真事の怪談 ~4%の魔石~

松岡真事

前編『不思議』 ~人の理解を拒絶する何か、の話~

第1話 喪服の群れ

 公恵さんが、車で出勤先の書店に向かっている途中のことだった。


 いつも通る道沿いの月極駐車場に、彼女は一群の集団の姿を見つけた。

 ほとんどが男性だったが、2、3人、女性の姿も見える。そしてみんな、黒一色の服を着ている。


(喪服・・・?)


 確かに、喪服姿。中年以上の年齢の方々が10人あまり、駐車場にたむろしている。何をやっているというわけでもなく、各々が好き勝手な方向を見て、放心しているように見えた。


(近くで法事でもあったのかな)


 それにしても違和感のある人たちだな、と思いながら、彼女はそこを通り過ぎていった。


 仕事が終わり、彼女は家路を急いでいた。今日は彼氏のアパートにお泊まりする予定になっているから、いろいろと用意もしなければならない。

 持っていかなければならないものの数々を頭の中で反芻しながら、あの駐車場に差し掛かる。

(そう言えば、今朝ヘンな人たち見たんだっけ)

 不意に思い出し、視線をちょっとそちらへ向けてみる。と、


「ーーーー!!」


 顔が強ばった。

 彼らは、まだ居た。

 しかも駐車場のど真ん中に横一列に並び、こちらをーー道路の方を、凝視していたのだ。

「ちょ、危ないなこの人ら・・・」

 思わず口に出た。駐車目的の車が入ってきたらどうするのだ、と言いたかった。

 何をやっているのか。少し観察してやりたいとも思ったが、しかし何ぶん、運転中のこと。車の流れに従っていくうちに、喪服の集団は公恵さんの後方へと小さく消えていった。


 さて、それから数時間後。


 公恵さんは、予定通り彼氏の部屋で楽しい時間を過ごしていた。

 だが、会話がふと途切れたりする時、何となくあの喪服の集団のことを思い出してしまい、その度に何ともモヤモヤした気分になってしまう。

(本当に何の集まりなのよ、あの人たち)


 そう言えば、このアパートからはあの駐車場は徒歩五分くらいだ。


(まさか、今もいるんじゃないでしょうね)

 一度本格的に気になると、もうどうしようもなくなってしまった。

「あ~、私ったら、忘れ物しちゃったぁ!」

 え、何を?と問う彼氏に、「ううん、ちょっとね」と繕いの笑いを送り、

「コンビニ、近くにあったよね。そこで買ってくるから、ちょっと待ってて!」

 外は暗くなってるし俺も行くよ、と彼氏は言ってくれたが、それでは都合が悪い。「パパーっと帰ってくるから!」と言い残し、慌てるように外へ出た。

 駐車場への道を歩く。途中にコンビニもあるから、帰りにリップクリームでも買って帰れば嘘をついたことにはならない。


 もう、あんな人たちなんて居ないはず。

 それを確かめれば、自分も安心できるはず。


 まったく神経質なんだから・・・と自分の性格に愛想を尽かしながら、公恵さんは早歩きで、3分あまりかけて月極駐車場に到着した。

 バーの降りた向こう、駐車場の中を、ちらっと確認してみる。

 そしてーー

 彼女は直ぐに踵を返し、さっきより更に早足で、彼氏のアパートへ引き返していった。


 喪服の集団は、まだ居たのだ。

 暗くなった駐車場のど真ん中で、「かごめかごめ」をやっていた。

 一人、やっぱり喪服を着た年輩らしい女の人を囲んで、手をつないだ大人たちが大きく輪をつくり、回っている。

 そのスピードが、やけに早い。DVDを5倍速くらいにしたような速度。


 全員、無表情。


 見たのは一瞬だけだったが、完璧に網膜にこびり付いてしまったという。


 結局、あの集団を見たのはそれが最後だった。

 その正体についてなどは、もう一切考えたくないという。

「自分一人の心の中にしまっとくにしてもイヤーな話だったから、松岡さんには話しちゃったけどね」


 彼氏とは、何故かこの日を境に疎遠となって、結局別れてしまった。


 また、公恵さんのこの「かごめかごめの喪服集団」目撃からちょうどひと月後、親戚の法事に出かけた遠縁の叔母さんが、急性心筋梗塞を起こして喪服姿のまま亡くなるという出来事もあったそうだが、

 その因果関係なども、一切不明のままでよいと彼女は言った。

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