TATSUKI★スーサイド!

千求 麻也

夢が広がる異世界へ!

「俺はこんな世は嫌だ~♪ 俺はこんな世は嫌だ~♪」


 木造二階建ての一室で、ニートで引きこもりで無職の三十路男がアカペラで歌っている。


「異世界へ行くんだ~♪ 異世界へ行ったら女囲うんだ~♪ デュダ!」


 やたらとテンションが高いのは、水を失った魚が飛び跳ねているようなもので、自分が本当に望む世界へ行こうとしているのだ。


 ほんの数十分前までたつきは鬱モードだった――



 もりたつきは、数ヵ月前に両親を不慮の事故で亡くしていた。

 ニートで引きこもりで無職の三十路男に情けを掛けてくれる親戚などは誰一人いなかった。身寄りの無くなったたつきは、両親の残した唯一の資産であるこの木造二階建ての一軒家で嘆いていた。

「ハーレム無い! スキルもない! ニートで無職で親死んだ! 家はあるけど飯を作るの誰もいない!」

 たつきは発射の失敗したロケットのように、居間のソファへダイブして突っ伏した。

「ここにいたって、つらい毎日を送るだけで何年待ったって美少女なんて来ないんだ!」

 うつ伏せのままのたつきは、ソファに置いてあったクッションを両手で握り、何度もソファへ叩きつける。

「もうだめだぁ……落ちるとこまで落ちるしかないんだぁ……」

 すでにマリアナ海溝の最深部であるチャレンジャー海淵まで行きついているはずのたつきだったが、さらにどこまで落ちようというのか……マントルへ行きつき、地獄の業火で焼かれようというのか。


「こんな小さな世界が全てなんて……嘘だと言ってくれ! 翼があれば飛んで行けるかなあ……別の世界へでも……行きたいなぁ……。別世界……異世界……!? そうだ! 異世界行こう! 死ねば良いんだ! 死んだら異世界へ行けるじゃないか! って実際に行ったことあるわけじゃないけど……。ネット小説やら何やら、死んだら異世界で転生したって話があんなにいっぱいあるんだから本当なんだよ! そして死んだ後に目が覚めたら何でも好きなように……誰かに翼を借りて空を自由に飛んだり……××××××……デュフ~フ~フ~フ~」

 最後の気持ち悪い笑い声は、その前に言っていた何か聞き取れなかった言葉に掛かるものだろう。


「待ってるだけの人生なんてアデューだ! 俺は何処へだって行ける! 美少女が待つ異世界へ!」


 たつきはおもむろに台所へ向かい、フライパンとお玉を手に取って居間に戻る。

「俺はこんな世は嫌だ~! 異世界に行ったら金なんて無くても美少女集めてハーレム作るんだ~!」

 たつきはフライパンにお玉をリズミカルに叩きつけながらはしゃぐ。

「引っ越すぞ~! お引っ越し~! 春はお引っ越しのシーズンインザサ~ン! こんな世界からはサッサっと引っ越しだ~! 引っ越しのお祝い返しはスマイルポテトを届けます~!」

 

「ワッツハプンド!? アーユーオーケー!?」

 森家の隣に住んでいるアメリカ人女性のヴィッキーが庭越しに叫んだ。

「ナッスィング! ディスイズマーイビズィネス!」

 たつきは得意げな顔をして叫び返した。

「言ってやったぜ……無職の俺がビジネスってね! いくらヴィッキーが金髪碧眼の女子だからって、ビッグ・ファット・ママに用はない! ハーレムにはスタイル抜群のちゃんとした金髪碧眼の美少女も入れるんだ!」

 息巻いて言ったたつきだが、ふと我に返る。

「まあ、ヴィッキーはキレると怖いからフライパンとお玉は止めとくか……」


 たつきはどっかりとソファへ座り、目の前にあるローテーブルにフライパンとお玉を置いた。

「さて、死ぬとひと口に言ってもどう死ねば良いんだろ……。トラックとかに跳ねられたりするのがスタンダードだったっけ……? 痛いのとか苦しいのは嫌だなぁ……。てか自殺って良いのかな? 自殺しても転生出来るんだっけ? 常識的に考えてまあ出来るよなぁ……死は死なんだから」

