侵入

 その銃弾は、リザの体に突き刺さる――


 ――悲鳴。


 しかしその悲鳴は、リザのものじゃない。

 俺の悲鳴だ。

 俺は情けないことに、リザの死に、怯えている。

 まだ会って間もないのに……リザは……リザは……


「グレネード!」


 そう叫ぶ声が聞こえた。

 俺の後ろにいたアメリカ兵の一人だ。

 その直後、彼は開かれた自動ドアの中に向かって、グレネードを投げ込む。

 と同時に、俺の周りにいた兵士たちは一斉に伏せる。

 俺もそれに倣う。

 それから数秒後――


 ――凄まじい爆発音が炸裂する。


 その瞬間、俺は思わず目を瞑ってしまう。

 次に目を開けた時には、銃声は止んでいた。

 そして開かれた自動ドアの傍には、リザが横たわっている。


「リザ!」


 俺はリザに向かって駆け出そうとする。

 しかしそれを、兵士たちは止めた。

 俺の体を地面に押さえつけ、前に出ようとする俺の体を止めるのだ。


「何で止めるんだよ!」


 俺はまた叫ぶ。「お前らだって仲間だろ! 仲間を見捨てる気かよ!」


「大丈夫よ!」


 声がした。

 その声を聞いて、俺は思わず瞼が熱くなる。

 なぜなら、声の正体は、リザだったからだ。

 それからリザは上半身を起こし、ライフルを前方に構えながら開いたままの自動ドアの奥の、エントランスホールの様子を入念に確認する。

 そして、


「クリア!」


 リザがそう言った。

 それを聞いた直後、俺を地面に押さえつけていた兵士たちは俺を開放し、皆リザの方へと向かった。

 強化外骨格の分厚い装甲のおかげで、リザは無事だったようだ。

 なんと、傷一つ無い。

 リザ曰く、エントランスホールには侵入者を感知すると自動発射される機関銃が2艇、設置されていたという。

 いわばトラップだ。

 でもそのトラップはさっきのグレネードで吹き飛ばされ、今は鉄屑に変わっている。


「だけど、安心できないわ。ここにトラップがあるってことは、他にも仕掛けられている可能性は十分にある。気を抜かないで」


 どうしてハヅキは、そこまでして《ここ》を守っているのだろう?

 “ユーザーさんたち”が《ここ》にいるからか?

 だから“ユーザーさんたち”を守るために、《ここ》はこうも厳重なのか?

 とにかく、俺たちは進むしかない。

 トラップがないか慎重に確かめながら、俺たちはゆっくりと、少しずつ足を前へと踏み入れていく。

 トラップにはセンサーが使われているから、リザを含めた兵士たちは視界を赤外線モードに切り替えているようだ。

 それでセンサーを発見次第、ライフルでトラップを撃ち壊していく。

 そんなシーンが何度か続いた後だ。

 俺たちは《Q-TeK》の中庭に出た。

 《Q-TeK》の社屋は〇の形をしているから、その〇の内側に俺たちは出たのだ。

 しかし、そこにあった光景を目にした途端、俺は絶句してしまった。


 《Q-TeK》の中庭にあったもの。

 それは無数の死体だった。


 ここに来る前のブリーフィングでは、中庭には無数の黒い影があり、それはきっと〈レオ〉や〈ガルディア〉だろうという推測でしかなかった。

 でも、実際そこにあったのは、〈レオ〉でも〈ガルディア〉でもなかった。

 無数の死体だった。

 それも中庭を埋め尽くさんばかりの死体。


 ど……どういうことだ?


 俺の頭の中は混乱する。

 ここに来る途中、人の気配は皆無だった。

 俺たちを除いて、完全な無人。

 ということは、《ここ》は“ユーザーさんたち”を守る砦ではない?

 じゃあ、何だ?

 そして“ユーザーさんたち”は、どこにいる?


「ケケケ……」


 考えても無駄だ。

 天才ハヅキがやっていることだ。

 彼女の考えていることなんて、俺たちの想像をはるかに超えている。

 だから彼女の思考に追いつこうとすること自体が、無意味極まりないんだ。


「ケケケ……」


 俺の口から、またクソみたいな笑いが毀れてしまう。

 そんな俺を、リザもその他の兵士たちも、あのヘルメットの中で、気味悪そうな表情をして眺めていることだろう。

 だが、それがどうした?

 俺たちは地面に転がっている死体を踏まないよう、中庭を抜けた。

 中庭を抜けた社屋の最上階に、プレジデントルームがある。

 いわゆる社長室だ。

 そこには《Q-TeK》のCEOがいて、もしかしたらハヅキだっているかもしれない。

 《Q-TeK》社屋のフロアは事前にFBIの残党がリサーチして、俺たちに提供されていたから、大体の場所はわかっている。

 そこに向かって、俺たちは行くだけだ。

 そしてついに、俺たちは社長室の前までたどり着いた。

 当然、トラップのチェックは欠かさない。

 案の定、扉を一定以上開けば、社長室の中の機関銃が発砲されるトラップが仕掛けられていた。

 リザはライフルで器用にセンサーだけを撃ち抜き、トラップを解除する。


 リザは社長室の扉を、そっと開ける。

 そんなリザをカバーするように、3人の兵士は扉の向こうに向かってライフルを構えている。


 扉が開ききった。

 でも中の様子が見えない。

 社長室に明かりはついていない。

 真っ暗だ。

 だから中に入って、確かめるしかない。

 もしかしたら、他にもトラップがあるかもしれない。

 ここからは、さらに慎重を期さなければならない。

 俺たちは細心の注意を払いながら、これまで以上にゆっくりとした足取りで、社長室の中へと足を踏み入れる。


 しかし、そこで見たのは――

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