とある夫婦のお茶漬けの話★30

疲れた体にお茶漬けを - SF

 アキオさんの定期券が最寄り駅の改札を通ったと、連絡が入った。最寄り駅から自宅までは、徒歩10分ほど。そろそろ動き出さなければ。

 時刻を確認すれば、11時。いつもよりもずいぶんと遅い。その原因を知るために、アキオさんのスケジュールを確認する。

 なるほど、今日は接待の会食があったのか。

 それならば、夕食の準備は不要だろう。ここは、お風呂の準備をしておきましょう。


 玄関から、鍵を開ける音が聞こえてきた。アキオさんが帰ってきた。出迎えるために、玄関へと向かう。

 扉が開き、疲れた様子のアキオさんが見えた。

「お帰りなさい。お疲れ様でした」

「ただいま」

 返事の声に張りがない。やはり、さっさとお風呂に入って寝てもらった方が良さそうだ。


「もうすぐ、お風呂のお湯入りが終わります。疲れを落として、お休みください」

「悪いんだけど、あんまり食べれてなくて、何か軽いもの作ってくれる?」

 おや、今日の接待はかなり大変だったということか。

「わかりました。軽いものをお作りしますね」

 回れ右をして、台所へと向かう。アキオさんは玄関に座り込んで靴を脱いでいるようだった。

 元気なときはさっさ靴を脱いで、追い越していくから、今日は本当にお疲れなんだ。


 台所へ来て、何を作ろうかと、あるものを確認する。

 会食の予定だったから、食事は不要と何もない。炊飯器を開けてもご飯もない。

 まだ冷凍ご飯は残っている。

 暑くて汗をかいているから、塩分を補給できた方がよさそう。それでいて、流し込めるくらいのもので。

 冷蔵庫に梅干しと壺漬けがあったはず。それなら。


 背後で、ようやくアキオさんがリビングに辿り着いた気配がする。

 鞄をソファーに投げた。

 ジャケットを脱いで、ソファーに掛けた。

 一旦ソファーに沈み込み、ネクタイを緩めている。

 そんなに大きな音ではないけれど、アキオさんの動作が分かる。


 こちらはこちらで、冷凍ご飯を冷ために解凍する。

 お湯を沸かして、煎茶の準備をする。

 梅干しは種を取って、壺漬けと一緒に小皿に盛り付ける。


 アキオさんの気配がダイニングへと移る。

 椅子を引く音、腰掛ける気配。

 対面キッチンではないから、あえて振り向かない限り、情報は音と気配だけ。


 一式をお盆にのせ、アキオさんのもとへと運ぶ。

「お茶漬けです。ご飯は冷たいですから、お茶をかけるとちょうど良くなります」

 少しだけ説明をして、正面の椅子に腰をかける。

 アキオさんの手が伸びない。これは選択を誤ってしまっただろうか。

 別のものをと、言いかけたときにアキオさんの手がお箸に伸びた。

「何か?」

「いえ、お風呂の準備ができていますので、今日はお早めにお休みください」

「ミカさん、ありがとう。後はいつものようにしておくから」

「いえ。それでは、よろしくお願いします」


 スリープモードへと移行する。次は、明日の朝に。

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