 自分で言ったことに納得して、たつきは次の考えに移った。

「自殺するとして……苦しそうじゃないのは……う~ん……飛び降りとか?」

 

 たつきは以前、友人の木村から聞いた話を思い出していた――。


 木村はネット通販最大手の安楽ゾーンショッピングに入社した。

 この街の中心地にある地上10階建の本社ビルには、将来を嘱望された優秀な人材が集まっていた。そんなエリート達の中に木村はいた。


「順風満帆でここまで来た新卒エリートは、一度挫折すると立ち直ることは難しくてな……」

 木村は、仕事で絶望したエリートが本社ビル屋上から飛び降りたという話をした。


 たつきは木村の話を聞きながら「エリートざまぁ」と思っていた。

 そんなたつきの肩を軽く叩きながら、木村は「まあ、心配するなよ。俺はそんなお坊ちゃん連中とは違って雑草育ちだから」と笑った――。


「って、あんなこと言ってたあいつがあっさりと死ぬなんて……。自分ちで強盗に襲われて殺されるなんてなぁ……あんな良いとこに就職して、仕事も調子良く行ってたみたいなのになぁ……。まぁ、あいつなら転生してもっとうまいことやってるだろ……。よし決めた! 俺は安楽本社の屋上から飛び降りて死のう! エリートっぽくてカッコいい!」

 たつきはソファから勢いよく立ち上がった。そしてそのまま即興で歌い出した――



「俺はこんな世は嫌だ~♪ 俺はこんな世は嫌だ~♪ 異世界へ行くんだ~♪ 異世界へ行ったら金無くてもハーレー乗り回すんだ~♪ デュダ!」


 変な掛け声みたいなものも入っている。


 その時、森家の近くで井戸端会議をしていた近所の女性達は口々に言い合っていた――。


「森さんとこの息子さん、とうとう気がふれたみたいね」

「これじゃ亡くなったご両親もあの世で浮かばれないわ」

「ファッキンシット! クレイジーボーイ! ○!※△×#!」


「――異世界へ行ったらハーレム作るんだんだ~♪ デュダ! ……そろそろ行くか」

 2番あたりまで歌ってすっかり満足したたつきは、異世界へ旅立つ為に住み慣れた木造家屋我が家を離れて、安楽ゾーンショッピング本社へと向かった。


 安楽ゾーンショッピング本社へ着いたたつきだが、当然屋上へは立ち入ることが出来なかったので、近くにあるデパートの屋上庭園へと向かった。

 美しい緑が敷き詰められた庭園で、たつきは鼻から大きく息を吸った。


「今日が旅立つその日だ! 生まれてこの方とくに幸せは感じなかったけど……異世界へと旅立とうとする今この時はとても幸せだと感じる! 俺はこの世界を辞めるぞ! 俺はこの世界を超越する! 気分は上々~!」

 たつきは両腕を上空に向かって突き上げ、そのまま屋上の端まで小走りで行く。そこで足踏みをしながら360度回転。

「フライングハイナウ! ゴナフライ!」

 天を仰いで叫んだ――。


 屋上にいた数人の若者は後に述懐す。

「ええ、ニットの帽子を被っていました」

「なんか~、スウェット上下で~背中が煤けてて~浮浪者かよ?って感じ~?」

「あんな元気に死に行く奴がいるんすね~」


「――よし! 行くぞー! 夢が広がる異世界へ! 異世界で一番素敵で過ごすんだ! 月明かりに美少女抱いて! 人生のリフォームだ!」


 たつきは足踏みを止め、形成された市街地が広がる景色を展望する。


 たつきは飛んだ。


 意識を失うその瞬間まで、たつきは幸せな異世界を夢見ていた。 


「どんな世界なのかな~、名前も知らない異世界だからな~、気になる~!」

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