリフだ。
「言ってくれるねぇ」
「・・・次、行くよ」
追尾。軌道変更。隠し刃。
魔力を通す量は多い順に、隠し刃。追尾。軌道変更。
隠し刃は放った後に刃だけを残して風景に溶け込むもの。ずっと残しておく分だけ消費魔力は大きい。
次に追尾。長く刃を走らせるために魔力を通常よりも多く使うことになる。
最後の軌道変更。これは相手に届くだけの魔力があれば充分。手首の使い方ひとつで軌道は簡単に変えられる。
加えて、通常の斬撃。四つを使ってメルスを攻め続ける。
相手が小さいため、細かく素早く丁寧に。斬撃で柵を作り追い詰めるイメージで。
通常の斬撃が一つ飛ぶ。曲がる可能性を考えてメルスは回避後も警戒を解かないだろう。
だが、その斬撃にトリックはない。二本目、三本目は追尾。通り過ぎたものに警戒する両サイドから攻める。
四本目、五本目。二本目と三本目が避けられることを読み、それぞれ上下に軌道を変えるもの。
六、七、八。通常。
九。回避先を読んで隠し刃をメルスの近くに仕込む。
十。追尾。
十一。隠し刃。
十二、十三。軌道変更。
十四。通常。
十五。軌道変更。
十六。追尾。
十七。通常に見せた追尾。
そのすべてが、かすりもしない。
考えても体は追い付かない。メルスの動きを見て、考える前に読むのだ。瞬時にそれを判断して体が勝手に動く。
二七、二八。隠し刃。
二九。通常。
三十、三一。軌道変更。
三二。追尾。
メルスは心が読めるらしい。私が読まれるわけにはいかない。から、隙を与えない連続攻撃。
そのすべてを、メルスは私の動きを読んでいる。
こっちが何手も先を考えているのに。まるでそのすべてが一手目であるかのようにあっさりと。
先にゾイルと一勝負した後だけあって腕も痛い。というか疲れた。
そう考えていると、自然と腕の動きが変化した。
攻撃から、防御へと。
「何、これ」
絶え間ない攻撃から解放されたメルスにようやく声を発する隙が埋まれる。だが、その声は驚きによって生じたものだった。
「・・・もたもたしてたら、危ない、よ?」
さっきまでに比べて、メルスを襲う斬撃は遅く、大きく、重たい。おまけに、進めば進むにつれて斬撃が広がり壁を作る。
武器を振る速さは変わっていないのに、だ。
攻撃速度そのものは遅いのだから隙が大きい。・・・と思うだろうが、実際はそんなことはない。メルスが最後の素早い攻撃を避けたころにはもう。完成している。
何枚もの広がる斬撃によりメルスはバトルフィールドの壁に追い込まれる。間を通ろうとすれば、今度は素早くて軽い刃が襲う。
バッティの通す魔力を多くしてできたこと。
正面。横。背後からの攻撃はもう、不可能。そう、言い切れる。
一つだけ死角があるとすれば、上。けど、そこも細工は済んでいる。
相手を寄せ付けない壁を作り、守りを強固なものにする。
攻撃が最大の防御となるのなら、防御が最大の攻撃となることもある。
(破れるもんなら、破ってみてよ)
ただひたすらに、己の城壁を築き上げる。
「ほう」
そんな様子を施設の天井ギリギリから眺めていたゾイルは、短く感嘆の声をあげた。
バトルフィールドの広さが無限だったのならば、時間経過であの城は崩れる。
しかし今回は、メルスによって作られた有限の戦場。あの蔓にメルスが入り込み、死角を取ったところで、崩すのは困難を極める。
壁を作る。壁と壁の間に斬撃を走らせる。頭上には隠し刃。
尋常じゃないほどの魔力消費。テクニック。タクティカル。それを思いついた、頭脳。
人間じゃない。
もう何度目になるかもわからない。優衣の人間性に対する疑惑。
あれが実戦で使えるかは置いといて、即興に作り出せるほど頭が柔らかい。
もしも俺の魔力まで駆使し始めたら。そう考えるとぞっとした。
