「小説を書く17歳JKをコメントで援助する枠」(仮)

宮里智

サンタクロースの贈り物

 飛んでくる魔法の火球を避けることは敵わなかった。僕の反射神経は凡人かそれより下だから。

 僕が死ぬと思ったその瞬間、一人の騎士が盾を持って立ちふさがり、火球は飛び散り無効化された。

「トナカイさん……」

 思わず現実世界で呟いた。

 そう、これはゲームの中の話。僕は最近このオンラインRPGにはまっている。そして、そこで出会ったトナカイというプレイヤー名の人と、よく一緒にプレイしている。

 トナカイさんは攻めるのこそ苦手だが、人を守ることに関して、右に出る者はいない。ときに自分の命を犠牲にしてでも守り続ける力は、目を見張るものがある。助けられたのは今回で何回目か。数え切れないほどだ。

 トナカイさんは少し痛んだ盾をしまうと、僕に話しかけて――チャットしてきた。

「大丈夫だった?」

「本当に助かった。守るの本当に得意だね」

「プレゼントさんが死んでしまうと寂しいからね、でも、今回はたまたまだよ」

 トナカイさんは自身がいくらファインプレーをしようと、たまたまだと言って認めない。かたくなに、自分を否定し続ける。

 僕のプレイヤー名はプレゼント。有料オンラインゲームソフトを誕生日プレゼントで貰ったから、という安易な理由である。

「もう一試合やろう」

 僕の誘いにトナカイさんは快く応じた。


 トナカイさんに異変が生じたのは、僕がフレンドになってから一ヶ月立った頃だろうか。このゲームにはプレイヤーのうまさを示す「ランク」という制度がある。今まで一番下のランクにいたトナカイさんは、いつの間にか僕を越し、かなり高いランクへ配当されていたのだ。

「ゴールド昇格おめでとうございます」

 個人チャットしたが、

「ありがとうございます」

 いつもよりそっけない態度で返信が来た。

 何となく嫌な予感がして、こっそりトナカイさんがプレイしているところを観戦してみることにした。

 恐ろしいことにトナカイさんは、ダンジョンすべての壁をすり抜け、探索する他のプレイヤーとの戦闘もありえないくらいのダメージ量で勝っていた。

 チートだ、と確信した。急にランクが上がったのも、プログラムを操作する不正行為を行っているためだろう。「俺最強」を偽造していた。


 どうしていいかわからなかった。トナカイさんには何度も助けられたし、その一言がチームを奮い立たせ勝利に導いたことも数知れずある。人を守り、感謝され、たまたまだ、といって否定する。一種のルーティーンのようだった。


 ネットサーフィンをしていたある時、パーティー名サンタクロースの存在を知った。クリスマスにプレゼントを届けるあのサンタクロースが実在しないことくらい、高校生にもなった僕にはわかりきったことだった。だからこのサイトを見つけたときも、半信半疑だった。サンタクロースと言えば、最近、様々なオンラインゲームの頂点に立つ実力を持つ集団が語るパーティー名。その公式サイトが発表したのは、「いい子にプレゼントを届けます」という企画だった。

 僕は一心に、元の優しいトナカイさんに戻ってもらいたいと願った。だから僕はその掲示板に、「元のトナカイさん」とだけ投稿した。

 そんな一瞬の出来事など一日も経てば忘れてしまうわけで、「サンタクロースからのプレゼント」というタイトルのメールが送られてきた時、本文を読むまで迷惑メールか何かだろうと思っていた。

 本文には、十二月二十五日の午後七時に、トナカイさんと共にパーティーを組むこと。と書かれていた。このメールの送り主が本物のサンタクロースであることはわからないが、トナカイさんが、運営によってルール違反によるアカウント停止が施される前に、僕は何か行動を起こしたかった。いつも優しく声をかけてくれたトナカイさん、幾度となく守ってくれたトナカイさん。僕は何度そのプレイスタイルに憧れたことか。

 僕は僕の憧れを壊さないためにも、従うしかないと心に決めた。


 当日、指定した時間にトナカイさんはログインしてきた。僕は恐怖と興味で高鳴る胸を必死に抑え、いつものように話しかける。

「一戦ご一緒しませんか」

「大丈夫」

 反応は至極簡易的なものだったが、それはかえって、トナカイさんがチートを使うのか使わないのか、考える猶予を与えた。

 僕は凡人程度のランクだが、トナカイさんのランクはもはやプロからの誘いが来る可能性があるレベルにまで上がっていた。つまり、僕には到底太刀打ちできないレベルだ。このままの僕たちならば瞬殺。トナカイさんがチートを使わない限り、僕たちはボロボロになってしまうだろう。

