兼業農家に休みはない - 現代

 大人の股ほどまで生長した稲が青々と立ち並ぶ水田と、すっかり濃い緑になった木々が茂る雑木林の間の農道を、一台の白い軽トラックが我が家へとひた走る。

 雲一つない青空から照りつける太陽のもと、クーラーをつけずに、窓を全開にして運転する秋雄アキオは、これは怒られるなと思いながら、家路を急いでいた。

 週に二日しかないしっかりと時間をとって作業できる日、ついついきりのいいところまでと仕事をしていたら、すっかり遅くなってしまった。


 車庫に軽トラックを停め、勝手口へと向かう。別に玄関から入ってはいけないわけでもなく、こっそりと家に入りたかったわけでもない。車庫からは勝手口が近く、そちらの方が便利なだけだ。

「帰った」

 靴を脱ぎながら、家の中へ呼びかける。

「おかえり。遅かったえ」

 妻である美加ミカの声だけが出迎える。怒ってはいないようだ。


 家の中は涼しい。都市部では35度を超える日が続いているようだが、自然が残っていること、少し標高があることが重なり、まだ扇風機だけでしのぐことができた。

 太陽の熱気から逃れ、疲れがどっと出てきた。

 よろよろと居間兼台所へと向かう。


 美加は、テーブルに頬杖をついて待っていた。

 向かいの椅子の背もたれに両手をつき、ふぅっと大きな溜息をつく。

「お疲れさん。お昼、先に食べたで」

 時計を見れば、もうすぐ二時になろうとしている。この時刻まで待ってもらえないのは当然だ。

「お昼どうすんの?」

「あるもんでええで」

「あるもんしかないわ。先にシャワー浴びといでさ」

「そうするわ」

 よろよろと、着替えを取りに行こうとして、美加に止められる。

「入ってる間に出しといたんで、もうお風呂場に行き」

 美加にしてみれば、汗だく、ドロドロの格好で動き回られるくらいなら、自分で動いた方が良かった。


 脱衣場で首に巻いたタオル、ドロドロになったズボン、汗だくのタンクトップと下着を脱ぎ、洗濯機へ入れた。

 さて、シャワーで火照ほてった体を冷まし、汗を流すか。


 夫が風呂場の扉を締める音が聞こえ、美加は重い腰を上げた。

 着替え一式とバスタオルを用意すると、脱衣所へと持って行く。おいとくでと浴室に向かって声をかければ、おおきにと返ってきた。

 台所に戻り、キュウリを切って塩もみをする。冷蔵庫から出した漬け物とともに、テーブルに置いておく。

 急須の茶葉を入れ替え、湯飲みとともにこちらもテーブルへ。

 ごはんは秋雄が出てきてからで充分だろう。


「あー、さっぱりした」

 風呂上がりの秋雄は、湯飲みを手に取ると、ポットのお湯を入れ、それを急須へと移す。いくら暑くても、熱いお茶を飲む。それが秋雄の一服だった。

 秋雄がお茶の準備をしている間に、美加はご飯をよそう。


 ようやく椅子に腰を下ろし、お茶を一口飲む。一息つきつつ、用意されたものを確認した。

 もっちりとして、甘みのしっかりあるご飯。秋雄の自慢の米だ。

 けれども、疲れた体にその粘り気がしんどい。湯飲みのお茶をご飯にかけた。

「なんや、お茶漬けにすんのかいな」

 洗濯機を回しに行って戻ってきた美加に笑われた。

 美加はそのまま正面に座った。食べ終わるのを待つのなら、居間のソファーでテレビを見ていてもいいのにと思う。


「子供らは?」

「昼寝してる」

「ばあさんは?」

「畑仕事って出て行った」

「この暑いのにか」

 あきれて、つい言ってしまった。それを聞いて、美加が笑う。

「暑い中、昼ご飯も食べんと仕事してたんは誰やさ」

 仰るとおり。けれども、きりのいいところまでとついそうなってしまった自分と、わざわざ暑い中出て行った母とは違うとも思う。

「ワシもこれ食べたら、ちょっと昼寝するわ」

 暑い時間帯は家の中でゆっくりする。夕方、少し涼しくなってきたら、また作業に出かける。


 美味しい米を家族に食べさせるため、父ちゃんは今日も頑張るのだった。

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