―あいつに敵う者はいなくなる。
「本当に、楽しませてくれる」
周りに誰もいないことをいいことに、わずかな笑みを浮かべて二人の様子を眺める。
お互いに感じているのは焦り。
メルスは優衣が想像していたよりもはるかに強いことに焦っていた。戦力ではなく。戦術の多彩さに。
優衣は己の魔力が尽きるのではないかと焦っていた。序盤の読み合い。どこにどう壁を作り、ルート誘導するか。頭をより使う分、疲労もたまる。
優衣にはメルスの姿が見えていない。己の作りだした壁に妨げられているのだ。
一方で、メルスには優衣が見えている。
戦場への頭上からの侵入を防ぐように、網目に張られた蔓。そこからずっと優衣の姿を捉え続けているのだ。攻め込もうとしないのは、目に見えない隠し刃を警戒してのことだろう。
「それにしても」
俺の意識は一旦戦闘から離れ、別の物へと向けられる。
「あの戦場を作っている植物。見たことがないな」
斬撃が当たっても裂けることがない強度。外部からの侵入を拒む棘。蔦なのか、蔓なのか。茎かもしれないし根かもしれない。
「調べてぇ・・・」
科学者としての探求心が疼く。あとでちょっとだけ協力してもらうか、と今は諦め戦場へと意識を戻す。
戦場が、動いた。
メルスほどの実力があれば隠し刃は頑張れば避けることが出来る。だから、メルスは一番壁の薄い頭上から攻め込むものだと思っていた。
違った。
メルスは俺が一切予想していなかった、もっといえば、絶対にありえないと思っていた場所から、城への侵攻を開始した。
堂々と。正面から。
青白く視界を埋め尽くす斬撃。
これを避けるだけならあまりにも簡単で、だが攻めには転じられない。
壁と壁の間を通ればいい。壁と壁の間には私が通るには十分な道がある。
この道は、罠だ。素早い斬撃が生きているかのように走っている。
上から攻める?優衣にとって死角でがら空き。
そんなわけがない。小四にして、こちらの動きを読んで攻撃をしてきていたのだ。対策をしていないはずがない。
そもそも、上からの攻略はどう考えても誘い。誘いに乗ってあげるほど私も優しくない。
なら、残されたルートは斬撃を潜り抜けるルートだけ。・・・と思ったら大間違い。そんなに細かくて面倒なことをせずともあるではないか。
正面突破と言う道が。
斬撃とは、己の刃に魔力を纏って放ったもの。ちょっと鋭い魔力であり、普通の魔力と言ってもあながち間違いではない。
ゆえに、変換できる。
普通に触れればこの身体が削れるため、手にした剣を媒介にして。切っ先を真っ直ぐ前に向け、広がる斬撃に向けて突撃。
剣先と斬撃がぶつかったその瞬間。ぶつかったところから斬撃の魔力を回収。妖精一人が通るのには十分な穴が広がる。
一枚、二枚、三枚・・・五枚目までは難なくクリア。続く六枚目で異変が起きた。
一つ目の異変は素早く走る斬撃。軌道変更を伴なったそれは、私を挟み撃ちにするように両サイドからやってくる。
二つ目の異変は通り抜けた五枚目の斬撃。通り過ぎたはずのそれが私の退路を塞ぐように戻ってきている。
三つ目の異変は目の前にある六枚目の斬撃。一枚であるはずなのに、何枚にも増えて頭上を塞いだ。
そのすべて一枚一枚が厚い。穴をあけるのが不可能なほどに。
完全に囲まれた。
そんな状況に、自然と笑みがこぼれた。
アーウェルサでもここまで器用に魔力を、斬撃を扱えるものはいない。
優衣はコントラクターと言えども人間。戦闘能力は計るまでもなく私の方が高い。
その差を、戦術で超えて見せた。
強者と戦った時の高揚感が私の全身を支配した。
「『フィオスディルア』」
アーウェルサに存在する固い幹が特徴の皮で作った鎧を装備。
「『カリュプスフォーリア』」
