妹との別れ
「ハヅキー!」
俺は叫び、落下したクレーンに駆け寄る。
それからグレネードランチャーを投げ捨て、クレーンを持ち上げようとする。
しかし、全く動かない。
強化外骨格によって筋力が増強されているが、それはクレーンの重さには適わない。
そして俺の足元に、血だまりが広がり始める。
血は俺の足を侵食し、そこから悲しみと絶望だけが、まるで乾いたスポンジのように俺の足から吸い上がり、それが心臓に向かって登ってくる。
そして悲しみと絶望が心臓に、心にまで到達した途端、力んでいた俺の体から力が抜ける。
と同時に、ハヅキの血だまりの中に、ペタンと座り込んでしまう。
「ハヅキ……」
俺を中心に、波紋が血だまりの表面を撫でる。
はじめは、ただの無気力だった。
だが、無気力だと思っていた正体が、悲しみと絶望であることをすぐに思い出させる。
無気力だった感情はビッグバンのように突然爆発し、一瞬のうちに、俺の中で深い怒りと憎しみが支配した。
そして――
「ぶっ殺してやる……!」
自分でも驚くほど、酷く濁った声が漏れた。
まるで悪魔の囁きだ。
でも、あながち間違っちゃいない。
俺は立ち上がり、腰のホルスターからハンドガンを取り出す。
電子制御されていない古い銃――ベレッタM92Fだ。
こいつで、〈奴〉の……〈フームα〉の頭をぶち抜いてやる!
誓いに似た憎悪を噛み締める。
〈フーム〉が持っていたグレネードランチャーもあるが、どうせ電子制御されているだろうから、〈フームα〉の前では使えない。
だが頭をぶち抜くくらいなら、
俺は目の前に聳える摩天楼――加速器の衝突地点へと向かう。
そこに〈フームα〉がいる。
「うおおおおおおおおおお!!」
俺は吼える。
吼えながら、階段を駆け上がる。
装置と装置の間を縫うように張り巡らされた階段を、ひたすら登る。
そしてたどり着いた。
そこは人の高さ以上の穴があいた、奥行5メートルほどしかない短いトンネル。
全てが金属でできている巨大装置。
だが全ての金属が、繊細な部品で構成されていることがわかる。
幾何学模様の彫刻が施されたようなその外観は、現実感を喪失させる。
まるで異世界への入り口か、宇宙人が残していった遺跡のようにも見える。
しかし、感慨にふけっている場合ではない。
俺はベレッタを前方に構える。
〈フームα〉の姿を探す。
だがトンネルの中を覗きこんでも、〈奴〉の姿は見えない。
だから俺は、ゆっくりと、慎重に、トンネルの内部へと入り込む。
「どこに隠れてやがる!」
俺は叫んだ。
だが、返事がない。
そして2メートルほど進み、トンネルの真ん中にきたときだ――
――突然、体が動かなくなった。
全く動かない。
足の指先から手の指先に至るまで、自分の体が石化してしまったかのように、完全に動かない。
――それは〈フームα〉が近くにいるということ。
体が完全に硬直したせいで、もしかして呼吸までできなくなるんじゃないか……そう思った矢先だ――
俺の背中に、衝撃が走った。
その衝撃で、俺は前に飛ばされる。
そして俯せになって倒れる。
鼻を強打した。
鼻の骨が折れたかもしれない。
とにかく物凄い量の血が鼻から流れ出し、床に広がり、それが俺の顔を濡らす。
しかし、そんなのは大した問題じゃない。
問題は、妹がくれた注射器が、遠くに転がってしまったということ。
手を伸ばせたとしても、届く距離ではない。
――あれがないと、〈フームα〉の近くで動くことができないのに……!
さらに注射器は、何者かによって蹴り飛ばされてしまった。
注射器は俺の視界から完全に消える。
もう、どこへ行ってしまったのかもわからない。
それから俺の腹部に、痛みが走る。
蹴られたんだ。
そして蹴られた勢いで体が180度転がり、俯せ状態から仰向け状態に変わる。
次に俺が目にした光景――それは俺と同じ強化外骨格を着た、人間に擬態した〈フーム〉の姿だった。
でも、さっきのとは違う。
見た目は同じでも、俺の体を完全に麻痺させ、動けなくさせている。この特殊な能力で、今まで誰も倒すことができなかった〈フームα〉……そいつが今、俺の目の前にいる。
〈フームα〉は、俺の手の中に残っていたハンドガン――ベレッタを奪う。
そして俺の強化外骨格のヘルメットを外し、俺の顔がさらされる。
きっと俺の顔は、汗で酷く蒸れているだろうから、髪の毛が頭皮や額にベッタリと貼りついていることだろう。しかも異常に濃い脂汗のせいで、顔は鈍くテカっているはずだ。
そんな俺の顔を直で見たいのか、〈奴〉もヘルメットを脱ぎ、俺の顔を覗き込んできた。
しかし、ヘルメットの奥に、顔は無かった。
〈奴〉は、やはり〈フーム〉……俺に見えるのは、顔ではなく、黒い影だけだった。
俺の体は麻痺しているようだが、呼吸はできる。
そして、目も動かせる。
その目で、できる限りの景色を見渡す。
すると〈フームα〉の後ろに、上から垂れるロープが見えた。
きっとあのロープに掴まって、まるでターザンの様に飛び降り、その勢いを借りて俺の背中を蹴り飛ばしたのだろう。
そこまではわかった。そこまではわかったのだが……知っての通り、俺の体は完全に麻痺し、完全に動かない状態だ。
だから、どうすることもできない。
完全な、無力だ。
そんな無力な俺の額に、〈フームα〉は、俺から奪ったベレッタの銃口を押し付ける。
ここで引き金を引かれれば、ゼロ距離射撃で確実に俺の脳ミソは吹っ飛ぶ。
つまり、間違いなく、死ぬ。
そして〈フームα〉は、トリガーにかかる指に、力を込め始める――
――さあ、どうする?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます