虹のふもとで

照砂 楽

第1話

「おはようございます。間も無く、活動開始時刻となります。ミズはウェイカルを服用の上、直ちに奉仕を開始してください。」


 ※どこにいても聞き取れる明瞭な音声※けんえつを発する街頭声器から、変わり映えのない朝が始まる。こんにちは旅行者さん。この国は初めてですか?では私が案内致しましょう。あぁ、はい、それは皆さん真っ先に訊かれることですので。僕は国一番の大通りをお客様の荷物を抱えて歩いて行く。宿泊施設までの案内かって?いやいや、まず向かうのは監督府の訪人課ですよ。とりあえず、さっきの質問と一緒にこの国のことをお教えしますね。


 辺境の山奥に突然現れる荘厳な壁。どこまでも高く、霞むほどに長く広がる壁は、この世の理想郷リストピアを守るために建てられました。リストピアに住む人々は監督府と呼ばれる統治組織によって産まれながらに3つに分けられます。公共事業に従事し、他の住民の雑務もこなす労働階級、ミズ。最も数が多く、※監督府の指導のもとで幸せな生活※けんえつを送る平民、ヒョウ様。そして最後にリストピアを維持するスポンサー、ミズを従えヒョウ達を束ねる特権階級ライ様。この※平等な分担制※けんえつこそが理想郷を支える大きな根となっているのです。


 いかがでしょうか?この国については、この通りです。さぁさぁ、お話してるうちに到着しました、ここで訪人の登録を済ませたらまたぜひお呼び立てください!観光案内は僕の仕事ですので。何でしょうか……まさかお礼なんておっしゃらないですよね?受け取ることはできません、僕は国の為に※喜んで奉仕※けんえつしているのですから。それでは、僕は外でウェイカルを飲んで待っていますね。



 親切な少年のロボットは、建物の外で透明なボトルに入った蛍光色のなにかを飲んでいる。とても親切なのだが、どうしても会話の端々で少年のものとは違う無感情な女の声が聞こえてくるのが気になった。それに先ほど少年の胸に表示されたリストピアの概略。ニヶ箇所だけ他とは違うフォントで表示されていたのはどういう事なのだろう。

 噂に聞きし理想郷……。ここで暮らす人々は皆、漏れる事なく至上の生活を約束されるという。ここまで決して歩きやすい道ではなかったが、家族も、友人も、すべてを棄てて私はここにいるのだ。

「こんにちは、ようこそリストピアへ。ご旅行でしょうか?」

 訪人課と書かれた看板の下で万年の笑顔を被せられたロボットが腰を折る。


「いいえ、亡命してきました。」

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