同じくアーウェルサに存在する鋼のように固く鋭い葉を自身を中心に球をつくるように展開。
ギギ、ギギと鈍い音と共に、私を覆っていた斬撃を全て消滅。これで勝負が決すると勝手に思い込んでいた優衣は、新しい斬撃を作る。が、遅い。
羽に魔力を込めて加速。ひらりふらりとすべての斬撃を紙一重で避け、優衣の頭に乗る。
「私の勝ちだね」
「・・・はぁ~、疲れた」
額に玉のような汗を浮かべた優衣はペタンとその場に座り込む。
私のこのフィールドを消し、人間の姿になった。
「戦闘の技術はムジナに?」
かつて妹に仕えていた吸血鬼。優衣の元契約種。
「・・・うん。何回も、練習台になってくれた」
あいつは不死身。練習台にはもってこいだし、執事のくせにめちゃくちゃ強い。戦闘を教えられるほどの実力もある。
ムジナはこんな子供に何かを感じていたのだろう。実際にこの子は、化け物になった。
「よぉ。どうだったよ。こいつの強さは」
ずっと上から見ていたゾイルが優衣のすぐ横に降りてきた。
「想像以上だった。こんな逸材、向こうにもいないね」
「同感だ」
ゾイルは苦笑を浮かべ、優衣の頭をくしゃっと撫でた。
「ちょっと魔力を消費しすぎたな。明日に備えてゆっくり休め」
「ん。・・・背中、乗せて?歩けない」
やはり体は小四の子供。まだまだ未成熟だ。異常な魔力に体は追い付けていない。
「ったく。わーったよ」
「・・・やった」
優衣がゾイルの背に乗るのに手を貸し、その背中にしがみつく優衣。かわいい、
それから部屋へと戻るわずかな時間で優衣は眠りについた。
「二戦連続はさすがに負担がやべぇな」
「う、ごめん」
ここは素直に謝っておく。
私が有無を言わせず勝負を始めたのだ。言い訳するつもりはない。好奇心が勝った。
「謝る必要はない。こいつも新しい戦い方を覚えたみたいだしな。明日の夜までに支障がなければそれでいい」
「そっか」
このゲームを勝ち上がる。ネアはゲームを終わらせるために。エミリーはそれに付き従って、莉佐と孝光を巻き込んだ。
莉佐も孝光も奏太を取り戻すという目的で一致。私も妹を取り戻すために玄魔を巻き込んだが、彼も目的は一緒。
優衣も同じ理由でゾイルを巻き込んだ。
そもそもゾイルはネアに逆らえない身だから、参加したくないのに参加しているに等しい。
何の利点もないはずなのに、この男はむしろ楽しそうだった。なぜだろう。
「人間のこいつが俺に新しいものを見せてくれるからな」
「え?」
「お前が何かを疑問に思っているのを感じ取った。俺の利点についてだろ?」
ゾイルは感情を感じ取ることが出来るだけで心は読めないはずだ。洞察力がすごいのかなんなのかわからないが、恐ろしい。
「そうビビるなよ。まぐれだ」
そのまぐれが恐ろしいって話だよ。
「俺はずっと人間を研究してきた。そのなかでもこいつは異常。科学者としての性か、こいつがどこまで化けるのか。それが知りたくてたまんねぇ」
この時、ゾイルは初めて私に笑って見せた。
「後は、面白いもんを持っているからな」
「ムジナの形見、だっけ?」
「あぁ。そうだ」
優衣が胸に下げている橙色の魔鉱石がついたペンダント。
なんとこれがゲームの時にのみとんでもない効果を発動するのである。
「次は何を見せてくれっかな」
そう言ったゾイルの顔は無邪気な子供のようだった。
こいつもこいつでゲームを楽しんでいる。
私は思わず声に出して笑い、優衣が起きるとゾイルに叱られる。
知らない奴の知らない一面を知る。喜びであり、楽しみであり、笑いが止まらなかった。
自分の部屋の前まで来てゾイルと別れる。
「じゃあね。明日、頑張ろうね」
「おう」
ゾイルは短く返事し、隣の部屋へと消えた。
私も自分の部屋へと入り、そこにいた人物へと声をかける。
