本当に美味しいバナナは少し傷んでいる

明たい子

第1話

私の隣はニコニコとしている女性が立っている。

私はいかにもいい人そうだなぁと思いながら声をかけることにしてみた。

「あの、雨、降ってきそうですね。」

本当に声はかけたかったのだが、何にせよ私は話すことが大の苦手だ。いわゆるコミュニケーション障害というものに分類されるのだろう。だが、私の見た目は派手に見られがちな明るい茶髪にピアスを片耳に3つもつけている。極めつけにはロックテイストな服装だ。こんな見た目のやつに声をかけられでもした日には、あなたはどう思うだろうか。ただでさえも恐怖心を煽られるに違いないのに、天気の話だ。これはもう怪しい宗教の勧誘をしだすに違いないと思うだろう。

しかし、私はそんなつもりは毛頭ないのだ。ほんっとうに毛根の長さほども考えていない。

では何を考えているのか。今のこの何の集まりか分からない集団の中で安らぎを求めたのだ。

遅くなったが、今私がいるのは野外に簡易なテーブルが設置されたテントも何も立っていないアスファルトの上だ。私はここに派遣のバイトとしてきている。私は特定の人と関わり続けることがあまりないこの派遣のバイトはわりかし気に入っているのだが、今回はどうやら様子が違う。

いつものバイトならば、工場や駅前に派遣され、仕事内容は言わずもがなということがほとんどなのだが、今回ばかりは本当に何をするのか分からない。私が今分かる情報としては、今にも雨が降り出しそうな曇天の下に三者三様の格好をした男女が20人ほど、簡易なテーブルを中心に円になって立っているということだけだ。よくよく見ると、そのテーブルの上にはペンのようなものが置いてあるようだ。私のように周りをきょろきょろと見渡す人や隣の人に話しかける人、ケータイをいじる人、立ったまま寝ている人、テーブルから一時も目を離さない人など。とにかく色んな人がいる。

それはいいとして、私が冒頭に隣の人に話しかけたことを覚えているだろうか。ここまで思考を巡らせている間に返事があったのかと言えば、まぁ結論としてない。

せっかくコミュ障を少しでも改善する機会だと思った私がばかだったのだろう。

深いため息を静かに吐き出し始めたタイミングで、

「そうかな。そうとは限らないと私は予想するけど。」

と、隣の人の声が私の鼓膜を震わせた。

私は吐き出し損ねたため息を戻すため吸い込むと盛大にむせた。

「大丈夫かい。案外緊張しているのかな。まぁ、今回は割りのいい仕事だし、バイト君もよくぞ沢山集まってくれたものだよ。君もその1人だよね。」

とフォローされた。

私が顔を真っ赤にしながらコクコクと小さく頷くと、一拍も置かずに、

「そうだねそうだね。そしてさっきの続きなんだけれど、私の予想では雨ではなく雷が落ちると予想する。」

と満面の笑みで得意げに予想された。

私は曖昧な笑みを浮かべていただろうが、その人は気にすることもなく次の瞬間にはもう前を向いていた。

私はあまりにも私に対して無頓着な彼女を見て、仲良くなれそうだと思いながら上機嫌で前を向いた。



次の瞬間、近くの避雷針に雷が落ちた。それはもう人生の中で1番衝撃的な映像だった。

しかし、私が人生の中で1番衝撃的な体験をするのはこの後だった。

簡易テーブルを囲んでいた男女20人中8人がテーブルに向かって走り出したのだ。

そして例の隣の人もその中の1人だった。

私は呆然とその様子を見ていると、隣の人がテーブルの上のペンを手に取り振り回している。それを振り回した後に残るのは、鈍く銀色に光る軌跡と鮮血のシャワーだ。

「きれい。」

吸い寄せられた。魅了された。こんな感覚は初めてだった。この感覚を味わうために生きていたのだとも思ったほど。

気付けば、目の前には隣の人が先程と変わらぬ笑顔で立っていた。

「これはペンですか?」

愉快そうに私に問いかけた。私に答える権利などないというように、その人はそれを振りかぶりながら言い放った。

「違うわ、それは暗殺者、そうナイフよ。」

それが私のこの世での最期の景色だった。



「計画通りに行きました。全ての派遣のバイトは片付けました。はい、後片付けはよろしく頼みます。手柄はこの私のものだということもお忘れなきよう。」

電話を切ると19人もの死体の中、何事もなかったかのように歩いていく。

「見た目に惑わされちゃダメ。仕事の派遣会社?んーん、ただの人身売買の派遣会社よ。」

心底愉快そうに笑いながら商品を踏みつける。


今日も世界は平和だ。

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