 はたしてサンタクロースはどうやってトナカイさんを元のトナカイさんに戻すのだろうか。この状況だとむしろチートを使うトナカイさんを目の当たりにすることになる。

 僕は、嫌な予感を感じ取る能力に長けているのではないかと思う。

 つまり、サンタクロースはこの状況で、トナカイさんからチートを奪い取るのではないだろうか。そうして何にもなくなったトナカイさんを目の当たりにさせるのではないか。

 サンタクロースは本当に人間か? いや、人間でなければこんな意地汚いことを思いつかないわけがない。

 僕ができる最善のことを、トナカイさんにしてあげたい。

 その意思を胸に、僕たちは最初のダンジョンに潜った。


 トナカイさんの挙動が不審になったのは、ダンジョンの中で他のパーティーに遭遇した時だった。

「僕から離れてて。僕が守るから」

 トナカイさんはそうチャットし、僕に退却するよう求めた。

 チート、使うのか……?

 僕は離れたふりをして、物陰からトナカイさんを伺う。トナカイさんは壁に走ると、思い切りぶち当たった。何度も何度も繰り返した。すり抜けられると確信しているように。

 敵のパーティーは最初あっけにとられていたが、すぐに気を持ち直して右往左往するトナカイさんに殴り掛かった。


 戦闘は朝露が零れ落ちる前に終わった。

 勿論、僕たちのパーティーの敗北である。

「トナカイさん……」

 チャットは少し間が空いてから、返ってきた。

「ごめんね、ちょっと機械に不具合が出たみたいだ」

 サンタクロースは、チートを使「え」ないトナカイさんをプレゼントしたのか。

 いや、

 僕に求められているのかもしれない。

「いいんだよ、トナカイさんはいつもみんなを守ってくれるし、盛り上げてくれる。それって一つの才能だと思う」

 打ち終わってから、なぜトナカイさんがチートを欲しがったのか何となく見えてきた。

「トナカイさん自身が弱くても、周りにいい友達がいれば、きっと強くなれる。一人でもがくよりずっと効率がいい。トナカイさんには特別な才能が、確かにあるよ」

 返信はなかった。

「だから、ランクだけじゃなくて、僕たちも気にしてほしいな。僕たちがいるってこと、トナカイさんにとっての才能なんだよ」

 トナカイさんは言った。

「そっか……、ありがとう」

 すぐに続けて投稿される。

「サンタクロースって知ってる?」

 トナカイさんの口からその名前が出たことに、驚かなかった。

 何となく察しがついていたからだ。

「知ってる」

 僕は短く返した。

「僕はね、自信を下さい、ってお願いしたんだよ。そうしたら、チートのソフトがプレゼントされた。これで、自信を手に入れてね、っていわれた」

 チートを使うことすなわち、他の人をぼこぼこに倒すこと。俺最強を作り上げること。自己肯定感の低いトナカイさんにとって、それは一見すると、必要なソフトに思える。

「でもね、チートを使っている内に、さらに自信がなくなってきたんだ。あっという間に死んでいく人を見ても、何にも思わなくなる。自分がチートに頼らなくてはならないっていう事実を、ただ、突きつけられるだけだった」

 トナカイさんの独白は続く。

「だからね、本当は今回も、プレゼントさんと一緒にプレイしたくなかったんだ。僕の弱みが、痛いんだ」

 僕はそれ以上独白させてはならない気がして、口を挟んだ。

「僕はね、サンタクロースに、元のトナカイさんをプレゼントしてくださいって頼んだんだよ」

 次は画面越しに見えるトナカイさんを見つめ、指を動かす。

「だって、元のトナカイさんの方がプレイしていて楽しいから。ゲームは強ければ何でも面白いものじゃない。プレイする人がいるから楽しいわけで、そのプレイする人が面白くなかったらそれはゲームじゃないんだよ」

 それ以降、僕たちは不正行為を行うことなく、ゲームを楽しむことが出来るようになった。

 サンタクロースのサイトはいつの間にか閉鎖され、誰のために何のプレゼントを行ったかは、全て闇の中へ消えていった。

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