「ただいま」
「お帰りなさい」
人間の姿をした本を読む雷獣族。絵美だ。
使えそうな部屋が全部で四つしかなく、パートナー同士で一つの部屋を割り振られたはずだった。そんなの異論しかなかった。女性同士のネアと莉佐はいいかもしれないが、私と絵美のパートナーは男。人間の男など何をするかわからないという意見で一致。私と絵美、玄魔と孝光がそれぞれ同じ部屋になった。
優衣とゾイルに関しては、例外だ。
「で、どうでした?優衣の強さは」
「びっくりするくらい強かったよ。もしかしたら絵美よりも強いかもねぇ?」
ニタっと悪い笑みを浮かべて私は言うが、絵美の表情はピクリとも動かない。
「わかり切っていたことです。あの戦績をみればね」
過去に九組。十八名を葬ったという事実。それをさらに細かく見ると、十六名を殺ったのは優衣。残りの二名はゾイルが始末したのだという。
「ゾイルさんのサポートが大きいだろうし、相手が弱かったというのも否めません。けど」
「明らかに強すぎ。ゲームバランスが偏っているように見えなくもない」
「その通りです。ましてや、あんなチートアイテムまでありますし」
絵美は読んでいた本を閉じ、私に一枚の紙きれを渡してきた。
「これは?」
「つい先ほど、私の部下から届いた報告書です」
そういえば絵美は、エミリー・ドガットルートとして軍でそれなりに高い地位にいる。
空間の結合により、軍のネットワークもこちら側にまで及び始め、動きやすくなっている。
なってしまったものは仕方ない。使えるものはどんどん使う。と言うのが彼女のポリシーのようだ。
で、これは一体何の報告書なのだろうか。
文面に目を通し、驚愕で目が大きく見開かれた。
「まさか、本当に?」
「あなた含め、何人もの事実がありますからね。否定はできないでしょう?」
まだ確定事項じゃない。あくまでもその可能性があるというだけ。
だが、あの異常性を見ればそう考えるのが自然。
目を通した報告書の最後の一行には、こう書かれていた。
―神谷優衣はアーウェルサの住民である。
翌日。午後六時になる十分前。広間へと集まり、八名全員がその時を待つ。
「今回の敵は二名。力は未知数。決して油断しないように!」
「もう何回も聞いたっつの。ま、なんとかなんだろ」
「・・・うん。よゆー」
「それを油断っていうんですよ?」
「ま、大丈夫っしょ!」
「ちょ、由香まで!?」
「僕らはいつも通りやればいいだけ。そうだよね?」
「はい。いつも通りサポートします」
それぞれの声を聴きネアは思う。頼もしい、と。
「さ、行くよ!」
時刻は午後六時。
ゲーム、スタート。
「・・・え?」
「は?」
仮想空間へと移動した優衣とゾイルはそれぞれ驚きの声をあげた。
眼前に広がるのは事前に知らされた通り京都の町並み・・・ではなかった。
奇妙な形の石のオブジェクトがいたるところに並び、とても巨大な木々草花。自分たちが小獣族になったかのように錯覚するこの場所は・・・!?
「まさか、巨獣族の里『セッコールディナ』か!?あの独特なオブジェ間違いねぇ」
当初提示されていた京都よりもはるかに物陰が少なく、平坦な土地。
「どうなってんだ・・・?」
「・・・バグ?」
「んな馬鹿な。これはゲームだが電子機器を使っているわけじゃ」
ゾイルの声は突如現れた後方からの轟音によりかき消される。
背後から迫りくるそれはレーザーだった。当たれば消滅する光の粒子。
優衣を抱え、すかさず漆黒の翼を展開。大空へと避難する。
その時ゾイルは、ここからはるか遠くにいるはずの敵の声を耳にした。
―目標。捕捉完了
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