第3章 妹vs人類

衝撃波

「いいから、早く乗れ!」


 俺と瓜二つの男は、トラックの運転席からそう叫ぶ。

 まるで鏡の中の俺が、俺に警告を発しているような感覚だ。

 しかし俺は、そいつに従うことを躊躇っている。

 だってそいつが、俺の分身だったらどうする?

 偏差値が40を切った男のコピーだぜ?

 そんな奴の言うことなんか、聞けるわけねーだろ!

 バカじゃねーの?

 アホじゃねーの?

 クソだろ!

 信用できねーよ!

 ――って、誰か否定しろよ!


「もたもたするな! じゃないと、核爆弾の衝撃波に巻き込まれて、死ぬぞ!」


 ――死ぬ……


 ああ、そうだ。わかってるよ。

 このままじゃ命がないってことくらいな!

 だから――


「あとで、ちゃんと自己紹介しろよな!」


 俺はそう言って、俺とそっくりな男が運転するトラックに乗り込む。

 もちろん、チエちゃんも抱えてだ。

 そして乗った瞬間、大型トラックは走り出す。

 シートベルトをしめてから走り出す、なんていう余裕はない。

 大型トラックは一気に速度を上げ、市民公園を突っ切る。

 だが前方に黒い影が。


 〈ガルディア〉だ。


 〈ガルディア〉が俺たちを遮るようにして佇んでいる。

 でも俺の横でトラックを運転している男が、どうするかなんて想像はついている。

 というか、やることなんて決まってる。

 だから俺は目を瞑る。

 その直後――


 ――車体全体を大きく揺さぶる、凄まじい衝撃。


 それが俺の体にも容赦なく襲う。

 目を開ければ、フロントガラスに大きな皹が入っていた。

 そして案の定、さっきまで前にいた〈ガルディア〉の姿はなかった。

 つまりこのトラックが跳ね飛ばしたんだ。

 さっきと同じように。

 それからトラックは市民公園のフェンスを呆気なく突き破り、公道へ出る。

 そのままトラックは物凄いスピードで疾走する。

 でもだ。

 それで安心できるわけじゃない。


「シートベルトを閉めろ!」


 俺に似た男がそう叫ぶ。

 その理由はわかっている。

 だって核爆弾の衝撃波が、後ろから迫ってきているんだから。

 俺は男に言われた通り、チエちゃんを抱えたままシートベルトを締める。


「いいか! その状態のまま、シートベルトをしっかり握るんだ!」

「お、オーケー……」

 俺は力なく返事する。

 それから胸の中にいるチエちゃんに視線を落とし、

「チエちゃん、聞こえたかい?」

 俺は言う。「俺もしっかり抱えているけど、チエちゃんもシートベルトをしっかり握っているんだ。いいかい?」


 するとチエちゃんは、俺の胸の中で、無言で頷く。いい子だ。

 公道にはたまに人がいて、俺たちと同じ方向に向かって走っている。

 それを俺に似た男はクラクションを鳴らしながら追い抜く。

 車が走っていれば、クラクションを鳴らしながらも激突させ、無理やり追い越すスペースを作って追い抜く。


「ったく、マナーのいい奴だ」


 それより、俺たちが追い抜いていった人たちは、どうなるのだろうか?

 襲撃波に巻き込まれてしまうだろうか?

 そうなれば、やっぱり死ぬのだろうか?

 そんなことがぼんやりと頭をよぎったときだ。

 俺の背後で、凄まじい音が聞こえた。

 まるで大地が怒り狂い、叫んでいるようだ。

 それが何を意味しているのかは、俺にはわかる。


 衝撃波が、もうすぐそこまで迫っているんだ。


 バックミラーを覗けば、猛烈に迫ってくる曇った雲が、建物や人、車を次々と飲み込んでいる。

 その途端、それらは一瞬にして形を失っていく。

 まるで嵐が、砂でできた彫刻を吹き飛ばしていくように。

 俺はシートベルトを強く握りしめる。

 そして、言った。


「なあ、生きているうちに、自己紹介してくれよ」


 すると男は、一瞬だけ俺を一瞥した後に、こう言った。


「すぐにわかるさ」


 その直後だった。

 衝撃波が、俺たちを乗せたトラックを飲み込んだ――

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