第6章 現実
6−1
警察からの事情聴取で三日潰れた。
あの状況だ、俺が重要参考人として連れていかれるのも無理はない。
事件の直後はひたすら部屋に押し込められて質問責めにあっていた。
スマホも預け、通話記録やらメールの履歴やらも全部見られてしまった。
全力で走っていく俺の目撃証言や現場の状況などから外山ゆかりを殺害した容疑は早々に晴れていたが、なにぶん、彼女との関係が関係だけに過去も含めて根掘り葉掘り問い詰められる羽目になった。
俺の容疑が晴れたその次は、水川先輩が外山を殺したのではないかという話になったのだが、俺に送られてきたもの以外にも、外山自身のスマホには身動きできない状態の先輩を撮った写真が何枚か保存されていたらしく、その可能性はすぐに潰された。
そして警察の結論は、外山ゆかりが自分で自分の首を切り裂いた、つまり自殺ということになったのだった。
この事件がニュース等で大々的に報じられることはなかった。
特に報道規制をかけられたというわけではなく、女が他人の部屋で自殺したというだけでは何の面白みもないということらしい。自分で自分の首を大きく切り裂いたという猟奇的な情報はどこからも流れていなかったので、もしかしたら具体的な現場の状況については何らかの情報統制があったのかもしれない。
俺の容疑が晴れて以降の話は、逆村さんが知り合いの刑事から教えてもらった情報を又聞きしたものだ。警察自身はもっと色々な情報を手に入れた上で今回の判断を下したようだが、さすがにそこまでの内部情報は外に出せないらしい。逆村さんが何か知っている素振りを見せていたが、結局教えてもらえなかった。
事件が起きてから五日後の昼過ぎ、事務所で書類を作っていると、林田さんがやってきた。今日はカジュアルな服装をしている。外に出る類の仕事が入っているのだろう。
「あれ、凪島さん、来てたんですね」
昨日は休みをもらっていた。色々あって疲労がたまっていたのだ。
「うん。もうすぐ出るけどね」
「あ、そうなんですか」
「面会できるようになったみたいだから、行ってくる」
「あぁ、水川さん……」
あの日先輩が病院に運ばれてから昨日まで、ずっと面会謝絶状態だった。医師立会いの元での警察による事情聴取はあったらしいが、親類でもない赤の他人が面会できるようになったのは今日からである。
「夕方には戻ってくると思うけど、林田さんも出るんだよね?何時になりそう?」
事務所を空にするわけにはいかない。このあと赤岡さんが来る予定になっているが、もしも空白の時間ができるなら前もって伝えておいたほうがいいだろう。
「いえ、今日は私、ひたすらここでデスクワークです」
「あ、そうなの?」
先輩が入院している部屋は個室だった。
他の部屋が埋まっているというわけではなさそうだったので、別の理由があるのだと思われる。大方、先輩に憑いている淀みの情報が何処かから伝わり、色々な方面に配慮した結果なのだろう。
扉をノックする。
「……どうぞ」
数秒後、中から声が返ってきた。どうやら起きていたみたいだ。
「失礼します」
「あぁ、やっぱり君か」
扉を開いた俺を見て、先輩はそう呟く。
先輩はベッドから身を起こしているが、何かしていたというわけでもなさそうだった。
「身体の調子はどうですか?」
「悪くはないよ。明日明後日にはもう退院できるみたいだね」
「あ、そうなんですか」
しかしその内容とは裏腹に、先輩の顔には翳りがある。
「……それにしては浮かない感じですね」
「まぁ、退院したところで家があんな状態だとね」
「あぁ……」
あの日の真っ赤な光景が目に浮かぶ。
あれだけ飛び散った大量の血は、どう頑張ったとしても全て拭い去ることはできないだろう。そうなると、退院してもあの部屋に戻るわけにはいかない。
「荷物はほとんどないから引っ越すのは楽だけどね。部屋を探すのが面倒だな」
先輩はそう言って軽く笑った。その声はどこか乾いている。
「先輩、あの、これを」
俺は道中で買ってきたりんごゼリーを取り出す。見舞いに来る以上何か持って来るべきだと途中で気づいたので、慌てて買ってきたものだ。
「ん?あぁそうか、そういえば私はりんごが好きだったね。おやつに頂くことにするよ。ありがとう」
他人事のような言い回しがどこか引っかかったが、先輩は言葉を続ける。
「で、凪島くん。今日の目的はただのお見舞いってわけじゃないんだろう?」
先輩は微笑みながらそう言うが、どこか捨て鉢になっているような雰囲気を漂わせている。
「状況が状況だ、色々と私に聞きたいことがあると思う。もちろん、私から君に聞きたいこともある。いい機会だし、ここで腹を割って話をしよう。幸い、この部屋には私達以外いないしね」
そう言われてしまったら、俺はただただ頷くことしかできない。
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