人類をハックする、ということ

 突然、ゴンドラが止まった。

 回転を続けていた観覧車が、いきなり止まったのだ。


「何だ? 故障か?」

「故障じゃないよ。お兄ちゃん。私が止めたの」

「――は?」


 妹から視線を逸らしていた俺だが、そのときばかりは妹の顔を見てしまった。

 すると妹に異変が起きていることに気付いた。


 妹の瞳が――俺から見て右側の妹の瞳が、赤く光っているのだ。


「ねえ、お兄ちゃん。ひとつ、いいことを教えてあげる」


 妹はそう言って、パンツをひっかけている足のサンダルヒールを脱ぐ。

 そして裸足になったつま先で、俺の股間をまさぐり始める。

 しかし、


「止めろ!」


 俺は妹の足首を掴んで、それを制する。

 そんな俺を見て、妹は不気味に笑う。


「いい? お兄ちゃん。この世界を思い通りに動かすことなんて、大して難しいことじゃないんだよ。例えば、ほら」


 妹は外を向く。

 俺は妹の視線を追う。

 それと同時だった。

 光で埋め尽くされていた東京の街が、次々と闇に閉ざされていった。

 レイボーブリッジも、スカイツリーも、全て闇の中に消える。


 大規模な停電だ。

 完全なブラックアウト。

 でも闇の中で唯一、妹の瞳だけが赤く光り続けていた。


「おいハヅキ。これは――」

「《ユニバース・リンク》」


 妹は俺の言葉を途中で遮った。

 妹は続ける。


「この世界のモノは全て繋がっている。それは自動車から家電、生活インフラから〈ガルディア〉のようなHumanoid Military Products、そして戦車から戦闘機、さらには核ミサイルの発射スイッチまで、ありとあらゆるモノが、ネジの一本単位にまで量子ネットワークによって接続され、しかも、《ユニバース・リンク》という、たった一つのIoTプラットフォームによって制御されている。一見、完璧に思える世界だけど、たった一つの穴さえ開けてしまえば、変えたいことはすぐに変えられるし、欲しいモノだって簡単に手に入れられるし、奪おうと思えば、何だって奪えるんだよ。例えば、そう。人の命だって――」


 ――後ろのゴンドラで響く、金属が歪む音

 ――そして悲鳴。


 俺は振り返る。

 すると俺たちが乗っている一つ隣のゴンドラに、異変が――

 なんとそのゴンドラの床が二つに割れ、ハッチのように開いているのだ。

 ゴンドラの床は、今日行った秋葉原のゲームセンターにあったクレーンゲームのアームみたいにぶら下がっている。

 だからそれに乗っている人たちの足元を支えるものはなく、足の裏は空中に晒されているはずだ。

 さらに――


 ――ガタン!


 ゴンドラとホイール状のフレームとを接続している部品が弾け飛んだのか、ゴンドラが傾き、大きく揺れる。

 そして、また悲鳴。


「おいハヅキ! まさかお前!」

「私はこの世界を簡単に、自由に、操ることができる。それは魔法やチートを使って最強の勇者になる、なんていう妄想とはわけが違うよ。この世界を動かしている仕組みを正しく理解し、その上で目標を到達するための正確な理論プログラムを組み立て、そして肉体的な記号コードと言語を上手く使いながら理論プログラムを実行していけば、こんな社会システムと人間の心なんて、簡単にハックできる。つまり“人類をハック”できる。それは極めて、現実的な方法だよ。私が、お兄ちゃんをハックしたように」

「俺は、お前にハックなんて、されてない」

「それはお兄ちゃんが気付いていないだけだよ。だってハックされてることに気付かれたら、それはハックじゃないでしょ? お兄ちゃん」


 ……くっ!


 俺は言葉に詰まる。

 妹はさらに続ける。


「ねえ、お兄ちゃん。もしこの現実的な方法を使って、“悪”が人類をハックしたら、私たちはどうなるかな? そしてその“悪”が、私だとしたら――」


 そして妹は、俺にこう告げた。


「――きっと人類は、滅亡する」


 その言葉が終わった後だった。

 俺は恐怖のどん底に突き落とされた。


 俺と妹が乗っているゴンドラの床が、突然開いたのだ。

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