第10話 君の名は~ナガミヒナゲシ

 もう何年も前の事だ。ある年の春先に、突然、ややくすんだ橙色のケシの様な花が街のあちこちに姿を見せるようになった。園芸種のようにも見える可憐な小ぶりの花を咲かせるこの植物にはナガミヒナゲシという名前がついている。ヨーロッパや西アジア、北米などの広範囲に見られる植物で外来種だ。Wikipediaで調べてみると日本では60年代の初めには移入が確認されており、長く群馬県等北関東で繁殖していたが2000年を過ぎたころ、全国的に繁殖が確認されるようになったという。花が咲き終わった後は1600粒ほどの種子がばら撒かれる。


 ナガミヒナゲシは他の植物を追いやる物質を分泌するアレロパシーを持っている。セイタカアワダチソウもこのアレロパシーで在来種を圧倒してきたのだが、最近は在来種の方も対抗策を身に着けるようになり、以前に比べてセイタカアワダチソウはかなり少なくなってきているそうだ。ナガミヒナゲシはどうだろうか。同じ道をたどるなら、あと20年もすれば時々見かける綺麗な花くらいに落ち着く可能性はある。ただしパッと見は綺麗な花なので人間には見逃されている可能性がある。いや、それどころか明らかに残してあるな、という花壇すら時々見かけるのだ。


 同じ外来種のシロツメクサやオオイヌノフグリのように、普通にその辺に生える、綺麗な花を咲かせる植物として認識されつつある。


 ナガミヒナゲシもヒナゲシのように麻薬の材料となる物質は含んでいない。ただ、交雑の可能性は高いのだという。麻薬の材料となる阿片ケシは形状がヒナゲシとは色々と異なるが、仲間ではあるからありえる話ではある。

 この阿片ケシの、ナガミヒナゲシとも園芸用の八重咲のポピーとも異なる特徴の一つが、葉の付き方で、葉柄という構造~葉の根元から伸びて茎に着く柄の部分~がなく、茎を抱くように葉が付いている。これを抱茎という。花が咲き終わると球果が出現するが、これに傷をつけると乳液状のものが採取できる。これが阿片の材料になるのだが、これもこのケシだけの特徴で、例えばナガミヒナゲシの場合は”長い実”=細長い実であり球形ではない。

 もしも、ナガミヒナゲシではなく、白い粉をまとったような茎で花が落ちたら球形の実が出現するポピーが生えてきたら、それはポピー=ヒナゲシではなく麻薬の材料となる阿片ケシなので警察に届け出よう。ちなみに、雑草を趣味として長年草むらを観察し続けていたけれども未だにこの阿片ケシらしいものは見つけたことがない。生える所には生えるらしいのだが、割とヒトが少ない山村などらしい。


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