第7話 ~幼稚園の先生に恋してなければ多分それが生まれて初めてなんだと思う~


巨窟きょくつゴリアテ』

 それが次なる魔王軍拠点のターゲット。

 場所は前日にカルロッテに聞いた通り、『ミゼットガルド』を東へ進んださきの、渓谷けいこくの中にあった。

 

 周囲には霧が立ち込めており、視界が悪い。

 風を発生させるための、団扇うちわでも持ってくればよかったかもしれない。

 俺は『巨窟ゴリアテ』を覗ける崖の影に隠れると、本日のアイテム一発目をズボンのポケットから取り出す。


「さてと、ことを始める前に……まずはカルロッテ。予定通りお前をこの中に入れて密閉する」


お馴染みとなった、“胸ポケットのカルロッテ”をつまみ上げると、俺は防音効果を高めた丸いトイカプセルの中に入れた。


「す、すぐ終わるんだよな? だってこれ空気穴付いてないし、時間が経つと窒息死するかもだし」


 不安そうなカルロッテ。

 俺はその顔を見た途端、何か形容できないものが背筋を伝うのを感じた。

 つまり、カルロッテをいじめたくなっていた。


「大丈夫だ、カルロッテ。――半日くらいで済むから」


「半日っ!? そ、そそ、そんなに入っていたら死――」


 俺はそこでカプセルを閉じると、 ズボンのポケットに放り込んだ。


 ――はは、嘘だけどな。5分もあれば、多分終わるさ。


 2発目のアイテムであるのスイッチを入れた俺は、堂々たる歩みで『巨窟ゴリアテ』の門へと足を運ぶと、その拡声器を使って思いっきり叫んでやった。



「お前たちは包囲されている。直ちに武器を捨てて投降しなさーいっ!!」



 武器を捨てて投降しなさーいっ――……。

 投降しなさーいっ――……。

 なさーいっ――……。

 

 自分でもとんでもなくうるさいと思える声。

 それが渓谷ということもあり、反響する、反響する。

 

 すると思った通り、『巨窟ゴリアテ』からモンスターが出てきた。

 ずっしりとした体格の豚顔モンスター。

 多分オークだろう。その耳を押さえるオーク達の大半は『勇者の大音響ヒーロー・スーパーボイス』によって致命的な音響外傷を負ったのか、足はふらふらだった。


 数が少ないように思えるが、屋内で天に召されたのがたくさんいたのかもしれない。


 俺は目一杯息を吸う。

 そして、これで最後だと言わんばかりに、声を放出した。



YOUユー、社会人? 俺は勇者でえええええええええええすっ!!!」



 200dBデシベルを優に超えていると思われる絶叫ダジャレが、渓谷を通り抜ける。

 立って耐えてやろうという気概きがいのあるオークは一体もいなかった。


 

 ▽▲▽

 


 その日もカルロッテは俺に付いて地球にやってきた。

 反対する理由などない。むしろ来てほしい俺はそれを嬉しく思っていた。

 

 カルロッテとは動物園に行った。

 自分よりはるかに大きい動物を見ては、表情豊かに驚きの声を上げるカルロッテ。

 そんなカルロッテを見ている時間のほうが、動物を見ている時間より長かったような気がする。


 それからも異世界『ドワフリア』と地球の行き来は続いた。

 午前に『ドワフリア』で魔王軍の拠点を破壊して、午後は地球で遊ぶ――。

 それはいつだって俺とカルロッテの二人っきりだった。


 巨人と小人。

 だけど少年と少女であることに違いはなくって、そこに特別な感情が生まれたっておかしくはない。


 少なくとも俺は――……。



「ねえ、かなめ」


 胸ポケットのカルロッテが声を掛けてくる。


「ん?」


 電車に乗っている俺とカルロッテ。

 のんびりできる河川敷に行った帰りだった。

 空いている時間帯なのか、乗車している車両には俺のほかに乗客は二人しかいない。

 対面する座席で寄り添って眠る若いカップルがそれだった。


「私がもしかなめと同じ大きさだったら、あんな感じなのかな。……あんな風にかなめと肩を寄り添ったりするのかな」


「なんかどっかで聞いたような気がするな、それ」


「うん。同じこと聞いてる。だからもう一度答えてほしい」


 真意が読み取れない。

 カルロッテはどう答えてほしいのだろうか。

 ……いや、そうじゃない。

 俺の思っている気持ちを、素直に言葉に乗せればいいだけのことなんだ――。

 

 だから言った。


「カルロッテが嫌じゃないのなら、俺は寄り添いたい」


 少しの間。

 するとカルロッテは口にした。

 

「嫌じゃない。私も同じ気持ちだから」


「良かった」


「……――だったらいいのにな」


「え?」


「同じ大きさだったらいいのにな。もしそうなら――」


 そのとき、電車のアナウンスが最寄りの駅に着いたことを知らせる。

 アナウンスにかき消されそうなその声だったけど、俺は聞き逃すことはなかった。


 

 ――。

 

 

 カルロッテの紅色に染めた頬が見えるかのようだった。


 ……ああ、これマジなやつだ。


 生まれて初めての本気の恋。

 俺はどうやらその相手に、人間ではない小人を選んでしまったようだった。

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