【R18】になるのでやめてください
「うわわわわわわわー!」
玄関に、悲鳴が木霊した。
しかし、その悲鳴は俺の悲鳴ではなかった。
俺は悲鳴が聞こえた場所に目を向ける。
すると、開けられた玄関のドアの傍で、佇む一人の男がいた。
男は目と口を大きく開け、驚いている。
まあ、そりゃそうだ。
この光景を見て、驚かない奴は、きっといない。
男は手足が長いスラリとした長身で、レンズの薄いメガネと綺麗にセンター分けされた髪型、着ているのは皺のないワイシャツとスキニージーンズ。
その姿には、清潔感はあるものの、ちょっとフェミニンな雰囲気も漂わせている。
俺は、その男のことを知っている。なぜなら――
「あ! タケシお兄ちゃん!」
俺より先に、妹が男の名前を呼んだ。
そうだ。
この男は俺が幼稚園の時からの幼馴染で親友の、タケシだ。
しかしタケシはメガネのレンズをキラリと反射させながら俺と妹を見下ろした末、
「悪い……またあとにするよ」
と言って玄関のドアを閉めてしまった。
――最悪だ。
「待て! 待ってくれ! タケシ! これは誤解だ! 誤解なんだよ!」
「誤解じゃないよ! お兄ちゃん! 今からお兄ちゃんは、私とエッチなことをするんだから!」
「頼むタケシ! 頼むからこの妹の暴走を止めてくれー!」
――それから俺が大声でタケシに緊急レスキューを求めた甲斐もあり、俺はタケシから無事救出され、この場を乗り切ることができた。
いやホント、助かったよタケシ。さすが俺の親友!
「だがタケシ。俺の家に何の用だ?」
「お前の偏差値が30を切ったから、勉強を教えに来てやったんだよ」
「30じゃなくて、40な!」
「一緒だ。未来が無いって意味においてはな」
リビングに招き入れたタケシは、ソファーに座りながらお茶をすする。
「それにしても驚いたな。お前に妹が……ハヅキちゃんがいるなんて」
タケシは妹の方を一瞥する。
「ああ」俺は答える。「俺も驚いてるよ。だってついさっき、当選したんだからな」
「当選?」
「そうだよ。いきなり怪しい配送業者が押し入ってきて、妹を置いていったんだ」
「怪しい配送業者……ね」
タケシはいかにも頭良さげにメガネのツルを抑えながら考える。
まあ、それもそのはずだ。
なんだってタケシは学年トップで、筑波大学の最有力候補なんだから。
そしてタケシが思考した末に導き出した言葉が、これだった。
「〈
〈
「スゲーな! タケシ! 確かにそうだよ! さすが偏差値50!」
「50じゃなくて、70な! 〈
「ふーん」俺もお茶を啜る。
そんな俺をタケシは細い目で見ながらも、続ける。
「〈
「モニターって、俺は実験モルモットか?」
「ちょっとお兄ちゃん! 失礼だよ、それ!」
「そうか? 俺はさっき、お前のせいで大事なものを失いかけたぞ」
「童貞を失うことが、そんなに大変なことなの?」
「チゲーよ! 失いかけたのは、俺の尊厳だよ!」
「はいはい。もういいだろ」
タケシは俺と妹の間に入って、手をパンパンと叩く。
「兄妹ゲンカなんかしてる場合じゃねーだろ、ヨリ。お前、自分の立場を考えてみろよ」
そしてタケシはカバンを空け、その中身を机の上にドサリと広げる。
「なんだそれ? 今からそれを燃やして、焼き芋でも作るのか?」
「燃やさないし、焼き芋も作らない! 見ればわかるだろ! これは教科書と参考書と問題集とノートだ! これですることと言えば、一つしかないだろ!」
「そうだな。これらを丸めたり束にしたりすれば、鈍器になる。今からひと狩りするか!」
「バカか! 原始時代に戻ってどうする? いいか? ヨリ! お前は勉強をして、高度な文明社会を生きるんだよ!」
それからタケシは俺を強引に座らせ、俺の目の前で数学の教材を広げる。
かくしてタケシ塾が俺の家で開講したわけなのだが、目の前に広がる文字と数式の意味のわからなさに、俺の目が回る。
「悪いタケシ。俺は少し、気分が悪い」
「おい! まだ始まって5分も経ってないぞ! お前の体力は、亜鉛板と銅板と食塩水でつくるボルタ電池以下だな!」
受験問題ネタで俺をディスるのはやめてくれないか?
「そうだよ、お兄ちゃん! こんなの簡単だよ!」
突然、妹が俺とタケシの間に割って入ってきた。
そして俺から鉛筆を奪い、ノートにスラスラと数式を描き始める。
俺にとっては謎の暗号でしかなかった数学の問題が、わずか十数秒で答えが導かれる。
「すごいじゃないか! ハヅキちゃん!」
まさに驚愕!といった具合にタケシは大声を出す。
しかし驚いているのは、妹が受験問題を解いたこと、というより、他にあるようだ。
「さすがハヅキちゃんだ! こんなところまで“本物”そっくりなのか!」
それからタケシは妹の頭をナデナデする。
すると妹は気持ちよさそうな顔つきで、タケシに寄り添い、なつく。
猫だったら、きっと喉をゴロゴロ鳴らしていることだろう。
「おいタケシ。よかったらそれ、持って帰っていいぞ」
「遠慮しておくよ、ヨリ。俺はチエで十分だ」
「つーかお兄ちゃん! なに妹をしれっと譲渡しようとしてんのよ!」
妹はわざとらしく頬を膨らまし、俺に抗議の意を示す。
それを見て、俺は溜息しか出ない。
するとタケシは立ち上がり、
「じゃあ、俺は行くよ」
と言った。
おい! いったいタケシに、何があった?
「急にどうしたんだよ、タケシ? もしかしてお前、ついに世の中が勉強だけじゃないってことを悟ったのか! 偉い!」
「違うよ! ヨリ。俺は安心したんだよ。ハヅキちゃんがいるから」
「え?」
「勉強はハヅキちゃんに教えてもらえ。お前はもう、一人じゃないんだ」
「……いや、ちょっと待て!」
「そうだよ! お兄ちゃん! お兄ちゃんはもう、一人じゃない!」
「……いや、だから――」
「じゃあ、お兄ちゃん! 一緒に勉強しよ! 一緒に裸になって、ベタベタひっつきながら教えてあげるね!」
「じゃあ、ヨリ。頑張るんだ。お前なら、やれる」
「待ってくれ! タケシ! 頼むから、待ってくれ! 俺を一人にするな! そしてハヅキ! お前は脱ぐな!」
「ヨリ。次に会うときは、きっと成長していることだろうな。偏差値だけでなく、男としても――」
「だから、待てって!」
しかし俺の呼び止めも虚しく、タケシはリビングから姿を消してしまった。
俺はそれを追いかけようとするも――
「ダメだよ! お兄ちゃん!」
妹が俺の腕を掴み、制する。
振り返れば、既に下着姿の妹が――
「じゃあ、始めようね! お兄ちゃん!」
「うわわわわわわわー!」
その悲鳴は、今度こそ、間違いなく、俺のものだった。
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