蒐集怪異談
@shike-moku
第1話 未来坂
Tシャツに汗が滲むほどの猛暑日。友人の男と喫茶店に逃げ込んだ。
日が暮れるまで数時間。自然と私たちは雑談を交わし、お互いの故郷の話に至った。
友人の男はとくに突出する個性もない田舎で育ち、都会へ出てきた。
思い出すことと言えば「未来の自分に出会える坂」と呼ばれる「未来坂」があるという。今まで聞いたこともない話に身を乗り出して話を聞き入った。
未来坂はある小さな山の麓にある神社までの道中にある100mほどの緩やかな坂だという。いつから噂されたのか、観光名所もない田舎では、その坂だけが唯一人が集まるスポットとなっていた。
特に女性が多く、山の麓の神社に参拝し、未来坂を下る時、未来の自分が登ってくるという。そこには一つ決まりがあり、決して未来の自分と目を合わせてはいけない。俯き加減に未来坂をおり、首より下だけを見えるように俯き加減で下る必要がある。
その未来の自分の隣に婚約者が見える、そんな噂で一時期、未婚者のメッカのようにようなっていた。
しかし、その地元で生まれ育った友人は、この話とは違う内容で釘を刺されていた。
「夜に未来坂にいってはいけない」
子供の頃では、ただでさえ夜は怖く、ましてや真夜中の光もない神社まで足を運ぶ理由もなく、その話すら忘れかけていた。
しかし、時が経ち、高校を卒業すること、やることもない田舎の街で友人ら3人は、この話を思い出し、軽い気持ちで真夜中の「未来坂」に向かってしまった。
月明かりがうっすらと足元を照らすほどの暗闇を高校生にもなった男たち3人が肩を寄せ合って歩みを進めていく。夜の神社に到着し、風に木々がざわめく音に怖がって早々に引き返し始める。この地元では誰もが夜の未来坂にいってはいけない、と言われているので、そのことばかり3人は気になっていた。登りより、むしろ帰りが怖い。
すーっと伸びた下りの未来坂は下から人が上がってくる気配はない。ましてや真夜中である。ただの迷信だよ。とお互いに湧き上がる恐怖心を慰め合い、足早に下り始めようとしたとき、仲間の一人が「あ、人が来る。二人。」と呟いた。たしかに先ほどまでは見当たらなかったが男性が二人登って来るのが見える。
友人らは3人だったので、自分たちとは別の田舎で暇を持て余した誰かが来たのだろうと軽い気持ちで未来坂を下っていった。少しずつ、未来坂を登る男、二人が近づくにつれ、彼らは少し違和感を感じたのだという。どうにも自分たちによく似てる。
10mほど近づいた時には、その違和感は核心に代わり、男たちは声にならない小さな悲鳴をこぼし、足早に未来坂を下降りた。
息も絶え絶えに坂を降り、小さな街灯の下で息を整える。誰も顔が青ざめている。
坂から登って来た男の一人は、顎から上が吹き飛ぶように消し飛んでいたという。
そして、もう一人の男は右手が、膝に届くほど擦り切れ伸び切っていた。
確実にこの世のものではない。しかし、それ以上に恐怖を感じたのが、この男達が自分たちと同じ背丈で、衣服、靴まで同じことだった。
「あれ、確実に●●と××だよ…俺はどこいったんだよ…大丈夫ってことか…」と友人の一人が冷や汗を垂らしながら喋り出す。
理解が追いつかないまま、ひとまず帰ろうとなり、それぞれ家路についた。
…
「…で、そのあとどうなったの?」と私は喫茶店で事の顛末を前のめりで聞いていた。友人は「今でも後悔しているし、いっても行かなくてもそうなったのかもしれない」と俯き加減で答えた。
頭が消し飛んだ友人は、予言のようにこの数年後、車の事故で亡くなった。高速道路を走る道中、向かいのトラックから落下した太いパイプが後ろを走っていた友人の車に突き刺さった。その際、同乗していた友人含む4人のうち、3人は奇跡的に無傷だったが友人だけ、彼めがけたようにパイプが顔面に突き刺さって即死だった。
「右手が擦り切れた男は…、もしかしておまえなのか?」と答え合わせのように言葉をこぼしてしまった。というのも彼は右手の肘から先がない。怪我で切除したとは聞いていたが、こんな理由だとは。
「正解、受験に失敗して浪人してる時のバイトが工場で、そこの機械でやっちまった」と作り笑いでこちらを見た。
「で、もう一人。何も見えなかった友達がいたろう。その子はどうなった?」と気になり質問をすると、友人はクーラーが聞いた喫茶店で目に見てわかるほどの汗を描き始めた。
「…いなかったんだ、そいつ」
と絞り出すような小さい声で語り出した。
3人でいった未来坂の未来の姿が見えなかった友人はいなかった。理解できずに困惑していると自動車の事故で死んだ友人の葬式の話をポツポツとし始めた。
その葬式で未来坂が原因としか考えられず、友人の親に土下座をして事の顛末を伝えたという。悲しみにくれる両親は、それ以上に今まで親しくしれくれた事のお礼を返して来た。誰も未来坂の言い伝えなんて信じていないのだ。
葬式の帰り際、亡くなった友人の母親が呼び止めて、こういった「さっき話してくれた未来坂で息子とあなたと△△くん?、息子からよくあなたの名前は聞いたけど、△△くんは同級生かしら」と真顔で聞かれたのだという。
よくつるんでいた3人だった。この家にもなんども遊びに来た。
忘れるわけがない。しかし、なぜ葬式にいないのだろうと気づいたのだという。
周りに参列していた同級生に△△は来てるか?と聞くと、みな口を揃えたように
「誰だよ、それ?」という。急いで家に帰り卒業アルバムを開く。自分のクラスのページを開いて愕然とする。△△などいないのだ。どこを探してもいない。記憶には確実にある△△が消えている。
ハッと思い出したように自分の部屋の壁に貼りっぱなしだった「3人で撮った記念写真」を思い出し、壁を振り返る。確かにその写真はあった。記憶では3人で肩を組んで笑顔で撮った写真。しかし、その写真は空間を挟んで肩を組んでいる自分と今日葬式にいった友人が不自然に笑顔でこちらを見ていたという。
「そいつ、いたのに消されちゃったみたいにいないんだ」
そう悲しげに語る友人は、昔の傷を撫でるように無くなった右手をさすっていた。
気がつけば、外は日も暮れて闇夜が近づいていた。
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