第27話
先ほどと同様、ドアはパシュッ、と音を立てて、呆気なく開いた。
そこは、明るい部屋だった。とてもミヤマのような、秘密組織の人間がいるとは思えない。いや、そうやって誤魔化そうとしているのかもしれない。
「し、失礼します……」
僕が声をかけてみると、
「おお、アルフレッドくんだね? 少し待ってくれ」
やや掠れた、しかしハキハキとした声が聞こえてきた。間違いない、ミヤマの声だ。部屋の奥から響いてくる。
この部屋はL字型に曲がっており、部屋の突き当りが左に大きく曲がっている。この曲がった先に、ミヤマはいるのか。僕たちを導いてきた、恩人にして謎のベールに包まれた男が。
僕はゆっくりと歩を進めた。この奇妙な形の研究室には、ワームホールの立体映像や、国際データバンク直通の電子本、映像機器の再生装置と磁気テープがずらりと並んでいる。
あちこちに視線を巡らせていると、研究室の曲がった先から、ひょっこりと人の頭が出てきた。
「うわっ!?」
「そうそう怯えないでくれ。私とて人間だ、あんまり冷たくされると傷つくよ」
豊富な白髪にふっくらとした頬。時代遅れの丸眼鏡に、僅かにしわの入った目尻。間違いない。
「あなたが、ミヤマ博士ですか?」
「いや、違う」
「え?」
僕は呆気にとられた。そんな、ここは彼の研究室ではなかったのか?
僕が困惑の色を隠せないでいると、
「冗談だよ、アルフレッド君。ミヤマは私だ。君たちをここまで誘導してきた」
すると、ミヤマは立ち上がった。やや腹の突き出た体形は、確かに立体映像再生機――今も僕の左腕に巻かれている――で見た通りだった。
「他には? ご友人はいるのかな?」
「あっ、はい」
僕はすっかり彼らのことを忘れていた。振り返ると、冷徹な表情を崩さないケヴィンと、無表情なフィン、彼女に手を握られているレーナが目に入った。
「四人だけか?」
「はい」
僕は肯定の返事を繰り返した。
「途中で、フレディ・カーチスさんという方に命を救われました。彼は亡くなってしまいましたが……」
思ったよりも長身だったミヤマは、両腰に手を当て、『彼の死は残念だった』と小さく呟いた。
「まあ、これからの君たちの立場というものがある。来たまえ。コーヒーと菓子しか出せんがね」
僕はゆっくりと、一歩一歩を踏みしめるようにして進んでいった。ここまで至ったという安堵感より、ミヤマの言う『君たちの立場』という言葉が気になって仕方がない。かと言って、指示に背くことも避けた方が賢明だろうとは分かる。
僕は再び三人を振り返り、軽く頷いてみせた。
L字型の突き当りを曲がり、少し進むと、再びスライドドアがあった。
またもや呆気なく、ドアはスライドした。
「ここが一番散らかってはいないだろう。ゆっくり休んでくれ」
その部屋もまた、明るかった。間接照明が為されているために、昼間の日光が差し込んでいるかのような錯覚を覚える。
広さは四方が七、八メートル。高さはケヴィンの手先が届くかどうか、というところ。中央にテーブル、その両脇に二人用のソファが鎮座している。奥の壁は超高硬度のガラスが嵌められていて、端から月がその姿を現すところだった。
よく見ると、入り口から見て右側にもドアがあった。何があるのか気になったけれど、今は散策は控えるべきだろう。
「無難な扱いだな」
と、久しぶりにケヴィンの声がした。ケヴィンは特に何を警戒するでもなく、ソファの方へ歩み寄っていく。
「あーったく、疲れるな。アルも座れよ」
反対側のソファを指さすケヴィン。するとレーナも、ささっと僕の方へ寄ってきた。
こうして、僕とレーナが左側、ケヴィンとフィンが右側のソファに腰を下ろした。
ここまで来るのに、思いの外僕たちは疲れていたらしい。一度腰を下ろした僕の口から出たのは、傍目を気にしない大きなため息だった。
腰を折って、膝の間に両手をぶら下げ、掌で額から顎までを拭った。そんな様子の僕を心配してか、レーナがそっと手を肩に載せてくれる。それに対して、僕は『大丈夫だ』という意味合いで彼女を一瞥した。レーナはそれを察してか、軽く頷いて手を離す。
その時だった。
僕たちが入ってきたのとは別な方のドアが開き、『失礼するよ』という声がした。
瞬間。まさにその直後。この部屋にいた全員が、雷に打たれたかのようにビクリ、と肩を震わせた。
今の声は――!
