愛しかない
ナズ森
第1話
自分でもつまらないことで喧嘩した自覚はある。
高校を卒業してすぐ俺、白咲檬架は、所謂恋人の男と同じマンションの一室に暮らし始めた。一緒に暮らす前から、幼稚園からの幼馴染、家が隣同士の俺たちはお互いの行動パターンはほとんど分かっている。
特に俺は相手の家に泊まりに行くことが多く、普段の家での生活も大体知っている……はずだったのだけど。
例えば洗濯物を畳むのが破滅的に下手だったり、例えばシャンプーは中学からずっと同じものを使っていたり、例えば俺が仕事から疲れて帰った夜ソファの上で待ちくたびれて寝てしまってたり、例えば送り出すいってらっしゃいに元気を貰ったり無性に離れ難くなったり、例えば「おかえり」に胸がくすぐったくなったり。
そういう小さな小さな発見が楽しかった。
もちろん嫌な部分だって見えたし、今回の喧嘩の理由も楽しみにして置いたみたらし団子を俺が勝手に食べたことだし。…しかもこれで3回目なのもまずかった。
ここで俺が謝れば良かったのだけど、運悪くその日は二日酔いで頭痛が酷くて、うじうじ文句を言ってくるのに意味もなく腹がたって、
「うるさいな…また買えばいいだろ。めんどくさいなぁもう」
なんて、突き放すようなことを言ってしまった。
夏の暑さが残るその部屋から消えた相手を構う余裕もなく二度寝した俺を、過去に戻って殴り倒してやりたい。
目覚めたのは、恋人の母親からの着信。
日が暮れ、部屋に夕日が差し込むベッドの上で、消え入りそうな声を聞いた。
「落ち着いて…聞いて欲しいんだけどね、…嘉が、信号無視したトラック、に、轢かれそうになった男の子を…っ助けようとして、…それで……それ、で……っ」
外からは蝉の声が響いていた。右手が携帯を持っていられなかった。今は夏なのに、自分の体温が急激に下がっていくのを感じた。
羽澄嘉は、もうこの家に帰ってこない。
愛しかない ナズ森 @sana_0310
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