ByeByeBlue
河野辺山人
序 えんかうんと
【一番高く買ってくれる人に、処女、売ります】
その瞬間、人生がひっくり返った。
我が目を疑う、という表現が大げさでないことを、その瞳を持って5回確認し、続いてスクリーンショットで画面を保存した後、思考が止まる。
なんだ、これ?
夜の10時、一人暮らしのアパートで、日課となったツイッターの巡回中。
それまでの、40年にわずかに届かないけれどもそれなりに長いはずの人生で、ついぞ遭遇したことのない文字列。
【一番高く買ってくれる人に、処女、売ります】
モノクロのシンプルなアイコンは、感情の覗えない、憂いすら帯びた瞳のイラスト。その右横に表示されている文字列から想像されるような、いかがわしい雰囲気は漂いもしない。
ふむ。
熟考する必要はない、と、スマートフォンの画面に指を運び、そのアイコンをタッチする。
画面が切り替わると、件の発言を最新のものとして、過去の発言がズラリと並ぶ。
これで、その発言が本気かどうか、一応、分かる。
そもそもが、冗談ばかりを言っているアカウントなのかもしれないし、たまたま気まぐれで、5分後には消してしまう発言なのかもしれない。
そんな一瞬の気休めは、5秒で吹き飛ばされた。
【15才の処女だぞ。サイコーだろ。100万くらい出してみろよ】
最新の投稿は、件の発言がブラフではないことを補強し、さらに読者を煽る要素を追加して、全世界へと放たれていた。
指が踊り、過去の発言すべてをなぞり、貪るように言葉の奔流を脳に流し込む。
曰く、自分は貧困である。
曰く、世の中、所詮、金である。
曰く、どうせこんな文章読んでいる奴は、金を出さなきゃ女とも会えないようなクズでキモいオッサンに決まっている。
曰く、そんなオッサンに助けてもらうしかない、糞のような人生、生きてる価値なんて微塵もない。
その挙句の「処女、売ります」。
「……正気か?」
遡れる過去の発言は、1週間前が最古。
作ったばかりの冗談アカウントだと思えば、広い世界だ、そんなバカもゴマンと居よう。
けれども、
「面白い、な」
画面の向こう、世界の何処かのサーバーに刻まれた『想い』が、熱い。
インターネットの、おまけに匿名での発言ではしばしば、世間や他人を揶揄し、バカにし、暴言を繰り返しては一人悦に浸る、そういう人物がゴロゴロと存在する。
ついでに、それを『芸風』として、いかに言葉少なく他人を罵倒できるか、をウリに名を馳せているキャラクターも少なくない。
そういう人の大半は、インターネットから切断された瞬間に、その暴力性が剥ぎ取られ、いわゆる善良な一市民の仮面を被って波風の立たぬ社会生活を送る、普通の人に過ぎない。
けれど、これは、
「違う、かも」
直感だ。根拠はない。当たっていても外れていても、痛くも痒くもない。
ただ、もし、これが本物で、触れることが出来たなら、
「面白い、かも」
たったそれだけの覚悟で、滑らかに人差し指は、フォローボタンを押していた。
アカウント名、「
それが、一介のオタクに過ぎないアラフォー負け犬リーマンが、決して報われることのない契約を結んでしまった瞬間だった。
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