僕とレーナは立ち上がり、ケヴィンとフィンは振り返った。そこに立っていたのは、
「ポール……なのか?」
僕は呆然として、なんとかこの二言を喉から絞り出した。
部屋に入ってきたのは、真っ白い貫頭衣を身に着け、飲み物と菓子を盆に載せたポールだった。
僕たちはろくに身動きを取れないでいる。すると、ポールは冷静でありながら人懐っこい笑みを浮かべ、一歩、踏み込んできた。
「どうしたんだい、皆? 僕が生きているのが意外なのかい?」
「そりゃそうだろう!!」
声を荒げたのはケヴィンだった。
「お前が死んじまったって聞いて、俺たちがどれだけ悲しんだか、分かってんのか!?」
しかし、ポールは動じない。
「どうしたんだ? 僕が生きているのが、さも意外なようじゃないか」
ポールはまるで意に介さない様子だ。
盆を置いたポールに向かい、胸倉を掴み上げるケヴィン。
「ケヴィン、待ってくれ!!」
僕は慌ててケヴィンの腕を掴み、引き留めた。
「ケヴィン、今はアルに任せるべきじゃない?」
そう助け船を出してくれたのはフィンだ。
「あたしにも、そいつは確かにポールに見える。ここは、一旦落ち着いてみるべきよ」
それから僕に視線を寄越したフィンは、
「アル、あんたが一番ポールと仲が良かったわよね。何か質問してみて」
「う、うん」
僕は、さも生き返ったように見えるポールを前に、たどたどしく問いかけを始めた。
「君はポール……なんだよな」
「そうだよ、さっきから言ってるじゃないか」
また笑みを浮かべながら、ポールは首を傾げてみせる。何とか、彼とポールとの矛盾点を指摘しなければ。
「じゃ、じゃあ、僕たちが研究施設見学で行った場所、どこだったか憶えてるか?」
「もちろん。人工ワームホールの理論研究所だろう?」
確かに合っている――ここまでは。
「あの研究所で食べたカレーライス、美味かったよな」
「ああ、学食よりはね」
かかった。
僕は一旦俯き、上目遣いにポールを見据えた。
「君、ポールじゃないね」
「何故?」
「あの日僕たちが食べたのはオムライスだった。君の記憶は間違っている。つまりポールじゃない」
狼狽える気配を全く見せないポール。いや、偽者。
「そりゃあ間違いもするさ。僕たちは一体どれだけ食事をしてきたと思ってるんだい、アル?」
「なるほど」
僕は飽くまで、落ち着き払って言葉を続ける。
「つまり君は、学食にカレーライスがなかったのを知らなかったわけだね」
その時、微かにポールの口の端が引きつった。
「カレーライスは、学食にはない。近所の安い食堂で扱っているだけだ。さすがに、『学校でカレーライスを食べたかどうか』なんて記憶違いは起こらない。君が本物のポールだったら、ね」
すると、すっと偽者の顔から感情が滑り落ちた。
「……君は一体、何者なんだ?」
偽者は答えない。俯いたまま、微動だにしない。
すると我慢を切らしたのか、ケヴィンが声を張り上げた。
「てめえ、ポールじゃねえんだな!? ポールの真似して、何していやがる!?」
ケヴィンの鉄拳の前に、偽者はあっさり吹っ飛ばされた。数本の歯や鼻血が宙を舞う。真っ白な壁や床を背景に、赤い飛沫が鮮やかに舞い散る。
「酷いじゃないか、ケヴィン」
偽者は立ち上がり、前歯の折れた顔で、しかし笑みを見せつけながらこう言い放った。
「君たちだって、同じ存在なのに」
「何を言っていやがる!!」
「だから、君だって僕と同じ存在だってことだよ」
「それはどういう――」
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