第33話 お互いの普通の反応

「まあ、とりあえずはねー」



 考えても仕方ないとばかりに、レナはパンと手を叩いて他全員を注目させる。



 「ここは逃げた方がいいかなー。ここにいてもしょうがないしー、私達にできる事は自分達の世界に返ってさー、この事を報告に行くくらいだよー」


 「ちょ、ちょっと待ってください! それだと魔人ブレイザーが起きたら、そのまま町に行っちゃいます! なんとかしてここに魔人ブレイザーを止めて置かないと!」



 離れるべきとレナは主張するが、その意見を慌ててシスリーは止める。



 「でも、私達にそんな事ができるー? まずやるべきは願望じゃなくてー、現実的行動だと思うなー」


 「う…………そ、そう……ですけど……」



 客観的に見てレナの言っている事が絶対に正しい。


 シスリーは魔人ブレイザーをここに止めたいと思っているが、その手段がシスリー達には無い。


 レナやリーンベルが攻撃された時のような“幸運”が起こったとしても、結局魔人ブレイザーに勝てないのでは意味がないのだ。


 魔人ブレイザーに対してやるべきは時間稼ぎでなく勝利の二文字。


 しかし、それはあまりにも叶わぬ願いだ。



 「でも……」



 しかし、だからといって自分達の世界に戻り魔人の報告をする事は、この耶麻鳴町やまなるちょうを見捨てる事を意味する。



 「でも…………でも……でもでも!」



 自分達の世界に関係無い耶麻鳴町やまなるちょうを救う程、シスリー達には余裕も義務も義理もない。


 あの、魔人が眠りから覚めた時、耶麻鳴町やまなるちょうの破滅をきっかけとしてこの世界は蹂躙されていく事だろう。


 さほど時間はかからないはずだ。地平線が燃え、空と地は真紅に染まっていき、世界は静まる事の無い焔で覆い尽くされていく。


 ここ、耶麻鳴町やまなるちょうから破壊は始まるのだ。


 そう、シスリー達と何の関係も無いこの世界が、この町が――――――――世界終焉の鐘を鳴らす。



 「私達のせいで…………こうなったのに」



 シスリーの無力と怒りの入り交じった無念の呟きだった。



 「シスリー…………」



 トゥトゥラが優しくシスリーの肩に手を置く。



 「全く…………アンタってばやっぱ悪党に向いてないわよ……」



 当然トゥトゥラもリーンベルもレナもわかっている。自分達の世界のいざこざでこうなってしまった事を。


 しかし、それをどんなに悔やもうとも現実は変わらない。どんなに無責任だろうと、無様だろうと、自分の弱さを憎もうとも、やれるのは帰還する事だけだ。



 「こんな事になるなら……こんな事になってしまうなら…………」



 そのシスリーの呟きはトゥトゥラもレナもリーンベルも思った事だったのだろう。


 シスリーは項垂れて独白した。他三人も同じように独白する。



 「あの時、なんとか連れて帰って二リットル程度の注射を三十本打っていれば…………」


 「あの時、さっと連れ帰って粒子分解して人格崩壊させてれば…………」


 「あの時、すぐに連れ去って凄い量の痛み止め射してちょっと全身串刺しにしていれば…………」


 「あの時、その場で心臓を抉り出し雑巾絞りしておけば…………」








 ――――――その直後。







 「おかしいだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」






 もう会えないはずの男の声が聞こえた。






 「おかしいよ!? おかしいでしょ!? ねぇ、おかしいよね!? 言ってる事おかしいと思える内容だよね!? ええ!?」



 聞きなれた明瞭なツッコミ声だった。



 「なんでそうなるんだオイッ! そこは嘘でも「私達はこの世界に来るべきではなかった……」とか、なんかそんな感じな自分を責める言葉を言う所だろうがぁぁぁぁ! なんでそんな人体破壊するコメントが出てくるんだお前らわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」



 それは紛れもない露木雅久の声だ。その声が四人の中に響いてきたのである。



 「え……だってその通りじゃないですか? 露木さんをさっさと細切れにして生き血も全部栄養にしちゃえば、こんな事にはならなかったですし…………」


 「シスリーさん!? あんたあの時そんな発言なかったよね!?」


 「いやー、だってコレを言うと露木さんが考え過ぎると思いまして」


 「最初言ってた事と、さっきの発言にどれだけの差があったんでしょうかね!?」


 「なんだー。露木君ってー、結構怖がりだったんだねー。見た目通りの臆病者かー。ハハハハー」


 「お前は何故、今ここで笑顔を振りまきながら喧嘩を売るのか!?」


 「見損ないましたよ露木雅久。その程度できないなら、心臓を握りつぶされた時に発狂してしまいますよ?」


 「それ発狂できねぇから! 即死だから! そしてお前が四人の中で一番無慈悲な台詞流してたから!」



 シスリー、レナ、リーンベル、それぞれの脳内には雅久の声が聞こえたはずなのだが、それに対する質問は一切なかった。



 「アンタ達? とりあえず、なんで露木の声が聞こえるのか色々疑問に思ったりしないのかな? そう思うのは私だけなのかな?」



 思って当たり前、至極真っ当な意見をトゥトゥラが呟く。



 「いいか! ここでいつものボケもツッコミも終わりだ! ボケは終わりだからな! 終わりだからな……いいか終わりだぞ……………………よし! で、そんな事よりもだ!」



 何処か呆れ疲れたような雅久の声が四人の頭に響いた。



 「今からお前らでオレを一斉全力攻撃しろ!」



 突然、雅久はとんでもない事を言った。



 「え……ど、どういう事よ!?」



 てっきりこの状況を説明してくれるのだと思っていたトゥトゥラだったが、雅久から出てきたのは更なる疑問だった。



 「そのまんまの意味だ! お前らでこの魔人ブレイザーを殺すんだよ!」


 「そ、そんなのできるワケないです! 私達の力なんて魔人ブレイザーの何万分の一すらも無いんですよ!? それに例えそれができたとしても、それは…………」



 雅久も殺す、という事になる。


 目の前の魔人が雅久から生まれたモノである以上、それは雅久本人ともいえるだろう。二人は別人ではあっても別者では無いのだ。


 だが、雅久はその自分である魔人ブレイザーを殺せという。



「オレの事を気にしてるなら問題ない。魔人ブレイザーが死ねば“反転”して魔人が封印されてオレが復活できる。むしろ、魔人ブレイザーは殺してもらわなきゃ困るんだ。オレと魔人ブレイザーは死ぬ事で入れ替わる、表裏の存在になってるからな」


 「は、反転? 表裏…………ですか?」



 雅久から聞きなれない単語が飛び出す。


 だが、たしか寿々花が似たような事を言っていた事を思い出す。



 雅久と魔人ブレイザーは命が失われると裏表が逆となるのだと。



 「当然、お前らでも倒せるように無限幻想骨格装甲はオレが押さえて最低値まで弱体化させる。エネルギー源である飛躍次元胎動機関を抑えれば魔人ブレイザーといえど力は出せない。既に生み出されて全身に蓄積された四大力は排出できないなら感じ取れる圧力はそのままだが、それは錯覚だ。実際は弱体化しているから気にしないでいい」


 「……へ? え? え? はい……?」



 流れるように雅久から出てくる知らない単語にシスリーは動揺する。その言葉があまりにも雅久からかけ離れたモノに聞こえるからだ。



 だが、そんなシスリーを他所に約三名全く気にしてないヤツらがいた。

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