11話:復旧
災害というものは唐突に起こるものであり、唐突に起こるからこそ災害になるとも言える。それはネットショックも同じだったが、通常の災害がゆっくり復興していくのと異なり、ネットショックはある日突然の復興を成し遂げた。
ネットショックが起こってから半月ほど経っていた。今では、「何が復旧した」「どこが倒産したか」は報じられても、ネットショックそのものの話題がニュースになることは全くなかった。ネットのない不便さを、ようやく社会が受け入れようとしていた時のことである。
朝っぱらから、溝口の部屋のドアがすごい勢いで叩かれた。ドアの音に紛れて、起きろという声も聞こえてくる。早くから元気なものだ。朝型の人間なのだろう。しかし、その人間には悪いが、溝口は夜型の上に昨夜は飲み会だった。夏休みに入ってから、サークルだけでなくプライベートでも飲み会がかなり増えた。
ドアの前に「起こさないでください」と札を立てなければ平穏な朝すら送れないのか? こんな理不尽なことをする人間など、本田くらいのもので、溝口もそう思っていたのだが、その実、千弘だったので溝口はかなり驚いた。
「なに?」
二日酔いで痛い頭を押さえ、寝起きのまま不機嫌に応対したが、千弘は気にする様子は微塵もない。それどころか、千弘もパジャマ丸出しという素晴らしい格好だ。
「ネットが戻った」
「は?」
溝口がドアを閉めようとするのを、千弘は裸足を突っ込んで防ごうとする。訪問販売並のしつこさだが、生身の足を挟まれて千弘は痛そうだ。ざまあみろと思いながら足を抑える千弘を溝口は見下ろす。
「待ってヒロ、話を聞いて」
「寝かせて」
千弘はドアを閉めさせないことに執念を燃やしている。今度はドアを両手で押さえ、その隙間から顔を出した。こいつの天職は、商社でもスパイでもなく、悪徳訪問販売業者の営業なのではなかろうか。
「インターネットが戻ったんだよ。今まで通り!」
「嘘だろ?」
その報告をするためにノックをしてきたのだとしたら、悪いことをしたかもしれない。溝口は心の中だけで反省した。
「嘘じゃない!」
千弘のテンションは異常ですらあった。起きてしまってはしょうがないし、水でも飲むかと、溝口は共用の台所へ向かう。そこには、これまた千弘に叩き起こされたらしい鹿島が半分目を閉じたような状態で立ち尽くしている。あまりに千弘が騒がしいからか、本田も起きてきた。
「スマホもパソコンもioTも全部元どおりだよ。考えられる?」
溝口は寝ぼけた頭で首を振った。頭の痛みが増す。
「だって、昨日まで全然ダメだったじゃん」
「そうだよ、でも今日は動いてるんだよ!」
それを聞いて、溝口はのそりとスマートフォンを取りに戻って電源を入れた。久しぶりに検索エンジンアプリを開いてみる。今まで、エラーとしか表示されてこなかった画面ではなく、懐かしい画面が現れた。眠気は一気に冷めた。
「嘘だろ」
「言ったじゃん。本当だよ」
千弘は自慢げだ。千弘にとってインターネットとは、授業中にゲームをして友人や恋人やバイト先に連絡を取るためのツールでしかないだろうが、それでもインターネット環境が戻るというのは大ニュースらしい。
「なんで、今日になって急に?」
「
不思議がる溝口に答えを出したのは本田だった。
「
「プロバイダーなんか山ほどあるのに契約できるの?」
「プロバイダーの元締めみたいなのがいるから大丈夫だよ」
元締めとは随分な言葉のチョイスだが、一発で意味は伝わった。
「厳密に言えば、インターネットの全てが復旧したわけじゃないんだ。中には潰れたプロバイダーだってあるから、そういうプロバイダーが管理していたウェブサイトは見られなくなる。日本では、倒産しても他社が引き継いでるから、日本のサーバーのウェブサイトは全部見られるはず」
本田は、そう言いながら自室へと移動しはじめた。手招きをしているので、皆は親について歩くヒヨコのように、ぞろぞろとついていく。
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