この大地の何処かに君がいる(打ち切り)
北川夏火
1話 観察眼
「イルゼ、下がって見ていろ」
父、コルアの声に従い、僕はバックステップで後ろに下がる。父の目の前には魔物が複数いた。
「父さん、こいつら強いの? 何て名前? 」
と、父に訊ねる。父はその問いに答えず練習用片手剣でリズムに乗ったかのようなスピードで魔物をなぎ倒していく。やがて魔物を全滅させると片手剣を腰に掛け、此方へ歩きこう言い放った。
「昨日教えたこと、まさかもう忘れちまったのか? ゴブリンだよ、ゴブリン。 そんなことも覚えれないうちは当分村を出れないな。それともなんだ、やっぱり俺の店を継いでくれる気にでもなったか? 」
ゴブリン。
魔物に階級で分けるなら、最弱の魔物だ。だが、人間と同等、もしくはそれ以上の知恵を持つと同時に、学習本能がある。だから剣の使い方を覚えていれば人間よりも力のあるゴブリンは人間よりも強いということになる。冒険者の多くいる街ならともかく、冒険者のいないこの村にとっては脅威でしかなかった。
「ごめん、昨晩見せてもらった魔物図鑑より少し小柄だったからわからなかった。でもちゃんと動きは見てた、父さんかっこよかったよ」
昨日見せてもらった魔物図鑑は絵で描写されていたから、それ故に実物との違いが大きく判断を鈍っていた。
「正確に言えば、昨日お前に見せたやつはハイゴブリンさ。言っちゃえばゴブリンの頭目だな。奴は普通のゴブとは訳が違う。駆け出しの冒険者をトラウマへと突き落とす最初の強敵ってところだろうな。まあこの村付近では今のところ目撃情報はないし大丈夫だろう…おっと、客人のようだな。ちょうどいい機会だ。お前も倒してみろ。大丈夫、危なくなったら助けるからよ」
と練習用の片手剣を此方に手渡す。
躊躇いながらも受け取って剣を向ける。しかし先ほど父が倒したゴブリンより殺気があった。もしかしてこれがハイゴブリンなのかもしれない。けれど父は黙ってこちらを見ている。
父の言うことが本当なら、ハイゴブリンは駆け出し冒険者を何人か殺しているであろう化け物。ここからは心理戦が命取りになるかもしれない。
正面のゴブリンは、左手にこん棒を持っている。そして右手を背に隠している様子だった。昨夜見た魔物図鑑ではハイゴブリンの利き手は右利き統一。少なくともデータ上ではそうなっていたはずだ。人間と同じように左利きのゴブもいなくはないかもしれないが、なにかを隠しているのは事実だった。何度も初心者を突き落としてきたトラウマの現況。打撃用のこん棒を敢えて反対の利き手に持つなら本来の右に持つもの。背中に隠す必要があるもの。それは投擲として使えるものに違いない。考えられるとしたら、投げナイフなどの短剣だ。
僕は短剣を使ってくると考え、短剣を相手が使いやすいように近付いて剣を振る。すると予想通り相手はこん棒を下に落とし、後ろに避けて右手に隠し持った短剣を自分めがけて飛ばしてくる。
「イルゼ、避けろ!」
焦った父の言葉。だがしかし知ってたぜと言わんばかりに僕はその短剣を今朝護身用にともらった小さい盾で防ぐ。そうしてゴブリンの腹を片手剣で抉った。
「大したことないね」
僕は弾いたナイフでゴブリンに追い打ちをかけると、奇声を上げてその場で力尽きた。
「イルゼ、すまなかった。魔物云々の話をしたのにも関わらず自分がハイゴブリンということに気付いたのは短剣を飛ばす瞬間だった。情けない父親で悪かったな」
父は柄にもなくそう謝った。もともと自分に訓練させるために来ていたから余計に責任を感じているのかもしれない。
「大丈夫だよ父さん。見ての通り怪我はないしね。それにゴブリンと戦う時、なぜだか楽しかった」
相手の行動を読み取って、僕は今回実行に移した。あの土壇場で時間がまるで止まったかのような感覚になり、安全に倒せる最短の解決策を見つけられた。昔、父さんの言っていた誰にでもある固有スキルというものなのかもしれない。
「
パチパチパチと手をたたきながら此方に向かってくる謎の白フード。
「…どちら様で」
父が顔を顰めて声の主を見る。
「お初にお目にかかる…いや、コルアさんは私のことご存知でしたよねェ」
そう言いながら男はフードを上げる。そして、不敵な笑みを浮かべている顔が顕になる。
「私は魔王軍魔王直属七魔、回天のリザベル。またお会いできて光栄ですよ」
<hr>
この大地の何処かに君がいる(打ち切り) 北川夏火 @natititti
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