第9話 ~コロポックルみたいに小さな君が残してくれたもの~
転移ゲートは心成しか薄くなっていた。
老女神フラーファの言った通り、すぐに消えてもおかしくはない状態なのだろう。
「よし、じゃあ右足からいくかな」
出す必要もない声を出すと、俺は右足を転移ゲートにいれる。
でも何か違うと思い、右足を戻した。
「何やってんだよ、俺。右足が違うなら左足でいってやる。さあ、帰るぞっ」
そして入れる左足。
でもやっぱり何か違うとの思いから戻していた。
「おいおい、何が違うってんだ俺。いいんだよ、これで。……そりゃ、こういうときってヒロインが“待ってぇっ”って来たりするけど、俺はそんなの求めちゃいないんだから」
「待ってぇっ」
「そうそう、こんな感じに――え?」
声のした方角を見る。
ワイバーンに乗ってやってくるカルロッテがいた。
皮肉にも――その瞬間、俺は迷いを吹っ切れた。
転移ゲートに飛び込んだ俺は、自室のクローゼットから転げるように飛び出してベッドの角に
でも痛がっている場合じゃなくて、俺はそのクローゼットの扉を閉めるとこちらから押さえ込んだ。
「かなめっ! 待って、かなめっ!! なんで何も言わずに1人で行っちゃうのッ!? かなめっ!!」
その瞬間、カルロッテの非難するような叫び声が聞こえた。
僅かに聞こえる叩くような音。
俺がクローゼットを押さえているせいで、こちらに来れないからだろう。
「ごめん。声を掛けることもせず戻っちまってさ、ごめん」
「か、かなめっ、いいからまずここを通らせてッ! 話はそれからだよっ、だから早く開けて――」
声に不安感を
老女神フラーファにでも聞いたのか、おそらくこの転移ゲートがもうじき消えることを知っているのだろう。
だったらもう、言うことは決まってる。
「それはできない。ここでサヨナラだ、カルロッテ」
一瞬、時が止まったような静寂が訪れる。
「なんで……? なんでそんなこと言うの?」
「転移ゲートが消えるって知ってるだろ。だからだよ」
「……そんなことどうだっていい」
「ど、どうだっていいってことはないだろ。戻れなくなっちまうんだぞっ」
「戻れなくてもいいっ、私はずっとかなめと一緒にいたいのっ!!」
「――ッ!」
悲痛を含んだ絶叫のカルロッテはそして――。
「かなめはそうじゃないの? あの日、電車に乗ったとき言ってくれた言葉は嘘なの?」
あの日、電車の中で俺は言った。
寄り添いたいと。
好きだから――
本気でカルロッテが好きだから――
ずっと一緒にいたいと思えるからこそ、だから――……。
クローゼットの奥から漏れる光が消えかかっている。
もう終わりにしなければならない。
「嘘じゃないよ。――でも寄り添うことはできない」
カルロッテの息を飲むような音が聞こえた。
大きさの壁は、幸せを形あるものにするにはあまりにも高すぎる。
俺にはどうしても、パートナーとしてのカルロッテの笑顔を想像することができなかった。
……カルロッテの声が聞こえない。
何か言って欲しいという気持ちと、このまま何も言わないでほしいという気持ちが
「ずっと、かなめのこと大好きでいるから」
その声ははっきりと聞こえ、光は消えた。
俺はクローゼットを開ける。
そこに転移ゲートはなく、ちっぽけな洋服ダンスが一つあるだけだった。
「う、ううっ、ぐふぅぅ、……ごめん、カルロッテッ……うううっ」
俺は止まることのない涙で両手を濡らし続けた。
▽▲▽
「え? お兄ちゃん、学校行くの……?」
玄関で靴を履き終えると、妹のかんなが目を見開いて聞いてきた。
「……まあな。悪いか?」
「悪いわけないじゃんっ。だって学校だもんっ。そういえば最近よく外出してたし、この調子なら“何こいつ? 今更学校とか超ウケるんですけど”視線も耐えられるかもね」
「う……」
考えまいとしていたこと口にされ、俺の両足が鉛のように重くなる。
でもなんとか前に押し出すと、学校へと向かった。
しかし気分の悪さに耐えられなくて、10分後には通学路の途中にある公園のベンチで休んでいた。
「あー、くっそっ。学校行きたくねー」
全くの別物だった。
[遊ぶための外出]と[学校へ行くための外出]は――。
かんなの言ったことが尾を引いているのもあるが、学校そのものが漠然でありながら、純然たる恐怖の対象として立ちはだかっていて、これには俺も驚いた。
でも……それでも帰るという選択肢はない。
カルロッテが切り開いてくれた道を俺は進まなければならないのだ。
俺は財布から、プリクラで撮ったプリントシールを取り出す。
二分割にしたものの、大きすぎるという理由で結局カルロッテに渡せずにいたものだった。
カルロッテ……。
今頃彼女は何をしているのだろうか。
平和になった『ドワフリア』でどのように過ごしているのだろうか。
そういえば、カルロッテの趣味とかも知らないままだった。
2ヶ月以上も行動を共にしたのに、何やってんだか。
知ってるのは、あいつが履いていたパンツの色だけかよ。
――と自嘲気味に笑う俺は、ベンチから重い腰を上げる。
あ、でも胸はDカップはあったよな。
あれはそれくらいあったはずだ。
湯浴みのときに目視していたそれを鮮明に思い浮かべた俺は、そして歩き出す。
学校に行かなくてはならない。
カルロッテが残してくれたものを無駄にしたくないのなら――。
ふと、強い風が体を撫でるように通り過ぎる。
持っていたプリントシールが、まるで「こっちだよ」と
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