観覧車
本物の妹は、自殺したから――……
しかし、今その話をするのはよそう。
偽物とは言え、妹はデートを楽しんでいる。
ここで悲しい思い出話をするのは、正直辛い。
だから本物の妹の話をするのは、もう少し後にしてくれないか?
そういうわけだから――
「じゃあハヅキ。浅草寺が嫌なら、どこへ行きたいんだ?」
俺は妹に問いかける。
いつの間にか時間は随分と経っていたようで、空を見上げれば、すっかりとオレンジ色に染まっていた。
もうじき日が暮れる。
まあ、妹のことだから、夜のデートスポットに指定する場所なんて想像がつく。
つまり――
「観覧車に行きたい! お兄ちゃん!」
ほら。やっぱり鉄板コースだ。
いいぜ。行こうぜ、観覧車。
そして俺たちは電車を乗り継いでお台場に行き、パレットタウンの大観覧車に向かった。
だがみんな考えることは同じで、俺たちが行った時には既に長い行列ができていた。
30分くらいは待ったが、観覧車に施されたイルミネーションが綺麗だったし、それを妹が目を輝かせて眺めていたから、良しとしよう。
それから観覧車の順番が回ってきたので、俺たちはゴンドラに乗り込む。
お互い向かい合うように座る。
そしてゴンドラは俺と妹だけを乗せて、上昇し始める。
これから16分かけて、俺と妹はこの密室の中で東京での空中散歩を楽しむわけなのだが……
……密室で……二人きり――
この言葉が頭に浮かんだ瞬間、俺は途轍もない過ちを犯してしまったことに、今更になって気が付いた。
それを裏付けるかのように、
「さあ、お兄ちゃん。やっと二人っきりだよ」
夜景を一通り楽しみ、俺たちの乗るゴンドラが頂上に差し掛かろうとした、そのときだった。
実に愉快そうに、妹はそう言った。
「ここなら、誰にも邪魔されないね」
それから妹の足首に、白い布がストンと落ちてきた。
白い布の正体を知って、俺は妹から急いで視線を逸らす。
「ねえ、こっち見てよ。お兄ちゃん」
妹は片足を上げ、その足で俺の膝を突っつく。
俺は一瞬だけ妹に目をやる。
すると俺の膝を突っつく妹の足首には、白い布が……つまりパンツが引っかかっていた。
妹はワンピースを着たままパンツを脱ぎ、俺を挑発しているのだ。
「なあハヅキ。言っただろ? 俺たちは兄妹だ。そういう関係にはなれない。わかるだろ?」
「それは人類の高度な文明を運営するための社会システムが維持され、人間の欲望を抑圧できる秩序が正常に作動しているときだけだよ。そういうことが言えるのは」
「今はその社会システムとやらが維持され、秩序が正常に作動しているときなんじゃないのか?」
「じゃあ、そんなシステムなんか、止めちゃえばいいんだよ。お兄ちゃん」
その直後だった。
突然、ゴンドラが止まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます