私がここにいる理由
神條 月詞
君は薔薇より
「こんにちは」
一面に広がる白薔薇。ふんわりと漂う香りとともに、君は現れた。
真っ赤なワンピースに艶やかな黒髪。
「こんにちは」
柔らかく言葉を紡ぐ唇を鮮やかな紅に染めて、君はこちらに微笑みかける。
「やっと、見つけてくださったのね」
「え……?」
「わたくしはずっとあなたの前におりましたのに。いくら声をかけても気付いてくださらないから、寂しかったのですよ?」
こて、と首を傾げた君は、緑がかった瞳でこちらを見つめる。その美しさに見惚れながら、不思議な色をしているな、と思った。吸い込まれてしまいそうだ。
「君は……?」
「あら、わたくしのことはあなたが一番ご存知なのではなくて?」
「私が?」
「ええ、あなたが」
こんなに目立つ容姿をしていたら、一度見れば嫌でも覚えているだろう。けれど、どんなに記憶を辿っても目の前の君に該当する人物は出てこない。
「もう、忘れてしまわれましたか」
記憶力はいい方なのだけれど、と思いながら必死に思考を巡らせていると、君は悲しそうに目を伏せて言った。
「わたくしがここにいる理由を」
その声にはっとする。
どこまでも続く白い世界、その生まれた意味を。
『わたくしの答えは、薔薇の中にございます』
「ロゼ様……」
八年前、病によって命を落とした──私の愛した人。親同士、家同士の付き合いから始まった関係だけれど、優しい君に、美しい君に、いつしか私は恋をしていた。
けれど、君の隣にいたいと望むことは、許されなかった。
君は、私の兄の許婚だったから。
それだけではない。何故ならば私は。
君の許婚の『妹』だったから。
世の中の愛し合う人々が苦しむ『身分』という壁はいとも簡単に越えられるのに。どうしたって『性別』が邪魔をした。
可愛い洋服も、綺麗な宝石もいらなかった。難しい勉学にも厳しい稽古にも耐えるから、君の隣に立つ資格が欲しかった。
もちろんそんな願いは叶うはずもなくて、君は結婚式の直前、病に倒れた。
『ロゼ様、愛しています』
『まあ嬉しい。わたくしもですわ、リラ様』
『いえ、私は……私は、兄になりたかったのです』
『リアム様に?』
『そうすれば、誰にも後ろ指をさされることなく愛していると伝えられる、から』
想いを告げてすぐ、君は眠りについた。
葬儀のあと兄から渡された手紙には、ただ一文だけが、美しい文字で綴られていた。
「思い出してくださったのですね」
嬉しそうな声に顔を上げると、そこに君の姿はなかった。代わりに、今まで君がいた場所には、白から浮き上がるように真紅の薔薇が咲いていた。
「答えは、薔薇の中……」
すべてが、繋がった。
あの時の君の言葉も、兄のどこか寂しそうな笑顔の意味も、パズルのピースのように嵌め込まれていく。
『リアム様のこと、大好きです。尊敬しておりますわ』
『本当のわたくしはまだ、誰のものにもなっておりませんもの』
真紅の花びらをそっと撫でた。はらり、ぽたりと、溢れる涙は雫となって花の上で揺れる。
「ロゼ様、愛しています……」
八年越しのその言葉は、君の遺した白い世界と一輪の紅がふんわりとした香りで包んでくれた。
白薔薇の花言葉:尊敬・純潔・相思相愛
紅薔薇の花言葉:情熱・美貌・あなたを愛します
私がここにいる理由 神條 月詞 @Tsukushi_novels
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